第50話 №1Vチューバー
後ろ頭に感じる陽の温かさで俺は目を覚ました。
安眠のために数々の実験を重ね、開発したであろうフカフカの布団を体に感じる。それになぜか俺は柔らかい物体を抱きしめていた。
……抱き枕なんてあったっけ?
と思い、布団をどかす。
「……おにいちゃぁん」
そこに居たのは下着姿の六道先輩だった。
ツインテールではなく、ロングヘアーだ。そのギャップのせいか、はたまた喋らなければ普通に美人のためか、妙なエロスを感じる。
「…………おわぁ!!?」
目の前の物体を分析して、リアクションを取るまでに10秒かかった。
「いって!!」
ベッドから転がり落ち、頭を強打する思春期高校生。
激痛で一気に目が覚めた。
「あれ? 何の騒ぎ?」
俺の声で目を覚ました六道先輩は目を擦りながら体を起こした。
「ん? すばるん、なんでボクの部屋いるの?」
「ここはあなたが貸してくれた俺の部屋ですよね!? 記憶違いでなければ!」
「あ、ホントだ。にゃはは~、エグゼドライブのメンバーが泊まった時、いつもベッドに潜り込んでたからつい癖で」
「いいから出てってくれ!」
「……ほんとに出て行っていいの?」
六道先輩は「むふふ」と猫のような顔で俺の股間を見ていた。
視線を下ろすと……何がとは言わないが、ムックリしているではありませんか。
「いや、これは……生理現象で……」
「すばるんも立派なオスなんだねぇ」
やれやれ、と肩を竦める六道先輩。
俺は六道先輩の首根っこを掴み、部屋からつまみ出した。
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朝食は俺が作った。
トーストに目玉焼き、ハムを焼いて、ドリンクは牛乳。オーソドックスな朝食だ。
六道先輩はそれに加えて栄養系の食品をいくつか用意する。
「すばるん! 昨日撮ったアニメ見ていい?」
「どうぞ」
まだ登校までは時間がある。
六道先輩は録画したアニメを点けた。
朝食を食べながら俺たちはアニメを視聴する。サムライが吸血鬼を倒すアニメだ。
「うわ! 今の叫び声凄くない?」
「この声優さん、叫びの演技凄いですよね」
「今の作画、今村さんかな?」
「そうですね。エフェクトの付け方の特徴的に間違いないかと」
「わ! わ! すごっ!」
「今の動きかっこよすぎるだろ……!」
CMに入る。
あっという間の15分だった。
「あ」
CMにVチューバーが出演した。
SUNSUN‘sの一娯壱恵という男性Vチューバーがカップ麺のCMをやっている。
「この人だけだよな。普通に地上波のCM出てるの。やっぱ別格だ」
「うん。さすがはボクのお兄ちゃん」
「へぇ……おにい、ちゃん!?」
思わず大声を出してしまう。
え? いま、この人お兄ちゃんって言った? 冗談だよな?
「お兄ちゃんって、え? 一娯壱恵が、六道先輩の!?」
「そうだよ~」
「一娯壱恵と言えば登録者数500万人を超えるVチューバーの頂点ですよ! それが六道先輩の兄貴だなんて……!」
2番目に登録者数が多いVチューバーでも登録者数は250万ほど。第二位にダブルスコアつけて頂点に立つVチューバー、圧倒的ナンバーワン、それが一娯壱恵である。
一娯壱恵と七絆ヒセキが実の兄妹とか、Vチューバー業界にとっちゃ大スクープだぞ……。
「ま! 確定ではないけどね。お兄ちゃんとは10歳の時以来あってないし」
「え……」
「ママと一緒に出ていっちゃったの。パパのやり方に嫌気が差してね。でも今でもハッキリと覚えてるんだ、お兄ちゃんの優しい声。一娯君の声聞いた時、本当に驚いたよ。お兄ちゃんとまったく同じ声だったんだもん」
「じゃ、まだ似た声の別人って可能性も……」
「なくもない。けどボクはそう信じてるよ。元々ね、ボクがVチューバーの世界に入ったのはお兄ちゃんに会うためなんだ。同じVチューバーになればコラボとかで会えると思った……」
「そうなんすか。じゃあなんで、SUNSUN‘sじゃなくてエグゼドライブに来たんですか? SUNSUN‘sに入ればすぐに会えたでしょう」
「普通に面接落ちた」
「ああ……」
「エグゼドライブに入ってもすぐコラボとかで会えると思ったんだ。昔はエグゼドライブとSUNSUN‘sのコラボも多かったしね。今はもう……」
エグゼドライブとSUNSUN‘sは仲が悪いなんてことはない。だが立場上、ライバルであることは事実。お互いにVチューバ―というモノを広めていこうと四苦八苦していた頃はコラボも多くしていた(らしい。その頃は俺はまだVオタじゃなかったからアーカイブでしか見たことがない)。だがVチューバーが世に浸透するとコラボの数は減っていった。
特に男女のコラボはめっきりなくなった。昔からアイドルが男と絡むのを嫌がる輩は居る。それと同様、エグゼドライブの女性Vチューバーが男と絡むのを嫌がる人間が増え、特に男性Vチューバーと絡むことに嫌悪を示す人間が増えた。結果、女性エグゼドライブVチューバーと男性SUNSUN‘sVチューバーが絡むことはなくなってしまったのだ。
「それでももし、ボクが一娯君と同じくらい有名になればコラボの機会はあると思うの。かるなちゃまやぽよよんみたいにさ、登録者数なんてどうでもいい、ただ楽しく配信出来ればいいってスタイルも尊敬するけど、ボクは登録者が欲しい。早くお兄ちゃんに並びたい……」
六道先輩は照れくさそうに笑う。
「――って、ついこの前までは思ってたんだけどね」
「今は違うんですか?」
「Vチューバーのてっぺんに登りつめたいって気持ちは変わらないよ? でもそれと同時に、ボクについてきた人たちに精一杯の感謝を伝えたいって気持ちはあるんだ。手段と目的が入れ替わったというか、いつの間にかお兄ちゃんは二の次で、ただただVチューバーとして最強になりたい。ボクについてきたバイト君たちに、君たちの店長は最強なんだって伝えたい。そういう思いが強くなってきた」
つい、鳥肌が立ってしまった。
この人が6期生でいち早く登録者数200万人いった理由が分かった気がした。
「七絆ヒセキを伝説にする。それが今のボクの夢」
そしてまた六道先輩は照れくさそうに笑った。
「って、ガラにもなくまじめなこと言ってしまったよ! てかうわっ! アニメ終わってるじゃん!!」
「ははは! ホントだ。いつの間にか終わってる」
「すばるん! 巻き戻し巻き戻し!」
「駄目ですよ。もう時間がないですから」
「うがーっ! めっちゃいいところだったのに~!」