1-4.秘めたる力で
それは傍から見れば猫とネズミの喧嘩に見えただろう。
覆しようのない質量差を活かして、一撃必殺の打撃を振るうアースドラゴン。
対して赤いヴァンガード"ヴィーゼル2号機"は張り付くように肉薄し、
巨体の死角をぬうように食い下がる。
僅かな隙を突いて、ナックルガードの付いた拳が
ドラゴンに突き込まれるが効果は薄い。
飛び退くと、1秒前まで立っていた地面が太い足に踏み叩かれる。
「ダメージが通らない・・・!」
ドラゴンは外で戦ってきたのだろう、各所に傷を負っている。
一応そこを狙ってはいるのだが、嫌がらせ程度にしかなっていない様だ。
「武器、何か武器があれば・・・」
しかし、格納庫の中でそれらしいものを見た覚えはない。
いや、もしかしたら何か有ったのかもしれないが、格納庫は倒壊してしまった。
ちらりと目を向けるが、格納庫の残骸の中に武器らしいものは見えない。
まさか掘って探す隙をドラゴンが許すはずがないだろう。
「外にはあのドラゴンに傷を負わせた武器があるのかもしれないが・・・、
見逃してはくれないよな?」
返答する様にアースドラゴンが突進してくる。
背中に飛び乗るように回避すると、
お返しとばかりに砕けた甲殻の真ん中を殴りつける。
が、直ぐに離脱しようとするものの、
砕けた甲羅に腕が引っかかり抜けなくなる。
「っ!?しまっ」
アースドラゴンの大きな腕に機体が払いのけられ、そのまま壁へ激突する。
「ぐおっ!?」
脳が揺れて視界が回る。
早く離脱しなければならないとはわかっているが、
失神しそうな意識を繋ぎとめるので精一杯の状態だ。
モニター越しにこちらに頭を向けるアースドラゴン。
そして動かない主任の頭が視界に入る。
「(主任すまない。道連れにしてしまうかもしれない)」
心の中で詫びる。だが、そのとき視界に新たに赤い影が映り込む。
「(さっき出ていった1号機・・・?)」
戻ってきたヴィーゼル1号機は何か言いたそうにこちらを見ていたが、
直ぐに大きな槍を構えるとドラゴンに向かって突進していった。
1号機とアースドラゴンの一騎打ちを見ながら、
何度も深呼吸して意識を取り戻す。
操縦桿から伝ってくる機体のイメージでは、
まだ戦闘継続は可能な様だ。
「(だが、攻撃力が足りない)」
目の前の戦いは、1号機が劣勢に見える。
長槍は接近戦に向かないだろうし、
街に被害を広げないように気を使っているのが見て取れる。
「何でもいいから武装を・・・そうだ!
こいつは何か武器を内蔵してたりしないのか?」
意識を集中して操縦桿越しに機体の機能を探る。
人の体には存在しない臓器を探し、一つ一つ機能を確認していく。
「緊急冷却機構?違う。自己修復装置?今じゃない。
この途切れた動力ラインは外付けの装備を動かすためか。」
孤軍奮闘する1号機は徐々にダメージが蓄積している。時間は無い。
「クソッ!何か・・・ん、これは・・・?」
武器ではなさそうだが、機体に不可解な構造を見つけた。
心臓部であるマナリアクターを囲むように、
7本のシリンダー状の装置がある。
内一本だけは稼働中の様だ。さっきの主任の言葉から察するに、
これが機体始動時のマナを供給したコンデンサーだろう。
今は機体各所のアブソーバからマナを取り込んでいるので、
コンデンサーはリアクター制御用のマナだけ供給している。
「1つでも十分なマナコンデンサが何故7本も必要なんだ?」
意識を集中しその装置の機能を探る。導き出された答えは。
「スーパーチャージャー?・・・・それに緊急冷却機構。
そういうことか」
主任がこの2号機に桁違いに高出力のマナリアクターが
積まれていると言っていたのにも合点がいく。
これなら一号機の援護ができる。
そうと決まればと、全てのコンデンサへの供給ラインを繋ぐ。
「どうせこれしかできないしな。さあ俺のマナを持っていけ!」
一泊置いて、機体がマナコンデンサの急速充填を始めた。
「ぐ!?おおおっ!!」
さっきの流し込む感覚ではない。強制的に吸い上げられている。
パイロットへの負担を考慮せず、コンデンサへ供給を最優先する動き。
流量は機体を起動させたときの比ではない。
流れていくマナの感覚が熱い。いや痛い。
「容赦ねえな!期待外れの力だったら許さねえぞ!」」
悪態で激痛をごまかしながら、7本のコンデンサが充填されるのを待つ。
体感では充填率は4割を超えたくらいだ。
「大分きついが・・・、我慢するだけでいい分、向こうよりはマシか・・・」
アースドラゴンに防戦一方の1号機の損傷が酷い。
特に虎の子の長槍を庇い続けた左腕はズタズタに裂かれている。
「もう少し、後少し!早くしろ・・・!」
コンデンサの充填率は8割程まで来ている。
もう少しであのクソトカゲを殴りに行ける。
