第89話 卒業の理由
バイトが終わり、帰宅すると、リビングのソファーに客人が来ていた。
「あ、おはえりなはいふがみさん!(おかえりなさい兎神さん)」
妹にスナック菓子で餌付けされている綺鳴だ。
「……なにやってんだお前」
「兎神さんに用があってここへ来たんですけど、瑞穂ちゃんからバイトに行っていると聞いたので、帰ってくるまで待ってました!」
「見て見ておにぃ! もっちもち~」
瑞穂は綺鳴の頬っぺたをぷにぷにと触る。ちくしょう、羨ましい。
「それで用ってのはなんだ?」
「それはですね……」
綺鳴は気まずそうに瑞穂を見る。
瑞穂は察したような顔で、
「あ、ごめんごめん! お邪魔虫は退散します~。後はお若い二人でどうぞ!」
瑞穂は何かを勘違いしたまま自分の部屋に入った。
「……事務所関連の話か?」
「はい」
「同期の話か?」
綺鳴は泣きそうな顔でコクリと頷く。
「……はい」
話の主題はわかった。
「ここじゃなんだ、俺の部屋で話そう」
俺は綺鳴を連れて部屋に入る。
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部屋に座布団を2枚敷いて、お互い向かい合って座る。
「兎神さんはもう聞いたんですよね。れっちゃんのこと……」
「ああ。本人から直接な。邪魔するなって言われたよ」
「……邪魔、ですか」
「アイツが辞める理由がまったくわからないんだが、お前は何か知っているのか?」
綺鳴は迷っているのか、口をギュッと結んだ。
「言えないなら良いんだ。ナイーブな話だろうからな」
俺が言うと、綺鳴は結んだ口を解き、ゆっくりと語り出した。
「4か月前、エグゼドライブで起きた事件を覚えていますか?」
ゾク。と背筋に悪寒が立った。
――なんで忘れていた……!
れっちゃんが辞める理由……そんなのアレしかない。
「1期生の紫煙カツユちゃんが引退に追い込まれた……“切り抜き炎上事件”か」
切り抜きとは、元動画の一部分を切り取った動画や元動画を編集して作った動画のことを言う。
エグゼドライブは切り抜きを公認しており、実際切り抜きのおかげで増えたファンも多い。が……1度その切り抜きが原因で大炎上が起きたことがあった。
1人の切り抜きクリエーターが、次々とエグゼドライブの悪意に満ちた切り抜き動画を多数上げたのだ。
たとえば『エグゼドライブに入る前はフリーターだったよ~』という発言と『私は社会不適合者だからさぁ~普通に働くのは無理だなぁ』という発言を編集し、『フリーターは社会不適合だからさぁ~』という切り抜きを作ったりな。これはあくまで一例で、本当に酷く巧妙な切り抜きが多く投稿された。
この悪意のある切り抜き動画で1番被害を受けたのが紫煙カツユちゃんだった。元々歯に衣着せぬ発言を売りにしていたカツユンは素材となりえる発言が多かった。無論、どの発言も厳しかったり毒があったりするものの、どれも人を思いやった発言であり炎上するような発言ではなかった。
だが1度ターゲットにされてから瞬く間にカツユンの切り抜き動画が多数投稿され、あらゆるSNSに拡散。VチューバーのアンチとVチューバーを知らない一般人を中心に大炎上。エグゼドライブとコラボしていた企業達も炎上の飛び火を恐れてか、次々とエグゼドライブと契約を解除した。
完全にバッドイメージが付いてしまったカツユンは結局、エグゼドライブのバットイメージを消すという目的のため――自主的に卒業した。
そして……そのカツユンを最も慕っていたのが蛇遠れつ。雨宮雫である。
「じゃあ、カツユンの後を追う形で……」
「そ、それは少し違うみたいです」
「そうなのか?」
「はい……あの炎上事件で、数々の企業がエグゼドライブとの契約を打ち切ったのはご存知ですよね?」
「ああ」
「あの時、エグゼドライブを見限った企業がまた、エグゼドライブにコラボを持ちかけてきたのです」
マジかよ……。
「……面の皮が厚いな」
「エグゼドライブはコラボを承諾しました」
「はぁ!?」
