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第53話 鷹

――土曜日がやってきた。


『どうですか調子は』


 土曜の朝、起きてすぐ麗歌から電話がかかってきた。

 ベッドに横たわりながら俺は受け答えする。


「昨日は襲撃なかったな~。あっちも諦めたんじゃねぇか?」


『それはないと思います。油断はしないように』


「わかってるよ。んでも、今日はもうマンションから出る気ないし、あと怖いのは明日、事務所までの道のりぐらいだ」


『くれぐれも今日は一切外に出ず、来訪者が着てもドアは開けないようにしてください。今日と明日、必ずどちらかで六道グループは仕掛けてきます』


「わかってる。気を引き締めていくよ。そっちの調子はどうだ? 瑞穂と綺鳴は元気にやってるか?」


『ええ。瑞穂ちゃんは帰りたくないって言ってましたよ。このまま私の妹にしてもいいでしょうか?』


「強がってるだけだよ。本音じゃ早く俺との暮らしに戻りたがってるぜ。きっと」


『それはないかと』


「即答すんな」


『では、瑞穂ちゃんと一緒に朝食の準備をするので、これで失礼します』


「あいよ」


 電話を切り、部屋を出る。

 リビングでは忍び足でダンスをする六道先輩の姿があった。


「ダンスの練習ですか?」


「うん! 高級マンションと言っても思いっ切り踊れば下に音がいっちゃうからね。抜き足差し足で練習中!」


「防音室じゃ――狭すぎるか」


 六道先輩はやりづらそうにダンスしている。

 落ち着いてもらんないか。ライブまですぐだもんな。


――仕方ない。


「ミルキーさんのとこ、行きますか」


「え? いいの!? だって、今日は危険だから外には出ないって……」


「なんのための俺ですか。ちゃんと守りますよ。俺はアンタのボディガード、ですからね」


「すばるん……トクン」


 六道先輩は悶々とし、自分で自分の体を抱きしめる。


「ボクがアイドルじゃなかったらキミにディープキスしているところだよ~!!」


「……アンタにアイドルの自覚があるとは思ってなかった」

 


 ---



 場所は変わって〈MILKY BAR〉へ。

 六道先輩は足早に二階へ。俺は一階でミルキーさんの作った朝食スパゲッティを目の前に両手を合わせる。


「いただきます」


「どうぞ♪」


 ミルキーさんのメシ、マジで美味いからな。これを味わえるだけでもボディーガードをした甲斐があったというもの。


「セイちゃんったら、遊園地に着いた子供みたいな顔で二階へ行ったわね」


「やり過ぎて怪我とかしなきゃいいですけど」


「大丈夫よ。あの子、体のケアはアホみたいに気を使ってるからね。お金もその辺につぎ込んでるし」


「……真面目なのか不真面目なのか」


「楽しいことに真面目なのよ」


 ああ、六道先輩の性格を的確に表す一言だ。さすが長年の付き合いだけある。


「ホント凄いわね昴君、六道グループの大人たちを全部撃退するなんて。()()()といい勝負するんじゃない?」


「あの子……?」


「あなたと同じ高校生で、あなたぐらい強い子が居るのよ」


「……正直、同世代に負ける気しないですけどね。名前は?」


「あなたも知ってるはずよ。ほら、あなたの高校の――」


 ガタン! と話を遮るようにバーの扉が開かれた。


「ごめんなさい。まだ開店時間じゃ――」


 ミルキーさんは来客者を見て目を剥いた。手に持ったグラスを滑り落とした。

 バーに入ってきたのは俺の高校、明星高校の制服を着た男。


 眼鏡を掛けており、身長は俺と同じ170中盤ぐらいだ。


「……タカちゃん!?」


「僕のことは鷹峰(たかみね)と呼んでくださいと何度も言ってるでしょう。金剛(こんごう)さん」


「鷹峰……? どっかで聞いたことあるような」


 鷹峰という男はため息交じりに、


「自分の高校の生徒会ぐらい記憶しておけ」


 男はポケットから“副会長”と書かれた腕章を出す。


「明星高校生徒会副会長、鷹峰(つばさ)だ。はじめまして。兎神昴くん」


「ああ!」


 そういや全校集会の時に見たなコイツ。女子にわーきゃー言われてたイケメン副会長。


「ウチの副会長がここに何の用だよ」


「婚約者を返してほしくてね」


「婚約者? 誰のことだ」


「――セイちゃんよ」


 なに……!?


「六道先輩!?」


「タカちゃんは六道グループ幹部の養子で、社長が定めたセイちゃんの婚約者なの」


「ふーん。詳しいことはわからねぇが、つまりコイツも六道グループの部下ってことだな」


 俺は立ち上がり、鷹峰の前に立ちふさがる。


「悪いがお引き取り願いますよ。副会長さん」


「それはこっちのセリフだ」


 副会長は拳を振り抜いた。

 俺は腕をクロスさせて拳を受ける。


「ぐっ!?」


 完璧にガードした。なのに、後退させられた。


「なるほど。雑魚では敵わんわけだ」


「テメェ……良い拳持ってんじゃねぇか……!」


「タカちゃんは総合格闘技、ボクシング、柔道、空手、それぞれでトップレベルの実力を持つ武術の申し子……昴君、悪いことは言わない。ここは退いて……! 勝ち目ないわ!」


