掌編「狼藉」
都市からやや東にある山々。その一つの山中にあって、暗闇で二つの松明が揺れていた。
松明を掲げる2人の男達は、簡単な革鎧で身を包んでおり、狩猟用の弓を背にしている。腰には獲物を捌くためのナイフが提げられていた。
彼らは行商人の護衛として、山越えの途中で野営を行うために、周囲の警戒に当たっていた。
「あ〜あ、獣除けの護衛なんて引き受けやがって。もう少しマシな仕事は無かったのかよ?」
「そう言うなって。行商にくっついて歩くだけで、それなりに報酬金が出るんだからいいじゃないか」
文句を言う男の後ろから、もう一方の男がなだめる。
「でもよぅ…この山、気味が悪いったらないぜ」
やる気のない男は辺りを見回す。
最低限舗装された山道の脇には、様々な太さの木々が立ち並ぶ。
合間には引き込まれたが最後、二度と戻れないような暗さで満ちていた。
「結局問題の獣、誰も見てないんだろ?」
「らしいな。前に話した襲われた死体のことぐらいしか、俺も知らない」
「うげっ。あの話はもうやめろよ。一度聞けば十分だ」
この山では、たびたび通行人が獣に襲われる事件が発生していた。
一時期は山賊の仕業ではないかと噂されたが、金品等はそのままに、食料だけが荒らされていた。
何より、襲われた遺体は損傷が激しく、牙や爪でズタズタに引き裂かれ、見るも無惨なものであった。
都市としては、獣程度に兵士を動かすわけにもいかず、被害も多くはなかったため、あくまでも自衛の範囲に注意を促していた。
「酒場で聞いた話じゃ、魔狼の仕業だーとかなんとか言ってる奴もいたっけな」
「あのおとぎ話の?木々の間を飛ぶように移動する、煙みたいな魔獣だとかいう」
「ああ。だから姿を見た奴がいないんだとさ」
「ははっ、結構いい線いってるんじゃないのか。そいつ」
「だとしたら俺達お終いだぜ、まったく」
冗談混じりに男達が話していると、突然遠吠えのような、大きな鳴き声が山に響き渡った。
一気に血の気が引いた男達は、大慌てで弓を取り出して矢をつがえる。
「嘘だろ⁈本物の魔獣だってのかよ⁈」
「そんなバカな…この辺にいる猛獣なんて、熊ぐらいしか…!」
「じゃあ、あの遠吠えは何だったんだよ!」
松明で辺りを照らしても、見えるのは夜風に揺れる木々ばかり。
「おい!後ろの行商達と、もう片方の護衛達に合流するぞ!」
男は後ろで狼狽えていた男に向かって語りかけるが、反応はない。
彼は背中に伝う悪寒を感じながら、ゆっくりと振り向く。
するとそこには、狼の頭の毛皮を被った、大柄な男が息を荒げながら佇んでいた。
弓をつがえていた男は咄嗟に射ようと構えるも、大男によって振り下ろされた棍棒が、先に男の頭蓋を叩き割る。
目の前がぐらりと歪み、赤く染まる。
倒れながら男はふと気付く。
大男の棍棒には獣の「爪や牙」のようなものがびっしりと埋め込まれていた。
この山には、獣など初めからいなかったのだ。
落とした松明の灯りが、倒れた男の真っ赤に血濡れた瞳を照らす。
その瞳には、佇む大男の向こうで、彼らの仲間であろう毛皮の男に、何度も何度も棍棒を叩きつけられている仲間の姿が映し出されていた。