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第72話 海の波乱

 アオの方を見る。

 アオは海の中、下半身が水に埋まるぐらいの場所で立ち尽くしている。距離は結構あるな。

 アオは顔を赤くして胸部を腕で隠している。シャツを着ているから丸出しではないとは言え、濡れているシャツは透けるからな……。

 瑞穂がアオから恐らく事情を聴き、驚いた様子を見せる。


 俺はブルーの水着を拾い上げる。


「すばるん、さすがにそれはボクが届けてくるよ」


「はい、そうしてもらえると助か――」


 アオに近づく人影を見て、俺は意見を変える。


「いえ、俺が届けます。事情が変わりました」


「え……?」


 六道先輩もアオの方を見て理解する。

 アオと瑞穂の所に3人組の男が近寄っている。明らかに成人。金髪鼻ピアスの男が先頭を歩いている。


「うっわ。ありゃまずいね。水に足を取られて逃げるのが難しい場所で話しかけるあたり、性質(たち)悪いタイプのナンパだ」


「海の家にマッチョのバイトさんいるから、六道先輩はその人を連れてきてもらえますか?」


「了解。無理しちゃダメよ、すばるん」


「わかってます」


 俺は走って海を突っ切る、が、水のせいで素早く前に進めない。


「……うっわ。めっちゃ好みだわ~君。俺達さ、近くの宿で部屋取ってるんだけど遊びに来ない?」


 なんとか声が拾える位置までは来れた。


「すみません。今日はもう帰るので……」


「ちょっとアンタら! 3人で1人ナンパするとか恥ずかしくないわけ? しかもこんな動きにくい場所でさ!」


 瑞穂が無謀にも男達を威圧する。

 あのバカ……明らかに悪手だ。


「なになにお嬢ちゃん、君も俺たちと遊びたいの? 俺ロリもいけるから、全然遊んであげるよ~」


 男が瑞穂に手を伸ばす。アオが瑞穂を庇うように前に出た。


「やめてください!」


 あともうちょいで追いつける。あともうちょい――!


「やめてほしけりゃ俺達と――って、お前……」


 鼻ピアスの男は「ぶはっ!」と吹き出す。


「コイツ、シャツの下何も着てないぞ!!」


「っ!?」


 男達がアオの胸の辺りを見て、嘲るように笑いだした。


「うっわホントだ! 痴女だ痴女!」


「清純な面してノーブラとか、見かけによらないもんだね~」


 アオの瞳に、涙が浮かぶ。


「なんだよやる気満々じゃん~。最初からそう言えばいいのに。素直じゃないんだから……」


 鼻ピアスの男がアオの腕を掴み、胸を覆う腕を剥がそうとする。


「やめっ……!」


 俺は男たちの背後まで近づき、海に潜った。


「ぬがっ!?」


 3人の肛門にそれぞれカンチョウをお見舞いする。3人が痛みでケツを押さえている間に、アオと男たちの間に浮かび上がる。


「ぶはぁ!」


「いって! くっそぉ! 今のテメェがやったのか!?」


「はて、何のことやら」


 俺の背中に、そっと、アオが体を預ける。俺のシャツを、アオがぎゅっと握る。


「……ありがとうっ……昴くんっ……!」


 震えた声。気丈に振舞ってはいたものの、やはりかなりの恐怖感だったようだ。

 さて――


「テメェ、金髪! 邪魔すんじゃねぇよ」


「テメェだって金髪だろうが。それ以上近づいたら容赦しねぇぞ」


「……やる気か?」


「来いよ。3人まとめてサメの餌にしてやる」


 一触即発。あともうちょっとで喧嘩が始まるという時。

 ザパンッ! ザパンッ! ザパンッ! という音が響いてきた。

 俺達は一斉に、浜辺からこっちに向かってくるその音の方を向く。


「「「げっ!!?」」」


 海の家にいたマッチョなバイトさん――熊宿さんが、ビニールボートを背負ってバタフライで向かってきていた。

 熊宿さんはナンパ男達に近づくと、目に掛けたゴーグルをキランと輝かせ、その極太な腕を振り回しナンパ男達を一掃。のびた男たちをビニールボートに乗せ、浜辺へ退却していった。およそ10秒ほどで、熊宿さんは事態を収めた。


「す、すごいね」


「……あの人には俺も敵わんかもしれん」


 危機が去り、アオは俺から離れる。すると入れ替わりに瑞穂が後ろから抱き着いてきた。


「瑞穂?」


「おっそい、って……ばかぁ……!」


 背中に、海水とは違う、雫の感触が伝う。


「わりぃ」


 一言そう言って、俺は瑞穂の頭を撫でた。


「と、ところで昴くん……あの、水着とか、どっかで見なかった?」


 胸を隠しながらアオが聞いてくる。


「お前の水着なら俺が拾って持って来たぞ」


「そ、そうなんだ。でも、どこにもなくない?」


「ああ。海に潜る前に邪魔だったからしまったんだ」


「……しまったって、どこに?」


「ここ」


 俺は海パンから、アオの水着を出す。

 アオと瑞穂が、さっきまで英雄を見るような目で俺を見ていたのに――汚物を見る目に変わった。


「昴くん……女の子の水着を、海パンの中に入れるのはさすがに無いと思うんだけど……」


「おにぃってホントクソだね」


「待て待て。ちゃんと配慮はしている。ケツにもアレにも当たらないよう、サイドに入れてたからセーフだ!」


「それ捨てといてね昴くん」


「アオ姉、私の体で胸隠してシャワーまで行こ」


「うん。ありがと瑞穂ちゃん」


 アオと瑞穂は俺の横を通り過ぎて浜辺の方へ歩いていく。

 俺が遅れて浜辺に上がると、六道先輩が近づいてきた。。


「どしたのすばるん。浮かない顔だね」


「六道先輩……好感度っていとも簡単に下落するんですね」


「なにがあったか知らないけどすばるん、ボクは君の味方だよ!」


 夕陽の温かさが心に染みた、夏のひとときであった。

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