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第14話 美少女とラーメンの組み合わせは最強って話

 学校の最寄り駅から(ふた)つ隣の駅へ行き、その駅から徒歩10分、激安スーパーやら書店やらがある大型商店街から脇道一本逸れた先に、俺の大好きなラーメン屋がある。


 コクの深い魚介スープがウリのラーメン屋“味鬼(あじおに)”。

 そこに俺は女子を一人(ひとり)連れてやってきたわけだが、


「……」


 その女子は目の前に運ばれてきた白ラーメン(細麺・メンマ大盛)を前に静止している。

 犬が見慣れぬ餌を前に一瞬硬直する(さま)に似ている。まずジッと見て、香りを嗅いで、そして麺を一本割りばしで挟んだ。


 麺をすするのが恥ずかしいのか、一本の麺を箸でつまんで上げてつまんで上げてを繰り返して、その小さな口に入れる。


「ホントに初めて食べるんだな。食べ方がなってないぜ」


 一生懸命ラーメンの食べ方を模索する少女の姿に、思わず笑みを(こぼ)してしまう。

 俺が笑ったことが気に障ったのか、少女は目を細めた。


「仕方ないじゃないですか。外食する時は高級店ばかりで、ラーメンをメニューに置いているような店には来たことなかったのですから」


 そう言う少女――麗歌の頬は羞恥からほんのちょっぴりピンク色になっている。

 はてさて、なぜ俺が麗歌と一緒にラーメン屋に居るか、それを説明するには時系列が今日の朝まで遡る。



 --- 



 中間テストを乗り越えた5月下旬の土曜日。

 目覚ましをセットしていないのに早朝から俺のスマホは鳴り出した。

 寝ぼけた頭で番号も確認せずにスマホを取る。


「はい、もしもし……」

『おはようございます、先輩』


 朝影麗歌。エグゼドライブ6期生のチーフマネージャーにして俺の後輩。

 こいつから連絡が来る時は基本良いことがないのだが、今日はちょっと違った。


「どうした? またなにか揉め事か?」


『いえ、今日は昴先輩にご褒美をあげようと思いまして』


「ご褒美?」


『昴先輩のおかげでお姉ちゃんはトラウマに打ち勝ち、さらには中間テストも赤点二つで済みました』


「……悪いな、数学科目二つは間に合わなかった」


『いえいえ、留年を回避しただけで十分です。というわけで、それらの礼に食事でも奢らせていただければと』


「年下女子に奢らせるのは気が引けるな」


『お金の心配は大丈夫ですよ。私、お金持ちなので』


 エグゼドライブは登録者数100万人越えを20人以上抱えている。そのスパチャ額だけで途方もない金額だろう。コイツの父親はその社長だ、間違いなくお金持ち。マネージャーをやってる麗歌自身もそれなりの給料をもらってるに違いない。家も豪勢だったし、コイツの言葉に嘘はない。


 遠慮する必要はないか。


 決して裕福ではない俺は後輩の財布に甘えることにした。


「わかった。お言葉に甘えるよ。早速、今日の昼めしでも奢ってくれ」


『いいですよ。なにが食べたいですか? ステーキやお寿司、蟹でもキャビアでも何でも奢りますよ』


 この懐の広さ、逆に鼻につく。

 何とかコイツの余裕を崩したい俺は、コイツが予想だにしない料理を選ぶことにした。


「じゃあラーメンで」


『ラーメン……ですか』


 声が淀んだな、しめしめ。


「俺のお気に入りのラーメン屋があるんだ。そこへ行こうぜ」


『……いえ、もっと高価な物を頼んで頂いて結構ですよ?』


「ラーメンが無性に食いたい気分なんだよ。それともなんだ、ラーメン苦手なのか?」


『そういうわけではないのですが』


 麗歌が困った顔をしているのは、電話越しでも何となくわかった。


『私、ラーメンは食べたことがないのです』


「なに!? もったいねぇ……世界で一番うまい料理だってのに」


『世界一うまい料理が1000円程度で食べられるのですか?』


「値段でうまさは決まらないよ。値段なんてモンは価値基準に過ぎない。よし、絶対ラーメン屋行くぞ! 駅前に11時半に集合な!」


『はぁ。まぁあなたが食べたいのなら止めませんが』

 


 --- 



 そんなわけでラーメン屋へ来たわけだ。

 麗歌は肩出し袖ありの黒の服(オフショルダートップスと言うらしい)に白のミニスカートという、この油の染みたラーメン屋には相応しくない恰好をしている。この異物感が逆に良い味を出しているな。


