1-1.蘇生する者達
黄色い液体の中で目を覚まし、パニックを起こしながら容器から這い出す。
肺の中の液体を吐き出して澱んだ空気と入れ替える。
呼吸が出来るようになったことで多少落ち着きを得て
周りを見渡すがぼんやりと焦点が合わない。
なんとなく部屋の中ではあることは判るが、なぜここに居たのか記憶がない。
いや、そもそも自分が何者であるのかも思い出せない。
思考を纏められずにいると、
突然壁の一部が開いて一人の人影が入室してきた。
「おはようございます。無事に覚醒されたようで何よりです。
言葉は理解できますか?これから検査とあなたの状況を説明致します。
まだ立つことはできないでしょうから、こちらの台車へどうぞ」
返答しようとするが舌が回らない。
仕方なく台車に這い上り横になると、部屋から運び出される。
別室で検査を受け身体が本来の機能を発揮し始めたころ
自分の境遇を告げられる。
「あなたは他人の遺伝子情報を元に生成されたクローンです」
「コピーだと?何のために?」
「遠い過去に人類が滅びかねない戦争がありました。
その際に種の保存を目的に体組織の一部を
保存していたものと考えられます。」
「・・・その話を証明する何かはあるか?」
「そうですね。例えば、あなたの様な再生者は
現代の人類とは遺伝子情報が少々異なります。
特にあなたの遺伝子は幾つかの種族が混ざっていますね。
恐らく人為的に操作されたものでしょう。」
「人為的に?何のために?」
「わかりません。ちなみにお聞きしますが、
心当たりがあったりはしませんか?」
「なぜそんなことを聞く?君の言葉を信じるなら、
俺はついさっき生まれたばかりだ。
知るはずがないだろう。実際、そんな記憶はない」
「個人差はありますが、体組織提供者の記憶や性格を
受け継いでいることがあるのですよ。
あなたは言語能力もしっかりしていますし、
人格形成も結構なレベルにある様です。
無意識化でも、提供者の記憶に大きな影響を受けていると思われます。」
「・・・何も思い出せない。本当だ」
「疑いはしません。ただ今後何かを思い出す可能性が
あることは覚えておいてください」
目の前の白衣を着た女性は、書類に書き込みをしている。
字も内容も理解できる。今の受け答えについてだ。
先程の説明は衝撃的ではあったが、否定する材料がない以上
受け入れるしかなさそうである。
そうすると、胸の内に新たな疑問が浮かんでくる。
「なあ、俺の材料については説明してくれたが、
結局なんで俺は生み出されたんだ?俺はこれから一体何をすれば?」
「知りません。ここは旧時代の遺跡を利用した街なのですが、
設備の一部がバグって戦時補充要員だーって勝手に作ったのがあなたです。
ちなみに戦争は数千年前に終っています。
ですので特にあなたに用はありません」
猛烈に嫌な予感がしてくる。
続けて白衣の女性は感情の籠っていない笑顔でこう言い放った。
「身分証は発行しますので、適当に仕事を見つけて生きていってください」
かくして、小さなプレート一枚渡されて放り出された俺の目の前には、
ファンタジーなんだかSFなんだか色々とごちゃまぜな街並みが広がっていた。
「無職で銭なし宿無し身寄りなしでスタートとか、人生ハードモード過ぎるだろ」
とりあえずここに行けば何とかなると教えてもらった
開拓者ギルドを探し当てる。
もうすでに体は自由に動かせるようになっている。
多少の労働は問題ないだろう。
受付で事情を話すと、特に問題なく手続きをしてくれた。
「再生者の方なんですね。珍しいですがたまにいますよ。
分らないことも多いでしょうから。遠慮なく何でも聞いてくださいね」
「ありがとう。早速だけど普通に生活するには
どのくらいの収入があればいいですか?
あと、俺でもできそうな仕事があれば直ぐにでも紹介して下さい。」
「そうですね。お宿を取るとして、週に3000サードくらいは要るかと。
お仕事については適性を見てからにしましょう。こちらへどうぞ」
そう言うと奥にあるドア付きの個室に入るように促される。
便所じゃなかったのかこれ。
10分ほどで測定が終わり、結果を告げられる。
「筋力は外見相応といったところですね。健康状態や免疫機能は特に問題なし。
あと、マナの総量と出力値が目盛り最大ですね。魔法の適性がありそうです。」
「マナ?魔法?」
「大抵の機械は魔法の力で動きます。マナって言うのは燃料みたいなものですよ。
総量はスタミナ、出力はパワーだと思って頂ければ。」
「なるほど、俺はどのくらいのものを動かせそうですか?」
「申し訳ありません。こちらの装置はどちらかというと
苦手分野を検出するためのものでして。
目盛りが最大値となると魔法専門のところで
再計測した方がよろしいかと思います」
「わかりました。じゃあその線で良さそうな仕事をお願いします」
「承知しました。ちょうど魔法初心者向けの依頼が来ております。
内容は魔法装置へのマナ補給です。
報酬は100サードに加えて供給量に応じた出来高制です。
お受けにになりますか?」
「ああ、それでよろしくお願いします」
「はい。では時間になりましたら依頼者が迎えに来ますので
ここで待機していてください。
それとこちらが当ギルドの会員証と契約金5000サードになります。
アルベイン・クライド様。末長いご活躍を期待しております。」
アルベイン・クライド。
まだ慣れないがそれが少し前に付けた俺の名前だ。
俺の遺伝子提供者の名前でもある。
白衣の女の所で身分証を作る際、
どうせ存命ではないし貰ってしまえということでそうした。
身分証プレートには生年月日として今日の日付と
参考年齢14歳とプレスされている。
肉体年齢的には大体その辺らしい。
暫くすると、作業服を羽織った女がロビーに入ってきた。
「オアシス管理機構安全保障部装備課の者です。
ヴァンガード起動試験へのマナ提供依頼に参加ご希望の方はご参集願います。」
受付係を見ると、頷いて返してくる。
どうやらこれが俺の初仕事らしい。
受付係は依頼者に近寄ると何やら耳打ちしている。
どうやら俺のマナの測定について頼んでくれているらしい。
俺の他にも7,8人の希望者がおり、依頼者に付いて
街の外縁部にある整備場へ向かうことになった。
歩きながら活気溢れる街の様子を眺める。
住民の種族はいくつかある様で、長い耳だったり獣の耳だったり、
何なら獣そのものの外見で2足歩行しているやつもいる。
やたら小さくて宙に浮かんでいるわけのわからない種族もいた。
ついでに、運搬用のロボットもよく見かける。
「ああゆうのがマナってので動かせるのか」
何となく独り言が出ると、依頼者の女が話に乗ってきてくれた。
「再生者の方なんですよね。あのくらいの歩行カーゴでしたら
平均的なマナ量を持っていれば動かせますよ。
ちなみに今から動かしに行く機体は
あんなもの比較にならないくらい凄いやつです。
期待しててください」
とっておきのコレクションを自慢するようなノリで、自信満々に話す。
「そうなんですね。バン、何とか言うんでしたっけ?」
「ヴァンガードです!古代文明が残した人型機動兵器!
