第55話 大福
「なっさけねぇ……」
バーのソファーに横たわり、天井を見上げながら呟く。
気を失い、目を覚ましたらもう夕方。無論、六道先輩の姿はない。
「仕方ないわよ。相手はプロの世界でも通用する格闘家。素人のあなたが負けて当然よ」
側ではミルキーさんが手当てしてくれている。
「六道先輩はどこに連れていかれましたかね」
「間違いなく六道グループの本社でしょうね」
「場所、どこか知ってます?」
「行く気? もう無理よ。あそこに連れていかれた時点で、手出しはできない」
「次は勝ちます」
「あなたがタカ君に勝っても無駄なの。セイちゃんはきっとセキュリティ万全の場所に隠されているでしょうし、護衛の数も半端じゃないでしょう。あそこは彼らのホーム、なんでもできる」
「……」
「社長を説得する何かがないと、行ったところで無駄よ」
社長を説得、か。
「社長……六道先輩の父親はどんな人なんですか?」
「良くも悪くも何よりも会社の利益を優先する人よ。例え家族を犠牲にしても、会社の躍進を願う。あれほど会社を愛している人はいないわ」
「……会社の利益」
俺はソファーの上で胡坐をかき、腕を組んで考え込む。
「――ちょっと考えます。あ、明日の朝に乗り込むつもりなので準備しといてくださいね」
当然のように言う俺に対し、ミルキーさんは肩を竦める。
「……やれやれ、乗り込むのは確定なのね。わかったわ。もう止めないわよ」
今日の内に体のダメージを抜くのは無理だ。万全じゃない状態で鷹峰には勝てない。
だから明日、リハーサルが始まる前に六道先輩を奪還してリハーサルに六道先輩を間に合わせる。これしかない。
問題はどう社長を、六道先輩の父親を説得するか。
社長は六道先輩に強い利用価値を感じている。ならば、
「利益主義、か」
1つ、案を思いついた。
俺はその案を実行するために麗歌に電話を掛ける。
『もしもし』
「麗歌か! ちょい頼みがある。急用だ」
『晴楽さん絡みですか?』
「そんなとこだ。悪いが詳しく説明する時間はない。俺が今から言うデータを集めてくれ」
麗歌にお願いをした後、電話を切る。
頭に、アオの言葉が過る。
――『指切り。絶対無茶しないって約束して?』
「……わりぃなアオ。約束、守れそうにねぇや」
バン!! と目の前のテーブルに色々な料理が置かれた。
ラーメン、チャーハン、焼き鳥、とんかつ、カレー、オニオンリングやポテト。
ミルキーさんは袖をまくり、
「さっ! 食べなさい! 体の回復には食べるのが一番よ!!」
「うっす!!」
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《ごめんね~! 明日のリハーサル急用入って行けなくなっちゃった~! 多分、200万人記念ライブも無理! 配信も当分無理そう! 悪いけどレイレイからみんなに伝えておいて! ホント、ごめんね》
麗歌は晴楽から送られたメッセージを悩ましそうに見つめる。
「……さて、どうしたものかな……」
リビングのソファーで考えていると、
「大丈夫だよ」
後ろから声がした。
振り返ると、綺鳴が立っていた。後ろからスマホを覗かれていたらしい。声を掛けられるまで気づかなかったのは、それだけ麗歌も動揺していたということだろう。
「きっと晴楽ちゃんはリハーサルに来るよ。だからみんなに伝えなくて大丈夫!」
「……そんな簡単に言うけど」
「大丈夫! 兎神さんが何とかしてくれるよ!」
「え? お姉ちゃん、昴先輩が何をやってるか知ってるの……?」
兎神が綺鳴に依頼のことを言ったのか、と麗歌は勘繰るが、
「ううん。知らない。でもなんとなーく、晴楽先輩が厄介ごとに巻き込まれて、それを解決するため兎神さんが動いてるんだろうなー、って。だって最近、兎神さんと晴楽先輩がよく神妙な顔で話してたから」
「……そっか」
「兎神さんはやると言ったらやる男です! 信じましょう! なんたって兎神さんは……私のファンだからねっ!」
自信満々に、ドン! という効果音が聞こえるような迫力で綺鳴は言う。
麗歌は綺鳴の頭を撫でる。
「そうだね。あの人ならきっと……」