第75話 綺鳴の後を追え その2
綺鳴を尾行して数分が過ぎた。
特に何かが起きたわけじゃないが、綺鳴という少女は本当に見ていて飽きないなと思った。
すれ違いざまに犬に吠えられ「むぎゃあ!?」とビビり散らかしたり、白線の上から出ないように歩いたり、猫を見つけて追いかけるもすぐにバテたり、子供に挨拶されてキョドったり。なんともまぁ、よくも神様はこんな可愛い生物を作れたモノだ。
麗歌は姉の可愛い姿をスマホで撮影していた(もちろん無音で)。やってることはまんまストーカーだな。
綺鳴は迷いない足取りで駅に行き、電車に乗る。俺と麗歌も後を追いかけ、綺鳴と1車両違いの場所から綺鳴を監視する。
「まさか電車に乗るとはな。確かに妙だ」
「一体どこへ行くつもりなのでしょうか……」
扉を隔てているため、安心して会話できる。
「なぁ麗歌、ふと思い出したんだが」
「なんでしょう」
「さっきお前、綺鳴の外出は珍しいって言ってたけど、俺とアイツが関わることになったきっかけの日……綺鳴に絡んでいた不良を俺がボコした時、綺鳴はコンビニにいたじゃないか。つまり、1人で外出していたわけだろ?」
「……あの日は、特別だったのです」
麗歌の表情が暗くなる。
「イチゴ大福を買いに行くことが特別か?」
「アレは配信上の嘘です。本当は……」
麗歌は後ろめたい顔で、
「あの日、お姉ちゃんは私のために買い出しに行ってくれたのです」
「どういうことだ?」
「入学してすぐの慣れない学園生活、さらに6期生のマネージャー業務……あまりの多忙さに私は体調を崩してしまったのです。と言っても、本当に軽度の体調不良でした。軽く頭痛がする程度のものです。ですが迂闊なことにお姉ちゃんの前でふらついてしまい、心配したお姉ちゃんが買い出しに行っちゃったのです。頭痛薬や夕食、ゼリーを買いに行くと……私は止めたんですけど、押し切られてしまって」
「そういう経緯があったのか」
妹のためなら苦手な外出もする。やっぱ根っこの部分で優しいんだよな、アイツはさ。
「本来お姉ちゃんが深い理由も無く外に出ることはないです。ですがもしも、深い理由も無く外に出たのなら、とても嬉しいですね。服を買いに行くとか、スイーツを食べに行くとか、そんな理由で外出するようになったのなら、とても嬉しいです……」
麗歌にとって、この尾行が拍子抜けで終わることは喜ばしいことなんだろうな。もしも綺鳴が女子高生らしく休日を過ごしたのなら、麗歌は嬉しそうに、されど少し寂しそうに笑うのだろう。
「あ、降りたぞ」
綺鳴は樫和駅、俺のバイト先の最寄り駅で降りた。
「追いかけるぞ」
「はい」
まさか俺のバイト先にでも行ってるのか? いやそんなわけないか。もしそうなら俺の耳に入ってないはずがない。
綺鳴は駅のすぐ傍にある駅ビル、その1Fのフードコートエリアに足を運んだ。
「アレは……」
綺鳴はとある行列に並んだ。行列の先にはシュークリーム屋がある。
「シュークリーム屋だな」
「はい。テレビでも取材されたシュークリーム屋です。看板商品は紫芋シュークリーム、甘さが絶秒らしいです」
「詳しいな」
「……シュークリーム、好きなので」
限定150個と看板に書いてある。なんとなく事情は読めてきたな。
「とりあえず男じゃなかったみたいだな。もう面倒だ。直接話を聞いてくる」
俺は変装を解き、隠れるのをやめる。
「お前も来るか?」
「いえ、私は待ってます。後をつけたことバレかねないですし。昴先輩は近くにバイト先があるから自然ですが、私は本来この場所に用のない人間ですからね」
「そうだな」
俺はスマホで麗歌に電話を掛ける。麗歌がスマホを取ったところで、通話状態のままスマホをポケットに入れる。
「それで話を聞いとくんだな」
「すみません。ありがとうございます」
俺は麗歌から離れ、綺鳴の後ろに並ぶ。
いつ俺に気づくかな~、とワクワクしながら待つこと2分、列が1歩進んだ時だった。綺鳴はこちらを振り向いた。その小さな顔を上げ、宝石のような鮮やかな目で俺を見上げる。
「え? えぇ!? 兎神さん!? なんでここに!!」
「たまたまお前の姿を見つけてな。追いかけてきた」
「そっか。兎神さんのバイト先はここの近くでしたね……」
「シュークリーム買うために朝から並ぶなんて、よっぽどシュークリームが好きなんだな」
「はい。好きですけど、私が食べるために買いに来たわけじゃないんです」
おっと?
「じゃあ誰のために買いに来たんだ?」
「麗歌ちゃんですっ!」
綺鳴はうさ耳カバーのスマホを出し、画面を見せてくる。スイーツを特集しているサイトだ。
「シュークリーム、モンブラン、タルト……どれも美味そうだな」
「どれも麗歌ちゃんの好物ですよ」
そんで値段がすんごい。ま、朝影家の財力なら余裕で買えるか。
「最近、麗歌ちゃんのおかげで外出に耐性が付いたんです」
そういや綺鳴のコミュ障を克服させるため連れまわしている、って前にメッセージで言ってたな。
「その恩返しで、こうして麗歌ちゃんの好きな物を買いに来たわけです。特にこの店は麗歌ちゃんが凄く気にしていたので、なんとしても買いたいんですよ。でも昨日も2日前も私が買う前に売り切れてしまって……」
連続外出の理由がわかったな。
「外出できるようになって買うのが妹の好物とはな。よっぽど麗歌のこと好きなんだな、お前」
「はいっ! 世界一可愛い妹ですからっ!」
にぱーっと笑う綺鳴。
なんつーか、今日はひたすらこの姉妹のイチャイチャを見せられているな。
それからついでに俺もシュークリーム(俺と瑞穂の分)を買い、俺は用事があると言って綺鳴と別れた。
階段で通話中のスマホを出す。
「もういいだろ」
『はい……』
声が上ずっている。スマホ越しでも照れているのがわかる。
『なんだか……すみません。今日はその……』
「まったくだよ。イチャイチャイチャイチャと、甘ったるい姉妹愛見せつけやがって」
『うっ……』
あの麗歌がうろたえてやがる。
「お前はこれからどうするんだ?」
『お姉ちゃんがちゃんと帰れるよう、最後まで見守ります』
「まだ尾行するのかよ……ほんっとシスコンだな」
くす。と通話先から笑い声が聞こえる。
『シスコンにもなりますよ。だって……世界一可愛い姉ですから』
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