表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『子ヤギと朗読をするオオカミ』

作者: 成城速記部

 群れからはぐれた子ヤギがオオカミに捕まってしまいました。

「オオカミさん、私はもう、助からないでしょう。こうなった上は、逃げも隠れもしません。しかし、どうか、私の最後の頼みを聞いてください。そうすれば、私は、喜んであなたに食べられましょう」

 オオカミは考えました。子ヤギといえども、本気で逃げられたら、捕まえるのに苦労します。もしかすると、群れの中に逃げ込んで、食べそこねるかもしれません。しかし、最後の願いをかなえてやれば、労せずして、子ヤギが食べられるのです。悪い話ではありません。オオカミは、子ヤギの最後の願いは何か尋ねました。

「私の最後の願いというのはほかでもありません。速記を書きたいのです。しかし、速記というのは、朗読してもらわなければ書けません。あなたが朗読して私が書く、そうして私が食べられ、あなたが食べる。どうでしょうか」

 何だそんなことか、と、オオカミは思いました。朗読なんてやったことはありませんが、たかだか五分くらい、問題文を読めばいいのでしょう。その程度のことで子ヤギが食べられてくれるなら、安いものです。オオカミは請け合いました。

「ありがとうございます。では、準備をしますので、お待ちください」

 ん?準備?速記にそんな大層な準備が必要でしたっけ。

 子ヤギは、どこだかに電話をかけ、しばらくすると、机と椅子が運ばれてきました。子ヤギは、机の高さ、椅子の背もたれの角度など、細かく注文を出して、それらが手際よく実現されていきました。この間、二十分ほどでしたが、オオカミは、さほど気にしませんでした。空腹は最良の何とやら、どうということはありません。

 子ヤギは次々と電話をかけます。驚いたことに、プレハブ小屋が運ばれてきました。風が吹くと原文帳がどうとか、子ヤギは説明しかけましたが、すぐにプレハブ小屋を設置する職人に割り込まれ、原文帳が何だかもわからないうちに、話題の蚊帳の外に追い出されました。

 完成したプレハブ小屋に、先ほどの机と椅子が運び込まれ、オオカミがプレハブ小屋の一番前に設置された朗読者席に招かれました。この時点で、一時間四十分ほどたっています。かなりいい感じの空腹加減です。問題文が目の前に置かれ、ストップウォッチが用意され、朗読の練習を始めるよう指示されました。オオカミ様に指示を出すお前は誰だと尋ねますと、大会関係者だと言われました。大会って?

 三十分ほど朗読の練習をすると、一度小屋の外に出るように言われました。なぜか尋ねると、日本速記協会理事長が間もなく到着するので、場所を空けてほしいとのこと。オオカミも、さすがに、日本速記協会理事長が、この上なく偉い方だくらいのことは知っていましたので、小屋から出て待ちました。

 二十分ほどすると、黒塗りの車が到着しました。たくさんの警護に囲まれていたので、お姿は見えませんでしたが、大会関係者の熱狂ぶりはすさまじいものでした。そこから十分ほどすると、プレハブ小屋の中では、開会式が始まり、日本速記協会会長の挨拶、大会実行委員長の挨拶、最終審査委員長から用字例や崩し字のミスの取り方の説明などが行われているようです。外からではよくわかりませんが。

 三十分ほどすると、プレハブ小屋の中が静かになりました。開会式が終わったようです。オオカミがプレハブ小屋に入ろうとしますと、大会関係者に止められました。間もなく朗読が始まりますので、中には入れません、と。オオカミが、朗読者は自分だと主張しますと、大会関係者は、あなたは二本目の文芸の朗読者です。これから一本目の時事が始まりますので、外でお待ちください、と言われてしまいました。もう随分待っているのだが、あとどのくらい待てばいいのかと尋ねますと、朗読が五分、反訳が十二倍なので、六十五分ですね、と、事もなげに言われました。

 オオカミは、プレハブ小屋の近くの木の下で、体育座りをしながら、できるだけ楽しいことを考えようとしましたが、空腹で倒れそうでした。とっても倒れそうでした。そういうわけで倒れました。

 オオカミが目を覚ましたのは、倒れてから二時間ほどしてからのことです。少なくとも、時計は、そういう時刻を指していました。プレハブ小屋には誰もいませんでした。朗読者席には、オオカミ宛ての、もろもろの請求書が置いてありました。



教訓:食事は早く済ませましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