1-5.持ちつ持たれつ
街中での決着が着いたころ、門の外の岩場の陰で
5人のエルフの少女達が途方に暮れていた。
砂漠を走り抜けてやっと街に逃げ込めると思った矢先、
後方から泳いできたアースドラゴンに追い抜かれ、
それどころか門の隙間から街に侵入してしまったのだ。
乱れた息を整えながら、生き残る方法を思案する。
「・・・参ったわね。・・・これじゃ進むも引くも、できないじゃない」
「ドラゴンが通れる隙間が空いてるとか、・・・戸締り雑すぎ・・・」
「・・・ねえ、どうするの?」
「急かさないで。・・・ここで判断を間違ったらお終いなんだから。」
頭を抱えるリーダーの金髪エルフの少女。
ドラゴンが暴れている街に入るなどありえない。
しかし砂上船がほぼ全滅している今、
徒歩で別のオアシスへ避難することも現実的ではなかった。
「とりあえずここで様子見よ。後から入っていった赤いヴァンガードが
退治してくれるかもしれないし。向こうにも2機残ってるし。
アースドラゴンが倒されれば何の問題もないわ。」
砂漠をこちらに向かってドスドスと走ってくる灰色の2機は、
到着にもう少し時間がかかりそうだ。
「もしドラゴンを討伐できなかったら?」
「やりたくないけど、ドラゴンが居なくなるか討伐されるまで
この辺りのどこかに潜伏してやり過ごすのが
一番生き残る可能性が高いかしらね。
1週間か2週間すれば討伐隊が来るでしょ。
やりたくないけど!」
一気に5人の空気が重くなる。
なにやら辛い思い出がある様だ。
「も、もう自分の・・・・飲むのは嫌だよぉ・・・」
「・・・ま、まあまだそうしなければならないと決まったわけじゃない。
でもとりあえず使えそうなものは集めておこうか。」
トラウマを発症しかける背の低いエルフを励ます黒髪の少女。
しかしそこにひと際大きい影が現れる。
「・・・っ!皆隠れて!」
岩陰に身を隠し、物陰から様子を伺う少女達は、目の前の光景に目を疑った。
門の隙間から40mはあろうかという巨大なドラゴンをその4分の1ほどのサイズの
赤いヴァンガードが引きずり出している。
「いやいやおかしいでしょどれだけ重量差あると思ってんのよ!」
「いやでも、現に・・・」
砂地だろうとお構いなしにぐったりとしたアースドラゴンを運んでいく。
ヴァンガードの足の裏が付くたび、地面の中へ向かって稲妻の様な閃光が走る。
一時的に足裏の砂を固めて足場を確保している様だ。
ある程度壁から距離をとったところで、赤いヴァンガードはアースドラゴンの
尻尾から手を放して立ち止まる。
こちらに向かってくる2機の灰色のヴァンガードを待っているようだ。
「見る限り、アースドラゴンは討伐されたみたいね」
「やったー!これで砂漠で野宿はナシ!」
「危険は無くなったんだし、ささっと街に入ろうよ。
疲れたしお風呂はいりたい!」
「で、入口はあそこでいいの?」
一人が指さすのはドラゴンが出てきた半開きの門
「差し迫った事態では無くなったからな、正規に入国手続きしないとだろう。
砂上船の船着き場に行くべきではないか?」
「・・・どっち?」
「すまん。判らん」
「あれに乗ってる人に聞いてみましょ。ここで待ってて」
そう言い残し、リーダーのエルフの少女が赤いヴァンガードの足元へ
走っていった。
「・・・ちょっとまずいか?これは」
コクピットの中で、意識の無い主任の様子を見ながら苦い顔をする。
息はあるようだが頭から血を流している。
散々機体を振り回しておいてなんだが、あまり動かさない方がいいかもしれない。
「この機体はお世辞にも乗り心地が良いとは言えないしな。
出来れば静かに運んでやりたいが・・・ん?」
「・・・・!・・・・・!」
いつの間に来たのか、機体の前で少女が何か呼びかけている。
金髪青目で長い耳。青い服の上から革の胸当てやベルトの付いた旅人の様な
出で立ちで、こちらに気付いてもらおうとぴょんぴょん跳ねていた。
話そうにも外部スピーカーの操作がわからない。
仕方なく、さっきハッチを閉じたときに主任が操作していたボタンを
適当に押すと、前面の装甲が展開して外気が入り込んできた。
「どうしましたー!?」
「~~!~~~~!」
直接話そうとしたが、機体の駆動音がうるさ過ぎて
お互いに何を言っているか伝わらない。
暫くお互いに声を張り上げていたが、しびれを切らしたのか少女が
ポーチから何かを投げて寄こしてきた。
『それを耳に嵌めて!』
「おおう!?」
キャッチしたガラス玉から声が聞こえる。
言われるとおりに耳に詰め込む。
「・・・・付けました」
『よし、やーっと話ができるわね。』
原理はよくわからないが、こちらの声も相手に聞こえている様だ。
「お手数おかけします。なにか御用でしたか」
『お仕事中すみません。私達アースドラゴンに襲われた船団に乗って来た者です。
入国管理所に行きたいのですが、どちらに行けばいいか
教えてもらえないでしょうか。』
「申し訳ない。俺、この街に土地勘が無いんです。
入国管理所がどこにあるかはわかりません」
