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第54話 六道晴楽

 ママとお兄ちゃんが家を出て行ったのは、ボクが10歳の時だった。


 ママが家を出ていくと言った時、ボクは『やっぱり』って思った。その一年ぐらい前からパパとママは口論が絶えなかったから、いずれこうなると思った。

 ママはパパの、社長夫人としての仕事に耐えきれなくなったのだ。会社がなにか不祥事を起こすとママにも取材が来る。社交パーティーを開けば主催をやらされ、普通の正社員以上に働き続ける。これに加えて小学生のボクと高校生のお兄ちゃんの世話をする。ママは家族との時間を大切にしていたから基本的な家事は誰にも譲らなかった。授業参観も毎回来てくれた。でも家事と仕事の激務に耐えきれず、そして家を出る決意をした。


 ボクが驚いたのはお兄ちゃんがママについていくと言ったことだ。


『悪いな晴楽。母さんを1人にするわけにはいかねぇんだ』


 お兄ちゃんはボクの頭を撫でてそう言う。

 ボクはいっぱい泣いた。いっぱい泣いて引き留めた。

 パパよりもママよりも、ボクはお兄ちゃんが大好きだったから。一番長く一緒に居たから……離れるのがつらかった。


『よく見ておきなさい晴楽。アレが負け犬の姿だ』


 ママたちを見送る時、パパはそう言っていた。

 口ではそう言っていても、あの時のパパの横顔は寂しそうだった。

 それから数年が経って、高校一年生の時、ボクは()の配信を見た。


――一娯壱恵。


 一つの娯楽に一つの恵みを。一生に一度しかない時間を。

 そう込められた名前のVチューバー。彼の声がお兄ちゃんだってことはすぐわかった。

 ボクは一娯壱恵の配信に心を射止められた。


『……凄い。Vチューバーって、凄い』


 お兄ちゃんに会いたい。Vチューバーになりたい。

 そう思ったボクがSUNSUN‘sに履歴書を送るのはそう遠い話じゃなかった。

 ……結局、ボクが入ったのはお兄ちゃんとは違う事務所、エグゼドライブだった。

 最初は正直モチベーションが少し下がっていた。けどすぐに落ちたモチベーションは戻っていった。


 素敵な先輩たち。

 可愛い同期たち。

 ボクを応援してくれるバイト君たち。


 他の誰かのおかげじゃない。ボクが作ったボクだけの居場所。


――七絆ヒセキ。


 七色の絆が集まる、ボクの秘密基地。ここがボクにとってもっとも大切な場所になっていた。



 ---



 社長室。

 そう書かれた扉をノックし、「どうぞ」という言葉を聞き中に入る。


「……パパ」


「おかえりなさい。晴楽」


 白い髪で、気取ったデザイン髭の男。

 この人がボクの父親。六道喜栄(きえい)。六道グループの社長だ。


「……どうしてなの。どうして……あとたった数日を待てないの?」


「もう十分私は待った。お前がVチューバーなどという低俗なものに手を出し一年以上、待ち続けたのだ。すぐに己の選んだ道が誤りだったと気付くと、そう思っていたのだがな……」


 パパのVチューバーを馬鹿にした物言いに思わずムッとなる。でも我慢する。ここで冷静さを失ったら終わりだ。


「お前は六道グループの令嬢としての自覚が足りん。せめて普通のアイドルではダメなのか? なぜ絵を被る必要がある? アイドルをやれるぐらいの容姿には産んでやっただろう。アイドルならば広告塔として――」


「産んでやった、ってなに? ボクを産んだのはママだよ。パパじゃない」


 ボクは自分の胸に手を当て、声を上げる。


「確かにアイドルは凄いよ。アイドルにしかできない仕事はいっぱいある。でもVチューバーにしかできないことだっていっぱいあるんだよ! Vチューバーも凄い仕事なんだ! ボクはこの仕事に誇りを持ってる! なによりもだよっ! ボクはパパの思い通りにはならない! 今日ここで、パパとは縁を切る!!」


 ボクの宣言を、パパはやれやれといった感じに聞き流す。


「ならば、エグゼドライブとやらがどうなってもいいのか?」


「っ!?」


「あんな小企業、少し圧力をかければ容易に解体できる」


「それは……」


 エグゼドライブは尊敬する先輩が、尊敬する上司が作り上げた企業。

 それを、ボクのせいでピンチにさせることは……できない。


「――わかった。言う通りにする」


 拳を握って、受け入れる。


「それでいい。お前は七絆ヒセキではなく、六道晴楽なのだ」


 そんなことはわかっている。

 どれだけ七絆ヒセキとして生きたって、六道晴楽からは逃げられない。

 六道からは逃げられないのだ。絶対に……。


 わかっては、居るのに。

 胸の内の小さな希望が、どうしても消えない。


 彼が消えない……。


――『俺が絶対に六道先輩を守りますよ。約束です』


「スバル君……!」

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