第2話
「なるほど……『おとめげーむ』……」
俺はお嬢様の向かいの椅子に腰を掛けて、紅茶を啜りながら呟いた。
「そう、乙女ゲーム……って、なんでノアが堂々と優雅に紅茶飲んでるのよ」
「あ……いやあ、なんか聞き慣れない単語が多くて頭が疲れてしまって」
「そ、そうよね。それにこんなこと相談できるの幼馴染のノアしかいないし。うん、今日は特別よ?」
レイラ様、お人好しすぎです。本来ならこんな従者即刻クビです。まあ、許可頂いたのでくつろぎますけども。
レイラ様と俺は実は幼馴染だ。色々あってこうやってお嬢様の専属従者として幼い頃からお側で仕えさせて頂いている。
「それはそうと、ちゃんと聞いていたの?」
「聞いてましたよ? というか、お嬢様の言う『おとめげーむ』の『悪役令嬢のレイラ様』ならこんな風にくつろぐ従者は即刻クビにしてるでしょうね」
レイラ様から聞いた話はこうだ。
レイラ様は前世の記憶を持っていて、その前世の世界では動く絵が一緒に見れて小説のように楽しむ『おとめげーむ』と呼ばれる存在があった事。そして、今俺たちが生きているこの世界を描いたものだという事。
その『おとめげーむ』では『ひろいん』と呼ばれる主人公を通して疑似恋愛を楽しめる。そして、レイラ様はこれから起こる疑似恋愛の『しなりお』……未来を知っている。しかし、その未来は『ひろいん』の『攻略対象』と呼ばれる人物が複数存在していて『ひろいん』の言動によって誰と結ばれるか分からない為、複数の未来が存在するという事……
その複数の攻略対象の中の一人に、皇太子殿下が入っている。そして、レイラ様はその皇太子殿下と婚約者であり『ひろいん』と対抗する『悪役令嬢』で皇太子殿下と『ひろいん』が少しずつ愛を育むにつれ、それに嫉妬し虐めに虐めまくって婚約破棄の末、ギロチン処刑されたと……
正直、情報量が多過ぎて混乱しそうだな。それにしても、婚約破棄にギロチン処刑ってだいぶ酷い仕打ちをする話だな。
「そうね! 確かにゲームでは貴方の事を幼い頃からイビりにイビり倒して、ヒロインを陥れるのにとてもこき使っていたわ!」
レイラ様は笑顔でそう言った。わぁ、ひどぉい。
「……というか、ノア今の私の話信じてくれるの?」
レイラ様は少し上目遣いになりながら俺に尋ねた。レイラ様、その角度はずるいです。かわいいです。俺は平静を装おって口を開いた。そうです、私こそがムッツリです。
「え、別に信じますよ?」
「じゅ、順応早すぎじゃない? その冷静さ、本当に11歳?まさか、転生者?」
「何言ってるんですか? お嬢様がそこまで細かく考えられた嘘をつける訳ないじゃないですか。それにお嬢様は分かりやすいので嘘をついていたら、すぐに分かります」
俺がそう言うと、「そ、そんな事ないわよ!」と少しむくれながらそう言った。しかし、突然なにか思い出したかのような表情を浮かべた。
「あ、そう言えば『攻略対象』の中にノアも入ってるわ」
「えっ」
「こんなに美形で漆黒に輝く髪と瞳をもつ最高位魔道師なのよ、当たり前じゃない! ほんとは攻略したかったけども!! あぁ、ほんと勿体無いことした! あ、でもねストーリーは知っているの! レイラに虐められ続けてどこか影がある美少年! そんなノアを放っておけなくて、優しく手を差しのべるヒロイン! 順調に愛を育む二人にまたしても癪に触るレイラ! そのレイラの差し金でヒロインを陥れるように命令されて葛藤するノアのスチルが堪らないって、友達が言っていたわ! あぁぁぁ!! なんで私は攻略する前に死んだのよおおおおおおお!! あ、それでね、うんたら、かんたら……」
レイラ様は目をキラキラさせて饒舌に語り出した。わー、とってもはっやくちー。
この世界には魔力を持っている者と持っていない者もいる。魔力を持っている人間は一部の人間だ。そんな中で俺はレイラ様の言うとおり、レイラ様と同じ11歳という年齢で最年少の最高位魔道師の一人になっていた。
「あーなるほど、なるほど。ソウナンデスネ」
「ちょっと! ちゃんと聞きなさいよ!」
「キイテマス、キイテマスヨ」
まさか、俺も『ひろいん』の攻略対象に入っているだなんて思いもしなかったが……まあ、正直今の俺には『ひろいん』なんてどうでもいい。どうでも良くないのはむしろ__
「そんな事よりも、どうするんですか。このまま婚約したらギロチンですよ」
「……は! そうだったわ! なんとか婚約をしないようにしないと……でも、ゲームではレイラが皇太子殿下に一目惚れをして、お父様にお願いしまくってやっとの思いで婚約者になったっていう設定だったの。だから、今回私が何事もなくお茶会さえテキトーに済ませたら、婚約者になることもないんじゃないかしら」
「……なるほど?」
……そんな上手くいきますかね?
俺の微妙な視線はお構い無しに、レイラ様はぶつぶつとまた独り言を呟いている。
「うん、そうよ……そうと決まれば、お茶会では塩対応しまくって一緒にいてもつまらない女アピールすればいいんだわ……よし。ノア、私頑張ってくる! ありがとう!」
レイラ様は満面の笑みで俺の右手を、ぎゅっと両手で握り占めた。レイラ様にとってはなんて事ないそんな行動にも、俺の胸はきゅっと反応を示す。俺は高ぶった気持ちをグッと堪えて、平静を装うように微笑んだ。
「紅茶のおかわりを入れてきますね」
俺はまだ紅茶が残っているポットを持ち、逃げるようにレイラ様の部屋を後にした。
俺は廊下を歩きながら少しため息を漏らした。自分の右手はまだ熱を持っているようだ。
最近どんどん自分の欲望が溢れてきそうになる。レイラ様と俺の身分の差は、少しでも近づきたい一心で上り詰めた高位魔道師になったって埋まることはない。皇太子殿下と婚約を結ばないとしても、レイラ様は他の男に奪われていくんだろうか。
「……くそ」
俺はそう呟き、ポットを持つ手にぎゅっと力を込めた。