第82話 夏祭り その5
腕相撲を制し、無事かるなちゃまのお面を手に入れた俺と麗歌はスマホで綺鳴達と連絡を取り、金魚すくいの屋台の前で落ち合うことにした。
俺は綺鳴達と会う前に、ある屋台の前で立ち止まった。
「どうしたのですか?」
「1つ、アオに土産を買っていこうと思ってな」
立ち寄った屋台はりんご飴の屋台だ。
俺はりんご飴を1個買う。
「さっき怒らせたお詫びに、ってことですか」
「ああ。アイツは昔からりんご飴が好きだからな」
りんご飴を片手に持ったまま、綺鳴とアオと合流する。
「あ」
なんとアオはすでにりんご飴を持っていた。どうやら俺達と離れている間に買っていたようだ。
「残念でしたね、昴先輩」
「ん? どうしたの?」
「先ほどアオ先輩を怒らせたお詫びに昴先輩、りんご飴を買ったんですよ」
「……あーあ、やっちまった。どーするかな~、これ」
自分で食うしかないか。
「それなら私が頂きましょうか?」
綺鳴が瞳を輝かせて聞いてくる。
「お姉ちゃんは食べ過ぎ。もうダメ」
「え~……」
「だから、ここは私が……」
「いいよ。私、貰うよ」
麗歌の言葉を遮り、アオが言う。
「貰うって、お前2個も食う気か?」
「まさか」
アオは食いかけのりんご飴を俺に向ける。
「こっちは兎神君にあげる」
「……新品と中古を交換ってわけか」
「うん!」
俺とアオはりんご飴を交換する。
「……」
「……」
アオと麗歌がなにやら意味深な視線を交わしている。
「そんなにりんご飴欲しいなら買ってこようか?」
俺が提案すると、麗歌は「結構です」といつものクールな口調で言い、アオから視線を切った。
「むむ……さすが幼馴染ですね……」
綺鳴が唇を尖らせて言う。
「どういう意味だ?」
「普通、食いかけの物を異性にあげませんよ」
言われてみれば確かに。
俺はりんご飴の……アオのかじりついた跡を見る。
「……」
綺鳴が変なことを言うから意識してしまった。このかじった跡が、なんだかいやらしく映る。
ええい! と気合いをいれて、俺はりんご飴にかじりつく。アオを意識していない、という意思表示のため、敢えてアオのかじった跡をなぞった。
口に入ったりんごの果肉がやけに湿っていて、甘酸っぱく感じた。
ふとアオの方を見る。アオは横目で俺を見ていて、俺と視線が合うと同時に正面を見た。その頬は少し緩んでいた。どうやら機嫌は直ったらしい。
一方で綺鳴は不服そうに「むむぅ……」とりんご飴を覗き込んできていた。
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街を練り歩く神輿を見て、祭りの締めに河川敷に集まる。
目的は川の向こう側で打ち上げられる花火だ。人の混み具合が今日一番になる。とはいえ河川敷は広いので、スペースに余裕はある。
日比人も合流して、俺達は5人で空を見上げる。左の端っこに綺鳴、その横に俺は立つ。
花火が上がり、歓声も共に上がる。
涼し気な夏の風が肌に当たり、前髪を揺らす。太鼓の音も笛の音ももう止まっており、花火が打ちあがる音が鮮明に聞こえる。
「……私、花火って嫌いだったんですよ」
ふと、俺にしか聞こえない声で綺鳴は言い出した。
「なんで嫌いだったんだ?」
「いっぱいお金かかってるのに一瞬で消えちゃうじゃないですか。だから無駄だな、って思っちゃって」
その気持ちはわからんでもないな。
「だけど、違うんですね。こうしてみんなで見る花火は、一瞬じゃ消えない。これからもずぅっと、きっと、残り続ける」
「ああ」
「兎神さんの推しが月鐘かるなで本当に良かったです。おかげで、私は夏の風を、肌で感じることができましたから」
綺鳴が月のように輝いた笑顔を向けてくる。
「俺も同じさ。月鐘かるなが俺の推しで良かったよ。こんなにも楽しい祭りは初めてだ。こんなにも焼きそばが美味しかったのも、花火が綺麗だと感じたのも、セミの鳴き声が心地よく感じたのも、何もかも……きっとそう感じたのは」
『お前が居たから』、と言いかけて、俺はやめる。その言葉は友人のラインを越えたモノだと思ったから。
俺は月を見上げ、
「月の巫女様が俺を外へと連れ出してくれたおかげだな」
俺と綺鳴は顔を見合わせ、同時に笑う。
「兎神さん……」
綺鳴はそっと、俺の手を握る。
小さく、柔い手が、俺の人差し指から薬指を包み込む。
「綺鳴……?」
綺鳴の瞳は潤んでいて、体は震えている。けれど何かを決心したような、強い表情をしていた。
「あの……私――」
綺鳴は何かを口にしたが、その声はか細かったのか、花火の音で打ち消されてしまった。
綺鳴は自分の声が俺に届いていないことをすぐに理解して、どこかホッとしたような笑顔で「なんでもありません」と言って、手を離した。
綺鳴が何を言ったのか、凄く気になったけど問うことはしなかった。綺鳴の声が花火の音でかき消されたことがなにか意味があるような気がしたんだ。神様が『まだ聞くべき言葉ではない』と、そう言っている気がした。
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