「……格闘技だけじゃねぇ。お前、頭もトップクラスだろ。お前の名前どっかで見たと思ったら、テストの順位表で見たんだ。アオといつもトップ争いしてるやつだ」


 文武両道。絵にかいたようなエリート君だな。


「アオ……黒崎青空のことか。彼女は優秀な女性だ。もし、僕の自由意思で結婚相手を選べるのなら、彼女のような女性を選んでいただろう」


「あっちは願い下げだろうぜ。無理やり女を連れ出そうとする野郎なんてな!」


 てかコイツ、今の言い方的に別に六道先輩が好きなわけじゃないみたいだな。

 逆玉の輿狙い、って感じだろうな。


「金剛さん、邪魔しないでくださいね。あなたに手を挙げたくはない」


「上等だ。一対一(サシ)でやろうぜ」


 鷹峰に拳を繰り出す。

 フック、ジャブ、ストレート。俺の拳は悉く弾き落とされた。

 次に鷹峰の反撃。鷹峰は俺の体を掴もうとする。掴みかかれたらすぐさま振りほどき、距離を取る。


「……投げ技、締め技への警戒が強いな」


「くらっちゃいけねぇ技の種類はわかってるよ……!」


 打撃は耐えれる。

 だが絞めや投げは一撃で詰む可能性がある。これだけは受けちゃならねぇ。


「当て身なら耐えられる、と勘違いしてる顔だな」


「っ!?」


 掴みにかかると見せかけて鷹峰は回し蹴りを繰り出す。俺は両腕でそれをガードするが、


「ぐっ!!?」


 両腕の感覚が一瞬飛んだ。

 両腕が痺れて、上がらねぇ……! なんつー威力!?


 腰の回転、踏み込み、上半身の振り。蹴りの威力が最大の位置で当てられた。全身の力を余すことなく使った一撃は容易に俺のガードを砕いた。


 鷹峰は無防備になった俺のボディに正拳突きをかます。


「が、は……!」


 呼吸が一瞬止まる一撃、まずい……!


「終わりだ」


 怯んだ俺を鷹峰は背負い投げし、そのまま腕を固めてくる。


「……これが『武術』というものだ。不良が(いき)がれるのはアマチュアまでと知れ」


「ふっざけんな! まだ終わってねぇぞ……!! うおおおおおおおおおっっ!!」


 全身に力を入れ、立ち上がろうとする。

 固められている腕がミシミシ言ってるが、知ったことか!!


「やめておけ。腕が折れるぞ!」


「知るかよ!!!」


「ちっ」


 鷹峰は俺の頭を掴み上げ、床に叩きつけた。


「つっ!!」


「タカちゃん!! やり過ぎよ!!」


 唇が切れ、鼻血が飛び出る。

 やべぇ、意識が薄くなってきた。


「腕が折れるよりマシでしょう。この男、腕を折ってでも本気で立ち上がるつもりだった……!」


 鷹峰の声は少し震えていた。


「ちく、しょう……」


 また体に力を入れる。


「まだやる気か。懲りない奴だ」


 鷹峰が俺を掴む力が強くなった、その時、


「やめて!」


 六道先輩の声が聞こえた。

 階段を下りてくる音が聞こえる。鷹峰の膝が背中に乗ってるため、俺は音の方を振り向けない。


「もうやめて。ボク、帰るから」


「……六道先輩……なにいってんだ……!」


 いつもの明るい声が聞こえてくる。


「いいんだよすばるん。十中八九こうなると思ってたからさ」


 その声を、無理して出していることはわかった。

 声の奥底が震えている。


「では、会長。こちらへ」


 バーの扉を黒服が開いた。

 扉の先には黒塗りの高級車が見える。

 鷹峰が俺を放す。俺は体に力を込めるが、立てない。


「ごめんね。巻き込んじゃって。キミの貴重な青春タイムを奪ってごめん」


 六道先輩はこちらを見ずに扉の方へ歩いていく。

 先輩の隣には鷹峰が付き添っている。


「……ミルキーちゃんもごめん。せっかく店貸してもらったのに……」


「いいのよ。気にしないで」


「駄目だ!」


 俺は叫び、立ち上がる。


「……行っちゃだめだ。先輩……!」


「貴様、まだ立てるのか……」


「大丈夫だよすばるん。ライブは延期にはなるだろうけど、いつか絶対やるし……大丈夫。大丈夫だから。ボクは大丈夫。仕方がないって、切り替えていくから……」


「嘘つけ。大丈夫なわけないだろ!」


 歯を食いしばり、言葉を紡ぐ。


「この数日、学校と配信以外の時間、全部ライブにつぎ込んでたじゃねぇか! 誰よりも楽しみにしてたじゃねぇか!! 大丈夫じゃないだろ! ふざけんな!! いまさらそんな見え透いた嘘、なんになるってんだ!!!」


「……っ!」


 六道先輩は振り返ってくる。

 その瞳には涙が溜まっていた。

 いつも明るい六道先輩の泣き顔は、本当に悲しそうで……悔しそうで。


「ありがとう。――すばるん」


 六道先輩は店を出て、外の車に入る。


「くだらない」


 そう吐き捨てるのは鷹峰だ。


「オタク向けの品性の欠片もない絵を被り、仮初のキャラで喋り金を巻き上げる。Vチューバーなど詐欺師まがいの仕事だ。そんなものに誇りを持つなど、心底くだらないな」


「テメェ……!!」


「そんなつまらない物に時間を費やすから、お前は僕に勝てないんだ」


 そう言い残し、鷹峰は店を出て行った。


「待ちやがれ!! てめ、ェ――」


「昴君!?」


 体の力が抜け、意識が遠くなる。

 目の前が真っ黒に染まった。

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