第64話 布教
7月25日(火曜日)。
夏休み5日目。俺は近所のショッピングセンター3階の本屋に足を運んでいた。
今日はエグゼドライブの5期生、空蝉リオンちゃんが執筆するライトノベルの発売日。
空蝉リオンちゃんはVチューバー界で只1人の文豪Vチューバー。定期的に小説を出している。正直推しではないのだが、単純に小説が面白いから買っている。
リオンちゃんの本を買うため、Vチューバー系統の本が揃う場所に行くと、見知った顔がいた。
「嘘だろ……」
とても、Vチューバーに不釣り合いな雰囲気の男。
その男は熱心にVチューバー関連の本を選んでいる。ただ男が選んでいる本はファンブックとかではなく、Vチューバーとは何ぞや? というVチューバーそのものにフューチャーする本だ。知識本である。
「お前、ここで何やってんだ?」
立ち去るのを待つ選択肢もあったが、どうしても相手の心情が気になったので話しかける。
「兎神昴か」
立ち読みしていたのは鷹峰翼。我が明星高校の副生徒会長にして、六道先輩の元許嫁だ。俺とは死闘を繰り広げた仲である。
文武両道の眼鏡イケメンであり、Vチューバーには一切興味がなかったはず。むしろ毛嫌いしていたように見える。
「もう1度聞くけど、何やってんだお前……」
「Vチューバー、というモノを知りたくてな」
「あの社長の命令か?」
「違う。僕個人の意思だ。君や晴楽先輩の原動力となっていたVチューバーという存在について興味があるんだ。もちろん、Vチューバーがどういう存在かは知識として知っているが、いま僕が知りたいのはVチューバーの魅力であり――」
「つまり! ……Vチューバーの楽しみ方を知りたいわけだな?」
俺はニヤリと笑う。
コイツのことは大嫌いだが関係ない! 布教のチャンスを逃してなるモノか! これもエグゼドライブファンの役目!
「あれ? 兎神くん?」
新たな来客、日比人が現れた。
「もしかして兎神くんもリオンちゃんの本を?」
「日比人、話は後だ。ここにVチューバーに興味を持った青年がいる」
日比人は目の色を変える。
「ほほう……それはそれは逃す手はないね――って、副会長の鷹峰くんじゃないか!?」
「確か君は鼠屋日比人くん、だったかな?」
「あ、うん。凄いね、僕みたいな陰キャも覚えているんだ……」
「成績上位30人は覚えるようにしている」
「ええい! 余計な話をするな! 喫茶店に行くぞ鷹峰! お前にVチューバーの魅力、そして何から入るべきかを俺達が教えてやる!!」
「それはありがたい誘いだな。やはり、専門家に直接話を聞くのが一番手っ取り早い」
鷹峰と日比人を連れ、デパート内のカフェに入る。
窓際のカウンターテーブルで、鷹峰を真ん中に三人で座り、早速布教活動する。
「Vチューバーは基本的に企業系と個人系で分けられる。会社に所属し、会社のサポートを受けてV活動をするのが企業系。会社に所属せず、個人でやるのが個人系だ」
「正社員とフリーランスというわけか」
「よくわからんが多分そんな感じ。個人系は会社の規則などに縛られないフリーダムさ等の特有の魅力があるが、初心者にはやっぱ企業系がおすすめだな」
「やっぱり会社のサポートがある分、一定以上のクオリティはあるからね」
「理解した。企業系のVチューバーから見よう。そうなるとまずはどの会社のVチューバーを見るか、だな」
「「エグゼドライブ一択!!」」
俺と日比人が声を重ねると、鷹峰は引き気味に「わ、わかった」と頷いた。
「1期生から6期生まであるけど、1期生はデビューが大分前だからね。最初から追うのは気力がいるかも」
「入りはやっぱ6期生だろ。動画の数が他と比べて少なくて網羅しやすい」
「中でも最初はハクアたんかなぁ? 鷹峰くんと気が合いそうだよね」
ハクアたんは真面目な気質だからな。同じく真面目な鷹峰と合いそうな気はする。
「その6期生? というのは何人いるんだ?」
「5人だ」
「なら、その5人の特徴をそれぞれ教えてくれ。特徴を聞いて、僕が決める」
「「お任せあれ!!」」
俺と日比人は6期生の面々の魅力を熱弁する。俺は特にかるなちゃまを、日比人はれっちゃんのPRに注力した。
鷹峰は与えられた5つの選択肢を前に悩む。
「まず、六――じゃなくて、ヒセキ店長はないな」
鷹峰はヒセキ店長の中の人が六道先輩だと知っている。元許嫁ではあるものの、鷹峰は六道先輩を苦手としていた。敢えて選ぶことはないだろうな。
「他はみんなそれぞれ興味があるが……最初はこの子の動画を見てみようと思う」
鷹峰が選んだのは意外な人物だった。
「未来ぽよよちゃんだ」
「ぽ、ぽよよん!?」
「……驚くのは失礼だよ兎神くん」
「いや、まぁそうだけど……」
ぽよよんは6期生の中で唯一、登録者数が100万人いってない存在。100万人どころか、いまだ23万人しか登録者がいない。最初に勧めるにしてはクセがある。
それに真面目な鷹峰が自由奔放で萌え全開のぽよよんを選ぶとは思わなかった。
「一応、聞いていいか? どうしてぽよよんにしたのか」
「まだ軽く眺めただけだが、彼女を見ていると肩の力が抜ける感覚があるんだ」
「そ、そうか」
堅苦しい生活をしている分、心は純粋な癒しを求めているのかもな。ならば何も言うまい。
「教えてくれた礼だ。ここは僕が出そう」
カフェ代は鷹峰が奢ってくれた。
俺達はカフェから出たところで解散する。
鷹峰翼がVチューバーに鬼ハマりするのはまだ先の――いや、すぐそこの話である。
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