 ラーメンと美少女、この何となくミスマッチな感じ、悪くない。


 ラーメンを食べるのに邪魔にならなくするためか、いつもは流してるミディアムの髪を束ねてポニーテールにしている。元の素材がいいからどんな髪形でも似合うな。


「いいか麗歌、ラーメンってのはな、こうやって食うんだよ!」


 俺は大量の麺を割りばしで挟み込み、口に咥え、ズルズルズルと吸い込む。


「く~! うっめぇ!」


 口の中に広がる白醤油、自家製ラー油に胡麻の風味。魚介類の出汁と鶏ガラでとった深みのある味。

 麗歌の頼んだ白ラーメン(白醤油を使ったラーメン)と違い、俺の頼んだ赤ラーメン(白醤油+ラー油や薬味を追加したもの)は辛味も強い。芳醇な旨味の後に届く絶妙な辛味! いつ食べても美味い!


 ここでチャーシューを口に投入! 

 簡単に嚙みちぎれる柔らかい食感、たまらないな。


「うっ」


 麗歌は俺の食べ方を見て軽く引いてる様子。


「恥ずかしがることはない、ほれ」


 別の席でラーメンを食べている女子高生を指さす。

 女子高生は大胆に、豪快に麺をすすっている。


「……」


 それを見て、同じ女子高生である麗歌も覚悟を決めた。


 割りばしで麺の大群を挟み込み! 持ち上げ! そしてズルズルズル……とラーメンを吸い込んだ。でもやっぱり慣れてないから、思いっきり吸い込んでるのに勢いは弱い。


「……!」


 麗歌の瞳に、光が宿った。

 表情筋こそ動かしてはいないが、その目は美味いと叫んでいた。そしてまた麺を挟み込み、さっきよりも勢いよく吸い込む。


 あーあ、そんな勢いよくいくと、


「んっ!? ごほ! ごほ!」


 気管にスープが入ったか。そっと水の入ったコップを麗歌の手元に寄せる俺。

 恥ずかしさ&苦しさから麗歌の顔が俺の赤ラーメンに迫るぐらい真っ赤になっている。

 麗歌は水を飲んで、口を拭って、クールな顔つきで、


「まぁまぁですね」


 まったく、正直じゃないやつだな。

 この強がりは微笑ましいからいいけど。

 


 --- 



 ラーメンを食べ終えた後、俺は麗歌を家の前まで送った。


「今日はありがとな、奢ってくれて」


「ラーメンでいいのなら、あと5回は奢ってもいいですよ」


「さすがに遠慮しとく」


 そうですか、と麗歌は言う。心なしか、少し残念そうに聞こえた。


「でもやはり、これだけでは報酬に見合わない気が……すみません、ちょっとだけここで待っていてください」


「ん? ああ、別にいいけど」


 麗歌は足早に家に入り、5分ぐらいしてまた出てきた。

 手には紙袋を持っている。


「これを差し上げます」


 紙袋を受け取り、中に手を突っ込む。なにやら布の感触……畳まれたそれを広げてみる。


「こ、これは!?」


 思わず住宅街のど真ん中で叫びそうになった。

 なぜならそれは、抽選で100人しか手にすることができなかった非売品!


「かるなちゃまの、抱き枕カバーだとぉ!!?」


 結局叫んでしまった。


「お静かに」


「で、でもこれって」


「そうです。抽選で100人限定のもので、非売品です。そこ、見てください」


 麗歌が指さす場所を見る。

 かるなちゃまの絵が入ってない、余白の部分に縫い跡がある。


「それは傷物で、お客様にはお渡しできなかったのです。廃棄されるところだったので私がもらいました。捨てるか迷っていたところなので、昴先輩にあげます」


「麗歌……俺はいま、お前を抱きしめたい気分だ」


「そんなことをすれば即刻回収します。抱きしめるならかるなちゃまにしてください」


「駄目だ! これはクローゼットに厳重に保管する!」


「勝手にどうぞ」


 わーい、わーい、と抱き枕カバーを胴上げする。

 麗歌は「やれやれ」と呟き、


「私とのデートより、よっぽど楽しそうですね」


「悪いな、すっげぇ欲しかったんだよこれ! 応募したけど案の定当たんなかったし。つーか今日のやつはデート扱いなのか?」


 俺としては友達と飯食いに行くぐらいのノリだったのだが。それこそ妹とかアオとかと飯行くのと同じぐらい、ラフなものとして捉えていた。


「少なくとも私はそう思っていましたよ」


「どうせ冗談だろ?」


「……はい、冗談ですよ」


 麗歌は背中を向ける。


「では、満足していただけたようなので失礼します」


 少々不機嫌そうに見えるのは気のせいか? 気のせいだな。


「おう! またな!」


 なにはともあれ最高の報酬だ。頑張った甲斐があったぜ。

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