お預けを食らった獣の様な気分で、開放の瞬間を待ち焦がれる。
9割。機体各所の装甲が展開して緊急冷却機構が動き始める。
毛を逆立てた獣の様な形相へ変化したヴィーゼル2号機は、
静かに腰を落として、クラウチングスタートの姿勢を取る。
1号機の左足がドラゴンの前足に踏み砕かれるのが見える。
10割。満杯になった7本のコンデンサからリアクターへ
膨大な量のマナが流れ込んだその時。
赤い猛獣と化した機体がアースドラゴンの背後へ向かって突進した。
ドラゴンが前足を大きく振り上がる。1号機にトドメを刺すつもりだ。
手段を選んでいる余裕はない。
長い尻尾を両手でしっかりと抱え込み、
アースドラゴンに背を向けるように機体を反転させる。
「動けぇ!!!!」
「な、何が起こった・・・?」
絶体絶命のヴィーゼル1号機のパイロットであるジニアは、
自機を踏み潰そうとしたアースドラゴンの前足が
いつまでも降りてこないことに困惑していた。
当のアースドラゴンも混乱した様子で地面に引っかき傷を残しながら後退する。
後ろから何かに引っ張られている。
ドラゴンの体の向こうで、赤い機体が尻尾を掴んで引きずっていた。
アースドラゴンの馬力を僅かに上回り、一歩一歩巨体を牽引する姿に目を疑う。
爆音と言っていい駆動音に、機体の関節部からは緑色の光が漏れている。
明らかに通常の状態ではない。
「2号機!?ニーナか?誰が乗っている!?」
通信を送るが応答は無い。
ただ、何かを訴えかけるように振り向いた緑の目がこちらを見つめている。
「!・・・そうか!」
2号機が信じられないパワーでアースドラゴンの
尻尾を掴んでまた一歩後退する。
ズリっと音を立てて、アースドラゴンが1号機からまた少し引き離された。
「ここだっ!!」
1号機が長槍を持つ右腕を振る。
槍が正面を向いた瞬間。アースドラゴンの額に突き付けられた槍先が爆ぜた。
爆炎と共にドラゴンの体が急速に力を失う。
煙が消え去った時、そこにあったのは折れた大槍と
頭の半分が陥没し地面に斃れたアースドラゴンだった。
「終わった、・・・よな?」
緊張の糸が解れたことで、安心と疲労感がどっと押し寄せてくる。
いつの間にか止めていた呼吸を再開し、肺の中の空気をゆっくりと入れ替える。
『協力に感謝する』
1号機が外部音声で謝意を示してくる。
至近距離の爆発で更に損傷しているがパイロットは無事の様だ。
『通信機が機能して無いようだからこれで失礼する。
乗っているのはニーナ主任ではなさそうだな。
誰かは知らないが、被害を最小限に抑えることができた。
改めて感謝する』
言われて見回すと、しかし周辺の建物は多くが破壊されて
怪我人も出ている様だ。
「(これで最小限か。いや確かにあの町に比べたらー)」
燃え落ちる街並みが脳裏に映る。
あのとき、コクピット越しに見た光景が。
「!?」
慌てて目を見開くが、目の前の町は燃えてなどいない。
「(なんだ今のは・・・?)」
『もし、大丈夫か?』
1号機がこちら様子を気にして気遣ってくる。
返答したいが通信機の使い方が判らないので、
機体の手を振って大丈夫だと表現する。
『平気なら良かった。・・・ところで命の恩人に申し訳ないのだが、
一つ仕事をお願いできないだろうか』
恐縮した様子で続ける。
『もし可能であるならば、アースドラゴンの死体を
外へ運び出してもらえないだろうか。
ここに置いておくと復興もままならんし解体もできん。
いずれ衛生上の問題になるのは必至だ。
外に放り出してくれれば外回りで解体施設のある場所へ移送できる。
本来なら私がすべきなのだがこの体たらくだ。
もちろん相応の謝礼は出させてもらう。』
左手脚を失った機体では確かに無理だろう。
こちらはといえば、まだスーパーチャージャによるパワーブーストは
継続している。コンデンサの残量的には6割といったところか。
正直、直ぐにでも休みたいところではあったが、
ここで断って妙なトラブルに発展しても面白くない。
もう一度尻尾を掴んで門の方へアースドラゴンの死体を運び始めると、
背後からお礼の言葉が聞こえてくる。
『ありがとう!とても助かる!
外に仲間のヴァンガードが2機いるからそいつらに渡してくれ!
私は報告があるのでこれで失礼するが、後で直接お礼を言わせてくれ!』
「(ご丁寧にどうも。でも、先にひと眠りさせてもらいたいな)」
大分予定とは違ったが、もうすぐ初仕事は終わりそうである。
このデカブツを引き渡して、機体を返して依頼の報告をー
「あ」
目の前で依頼人が「う~ん」とうなされている。
「・・・忘れてた。早いところ誰かに診てもらわないと。」
背後の瓦礫の山を振り返りながら、
何処へ送り届けたものかと思案するのだった。