この開拓時代に道を切り拓く人類の希望の象徴です!
以前発掘された機体の修復がやっと終わりまして、
本日各種試験を行うのですよ。
ああ、楽しみです!」
他にも色々とまくしたて、熱弁は終わりそうにない。
周囲をみれば、他の仕事仲間はご愁傷さまといった表情で
生暖かい視線を向けている。
どうやらこの熱弁は毎度のことであるらしい。
そうこうしているうちに目的地に到着した。
街を囲む防壁に設けられた巨大な門。
その隣に建てられたこれまた巨大な倉庫へ入ると、
圧倒的な存在感を持つ巨人がそこに居た。
赤い装甲に身を包み、長い手足を備えたロボットが
片膝をついて鎮座している。それが2機。
胸部の装甲は大きく展開され、奥には2人分の座席が見える。
「さあ、早速起動試験を始めますよ!まずは手前の1号機を立ち上げます!
提供者の方は2人ずつ座席に座ってマナの注入をお願いします!
ちなみに機体の容量が一杯になったらお仕事終了なので、
追加報酬狙いの方は早い者勝ちになります!」
それを聞いた仕事仲間たちは我先にと機体に集まっていく。
しかし、俺は機体に見入ってしまって全景を眺められる位置から動けなかった。
見た瞬間から、心が躍るような、それでいて同時に深い悲しみを覚えるような、
不思議な感覚に陥っている。
静かに頭を垂れる巨人には武装こそ見当たらないが、
鎧を着こんだような攻撃的なフォルムが
戦闘用に作られたことを見る者に知らしめる。
よく見ると、2機は同じ型式ではあるようだが微妙に形が違う。
左右で違うパーツが取りつけられていたり、
部分的に装甲を追加したりもしている。
欠損した部分を補うためか、明らかに別の機種から流用したような
部分もあれば、何か別の物を取り付けていたと思わしき固定具など、
個々に何度も改修されている様だ。
そんなことをする目的は一つしかない、戦い続けるためだ。
「(この機体達はどんな戦場を戦い抜いて来たんだろうか。
ああ、そうか。この感覚は・・・敬意か)」
歴戦の老兵か。眠れる英雄か。
もうすでにただの機械と認識することが出来なくなっていた。
「どうですか?初めて見たヴァンガードの感想は。」
「思っていたより、ずっと立派なものでした。」
「この2機は古戦場でお互いを庇い合うような姿勢で発見されたそうですよ。
もしかしたら搭乗者同士が親しい人物だったのかもしれませんね。」
「かもしれませんね。外見の違いから察するに、
ずいぶんと長いこと戦い続けてきたように思います」
「そこに気づくとはお目が高い!でも中身はもっと違いますよ!
特に奥の2号機のマナリアクターは高出力のものに換装されていて、
今日集まった人のマナ総量では起動すらできないかもしれません!」
「起動できない?それで試験になるんですか?」
「今日の所は1号機のデータ取りができれば十分です。
2号機には可能な限りのマナを注入しておいて、実際の起動と試験は
明日帰還するこの町の守備隊員に任せる予定です。
ですので追加報酬にあぶれる心配はないですよ。」
「なるほど。それはありがたい」
「主任ー!1号機のリアクターが反応しました!マナ圧力起動水準です!」
「と、それじゃあ行ってきますね。
5千年ぶりの再起動の瞬間、見逃したら駄目ですよ」
主任と呼ばれた依頼人は1号機の足元に駆け寄ると、
座席の1つを交代し何やら操作をしている。
間もなく、1号機から低い音が響き始め、徐々に高音に変わっていく。
何かの回転数が上昇している様だ。
やがて心臓部たるリアクターが高音の爆音を響かせ、
全身にマナを供給し始めると機体が振動し始めた。
ただの振動ではない。各関節が痙攣している。
血液が全身を巡るように、久しくなかったマナの循環に
巨人の手足が目覚めつつある。
立膝をついて武者震いを続ける巨人の頭部の一部が強く発光したかと思えば、
装甲の影に隠れていた2つの目が開いていた。
蜃気楼のように揺らめく緑の眼光に、
まるで涙ぐんでいるような錯覚を覚える。
「(お前は自分の過去を覚えていたりするのか?)」
自分も過去から再生した存在であることにある種の親近感を感じながら、
俺は蘇生を果たした巨人をいつまでも眺めていた。