『え、この街の守備隊なんでしょう?さっきあそこの2機と一緒に
ドラゴンと戦ってたじゃないですか。』
「人違い、いや機体違いですね。外で戦ってた赤い機体は
ドラゴンとの戦いで損傷して壁の向こうに居ます」
『そうなんですか。乗ってた方はご無事で?』
「ええ、姿は見てませんが声は元気そうでしたよ」
『よかった。もし会うことがあったら私からの感謝を伝えてください。』
「わかりました。そうだ、入国管理の場所は知りませんが、
地図ならありますよ。よければこちらをどうぞ。」
『いいんですか?私としてはとても助かりますが』
「どうぞお使いください。・・・それより、俺からもお願いがあるのですが」
『なんでしょう?』
「ケガ人が居るんです。早く医者に診せたいのですが、
あの門の向こうの区画は大分破壊されてしまって動力も無いんです。
できれば入国管理所に一緒に連れて行っていただけないでしょうか?」
『そういうことなら私達の中にヒーラーが居ます。
応急処置をしてから必ず医者に届けます。』
「ありがとうございます。すみませんがよろしくお願いします。」
『あなた方のおかげで助かった身ですから。このくらいはさせてください。』
機体を降着させて主任を降ろしにかかる。
意識の無い人間というものは中々に重く、上手く座席から持ち上がらない。
ふと、後ろに視線を感じて振り向くと、
エルフの少女がこちらを見てぽかんと口を開けている。
「どうしました?」
「・・・え?ああ!すみませんちょっと意外だったもので。」
「?」
エルフの少女は手際よく主任を座席から降ろすと、
体の前で軽々と抱きかかえて見せた。
「一人で大丈夫ですか?」
「エルフは力持ちですからね。このくらい大丈夫ですよ。」
「そうですか。ではよろしくお願いします。それとこれがこの街の地図です。」
エルフの少女の両手は塞がっているので、主任の胸ポケットに
開拓者ギルドで買った地図を押し込む。
「ありがとうございます。それじゃ、急いで手当してきますね。」
「お気を付けて」
軽やかな足取りで少女が岩場の方に走っていった。
暫く後ろ姿を見送ってから、機体に戻ろうと振り向く。
「・・・少し見ない間に、随分傷だらけになったな。お前」
先程まで格納庫で眺めていた見事な鎧は見る影もない。
傷のついていない装甲は無いのでなないかというくらいボロボロだ。
これでよく動けたものだと関心もする。
「・・・そういえば、自己修復装置があるんだっけか。
少しでも直るならやってみるか」
主任の手当は向こうに任せて、俺はこっちを何とかしよう。
再び乗り込もうと見上げると、緑色に光る2つの目と目が合った気がした。
「おかげで何とか生きてる。ありがとう」
返答などあるわけもないが、不思議と違和感はない。
以前にも同じように感謝を伝えたことがあるような気がする。
まるで共に戦った戦友に言葉を贈る様に。
「あー、葬儀屋から火事場泥棒さんへ。聞こえる?どうぞ」
『こちら回収班。どうした?』
「申し訳ないけど囮のサンドフィッシュが倒されちゃったわ。
あんまりうるさくしてると見つかるわよ。そっちのお仕事は順調かしら?」
『"積荷"は全て確認した。間もなく収容作業は完了する。
しかし、このままでは撤収できんな』
「夜になるまで待つ?」
『駄目だ。近くで救助活動でもされたら発見される。
何とか撤収の隙を作れ。』
「しょうがないわね。虎の子も使ってあげる。
地上が騒がしくなるのを待って離脱しなさい。
まったく、大赤字だわ。」
『経費は補償する。そういう契約のはずだ。
出し惜しみせずに早くやれ』
「はいはい。でも駒はこれで最後だからね。
逃げ遅れても責任取らないわよ」
『問題はない。お前が仕事を果たせばな。
では、さらばだ』
砂漠の真ん中で繰り広げられる会話。
話している人物は砂色のコートで偽装しており、
覗いている双眼鏡以外は周りの岩石と見分けがつかない。
レンズ越しに見えるのは、サンドフィッシュの死体と
それを片付けに外に運んできたヴァンガード。
「砂漠では3機相手に良い勝負してたのに、
街に入った途端10分そこそこで倒されちゃうとか
やっぱりあの子は砂の上じゃないと駄目ね。
食い意地さえ張ってなければもう少し扱いやすいのに」
言いながら砂漠に杭のような道具を叩いて挿し込む。
地面から突き出たゼンマイを巻くような器具を操作すると
周囲の砂が振動で跳ね始める。
表面だけではない。地面の下の奥深くまで振動が伝わる。
やがて、それに呼応するもう一つの振動が地中から近づいてくる。
コートの人物の近くの砂が盛り上がり小さな山になった。
「よく来たわね。あなたも遊んでらっしゃい。全部食べていいわよ」
砂山は再び地中へ潜っていく。
行き先は勿論、危機を脱したと油断しているオアシスだ。
「さあ、安心しているところ悪いけど第2ラウンドに付き合ってもらうわよ。
もうまともに戦えないでしょうけど、せめてなるべく長く抵抗してね。」
そう言うとその人物は結末を見届けることなく、
オアシスではなく広大な砂漠へ向かって踵を返した。