第77話 兎vs青
「お、おいおい。脱ぐって、本気で言ってるのか?」
「本気だよ。兎神君に目隠しして、兎神君の目の前で脱ぐ」
なんだ、そういうことか。
「結局見ないんじゃ俺が動揺するわけないだろ」
「そう思うならやってみようよ。アイマスクある? 場所も変えようか」
早々と話を進めるアオ。
動揺するわけないと言い切った手前、引き下がるわけにもいかず、俺は話に乗ることにした。
部屋はリビングから俺の部屋へ。俺はアイマスクをアオに渡す。
アオはアイマスクを装着し、ちゃんと視界がゼロになっていることを確認した後、俺にアイマスクを返した。
「じゃ、じゃあ始めようか」
アオは照れくさそうな顔をしている。
「そっちから提案しておいてなに恥ずかしがってんだよ」
「恥ずかしがってなんかないよ」
アオは「早くアイマスクして!」と急かしてくる。
俺はアイマスクを装着し、胡坐をかいて座る。
視界が真っ黒だ。
「……全部脱いでも兎神君の心拍数が変わらなかったら、兎神君の勝ちってことで」
「了解だ」
「それじゃ、始めるね?」
アオの服装は肩の出た黒ポロシャツに短パン。それに靴下。後はブラとパンツもあるから……靴下を1枚として、合計5枚。
正直負ける気がしない。だって俺はアオが脱ぐ姿を見るわけじゃない。ただ闇を見つめているのみ。動揺するわけがない。
「まず靴下から脱ぐね」
シュル、シュル、と靴下を脱ぐ音が鮮明に、生々しく聞こえる。
「はい、脱いだよ」
パサ。と靴下が落ちる音が聞こえる。
「次はシャツだね」
「……っ!?」
サ、サ、サササ。とシャツを脱ぐ音。髪がシャツに引っ掛かって、たなびく音まで拾える。
パサ。と布が落ちる音。
「脱いだよ」
いま、アオは俺の目の前でブラジャーを丸出しにしている。
あの成長した胸に、布1枚だけを被せている。
視界が塞がっているばかりに、変な妄想ばかりが広がる。下着の色は何色だろうか、どんな形をしているのだろうか、どんな柄なのだろうか。
もぞもぞ。と起き上がろうとするアイツを必死の理性で押さえつける。
心拍数も気を付けないと。アオに気づかれないよう深呼吸する。
「じゃあ、次はブラだね」
「え!?」
順番的に次は短パンじゃないのか!?
「どうしたの兎神君?」
アオの堪えたような笑い声が聞こえる。くそ、からかわれているな。
「別になんでもねぇよ。早く終わらせてくれ。トイレに行きたいんだ」
「はいはい。いっくよ~」
パチン、と金具が外れる音。シュル、と何かが外れる音。そしてまた……パサ……と俺の目の前に布が落ちた音がする。
「……っ!!!」
やばい。心臓が高鳴っている気がする。
いま、目の前には胸を露出したアオが立っているはずだ。妄想が暴走する……下着の色とかそういう次元じゃない。俺はいま、アオの……胸の先にある、アレの形やらを妄想している。
心臓の音が強く聞こえるが、アオが何も言わないってことは心拍数はさほど変動していないのか。
とりあえず落ち着け……落ち着くんだ。無の感情だ。円周率を数えよう……円周率……3.14――ダメだ! 円からおっぱいを連想して集中できないっ!!!
部屋には俺とアオの2人だけ。
互いの呼吸音が聞こえる。
冷房は効いているのに、体が熱くなる。
「次は短パンね」
スサ、バスっ。
「そして最後は……」
つい、喉を鳴らしてしまう。
アオは、俺の目の前で裸になろうとしている。
このアイマスクをちょっとずらしたら……全てが見える。
さっき脱衣所では横向きだったし、バスタオルで体を拭いていたから大事な所は何も見えなかった。
けど、今は違う。全部見ようと思えば見れる。
全部だ。一糸まとわぬ全てが見える。
もちろん、そんなことをすれば最悪絶交だ。できない。できるはずがない。
だがしかし、俺は気づいてしまった。アイマスクの僅かな緩みに。綻びに。
1ミリか、2ミリか。僅かに隙間がある。俺の視力を全集中させれば、女子の裸体――ユニバースに届く。アオに怒られることなく、ユニバースを観測できる。
俺の理性はすでに壊れかけだ。
やる。やるぞ。後で罪悪感に苛まれることは間違いないが……思春期の男が、目の前で裸になられて黙ってられるわけがない。
そう、これは事故だ。たまたま見えてしまっただけだ。
俺は目をガン開きし、アイマスクの隙間にすべての神経を注ぐ――
ス。
と、音がした。
それは何かを脱いだ音ではなく、俺のアイマスクがズラされた音。
第三者によって、俺はアイマスクを外された。
「え」
一瞬、久しぶりの光に目を眩むが、すぐに慣れ目の前の光景が脳に伝わる。
そう裸のアオが目に映――らない。アオは服を着てきて、クスクスと笑っている。
「あはは! もう限界! 兎神君必死すぎっ!」
「は? え?」
「残念だったね。私、脱いだのは靴下だけだよ? 後は脱いだフリしてただけ」
「いや、でも、脱いでる音が……」
「フリだけなら簡単だよ。ほら」
アオは手に持ったハンカチを使って、肌を擦ったり、髪を擦ったりして音の再現をする。
「お、お前……!」
「私の裸見たり、私の浴衣姿を馬鹿にしたお返し!」
顔に血が上る。
恐らく、今の俺は羞恥から真っ赤になっているだろう。
「ちなみに心拍数はとっくに変動してたよ」
「実際脱いでなかったわけだからお前の反則だろ! ルール違反だ!」
「うん。そうだね」
アオはあっさり認める。
「私の反則負けだよ。だから1つ、言うこと聞いてあげる」
「い、いいのか?」
「いいよ。なんでも命令して。なんでも、聞くよ……」
アオは、どこか艶めかしい表情で俺を見る。
「じゃあ……」
裸になってくれ。と一言口にすれば一線を越えてしまいそうな雰囲気だ。いや、さすがにそれはないか。ない、よな……。
「……」
「……早く何か言ってよ」
変なことを考えるのはやめよう。
とりあえず、俺はさっきの嘘を撤回することにした。
「浴衣、着てくれよ」
「え?」
「お前の浴衣姿が……見たい」
アオは一瞬戸惑うも、すぐにニマ~と笑った。
「あれ? あれあれ~? さっきは興味ないって言ってなかったっけ?」
「……ああ認めるよ! さっきのは嘘だ! お前の浴衣姿を見たいですわたくしは!!」
「ふっふっふ~。素直でよろしい」
アオはご機嫌な様子でくるりと回り、扉の方を向く。
「それじゃ、浴衣着るために部屋に戻ろうかな。じゃあね兎神君。また」
「15時50分に公園でな」
アオは扉に向かって歩いていく。その際、髪からポタリと、雫が落ちた。
そこで俺は気づく、アオの髪が濡れていることに。アオが首に汗をかいていることに。
この部屋は冷房が効いている。アオはさっきシャワーで汗を流したばかり……なのになぜ汗が? 状況的に気温からくるものではなく、そう、冷や汗というやつだ。
なぜ冷や汗を……?
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