「相手が大手カラオケメーカーだったから、断れなかったみたいです。カラオケサービス“W-studio”って、さすがに知ってますよね?」
「そりゃあな」
楽曲数が多くて、ジャンル問わず色々なコラボをするのが特徴的なカラオケサービスだ。提供元の会社名は“world mention”だったか。
「確かに大手だな。カラオケサービスってそこと後2つぐらいしか見ないもんな」
「エグゼドライブは上場企業とはいえ……まだ、大きな力は持っていませんから」
「断れるはずがない、と」
大人の事情ってやつかよ。
「問題は、コラボメンバーの中にれっちゃんも入っていたことです」
「そんな……! いやでも、今1番勢いがある6期生を使いたがるのは当然か……でもそんなの、アイツにとっちゃ火に油だろ!!」
「はい。れっちゃんは会社と大きく揉めました。でも結局、エグゼドライブは譲りませんでした。れっちゃんは仕方なく、コラボを一度は受け止めたのです……で、でも……」
綺鳴の肩が震える。
綺鳴の瞳に涙が浮かぶ。だがその顔は、怒っているようにも見えた。
「……れっちゃんはパパ……社長とコラボ先の社員が話している所を聞いたのです。相手の社員はこう言っていたようです。『紫煙カツユのような事件は起こさないでくださいよ。我々のイメージを損なわないようお願いします』――と」
キレる。
その場に居たら絶対キレる。
実情をしっかり把握していれば、カツユンに罪がないのはわかるはず。つまり、相手はエグゼドライブについて詳しく調べることもせず、釘を刺すようなことを言ったわけだ。コラボする相手に対し、なんて失礼な態度だろう。
又聞きした俺でもこんなに苛つくんだ。実際にその場に居て、カツユンと仲が良かった雨宮の怒りは一体……どれほどのものか。想像もできない。
「れっちゃんはやっぱりコラボは受け入れられないとマネージャーに言ったそうです。なのに……」
待て。カラオケメーカー?
そのコラボ商品ってまさか……!
「あのコースターのやつか」
前に麗歌と一緒にカラオケに行った際、貰ったやつだ。
「あれ? でも確か、れっちゃんもコラボのメンバーに居たよな……」
「……」
もうひと悶着あって、やっぱり承諾した……ってわけじゃ無さそうだな。
「れっちゃんは絶対にコラボはしないと言いました。でも、会社が勝手にれっちゃんもコラボメンバーに入れたのです……」
「れっちゃんが断ったのにコラボ!? そんなの無――」
いいや、無理じゃない。
あくまであのコラボは、コースターだけ。ならば、
「そう、か……別にあのコラボは声の出演とか無いから、『絵』さえ用意すればれっちゃんの協力が無くともコラボはできる……だけど、そんなの……」
そんなことがまかり通ってしまえば……。
「れっちゃんは言っていました。『所詮Vチューバーなんて金儲けの道具。生身を晒せないことを良いことに、好き勝手使われるだけ。くだらない。会社もファンも、舐め腐った嘘つきばかり』――と」
雨宮が腐るのもわかる。
尊敬している人を信じず、見限った企業。その企業がまた傲慢にも手を伸ばしてきて、それを自身が所属する会社が握ったんだ。自分の意思さえ無視して。
ファンに対する怒りは、あの炎上事件でカツユンをファンが守らなかったことに起因するんだろう。カツユンのファンは、アンチやVを知らない人間に責められることを恐れて、大多数がカツユンから手を引いたらしいからな。その炎上の発端の切り抜き師も、元はカツユンのリスナーだったそうだ。炎上切り抜きが再生数稼ぎになると知り、金に目を眩んでカツユンを裏切った。
許せない、やるせない気持ちでいっぱいだっただろう。
「兎神さん……」
綺鳴が涙ぐんだ目で見てくる。
「……私、わからないんです……このまま背中を押して見送ることが……『当たり前』なのでしょうか? 引き留めることは罪なのでしょうか。子供なのでしょうか? 私は……どうすればいいのでしょうか……!」
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