7話
翌朝、帝国より伝令。
帝国での革命は成功。
皇族と貴族たちは順次粛清される、とのことであった。
革命の首謀者は第3皇子ロレッソ。
革命後の自分の処遇は政治に手を出すことなく、平民となり、一国民として平穏に暮らすことを求めているそうだ。
ロシエール商会に正式に人材派遣の要請が来た。
人材の育成をして、他国とも渡り歩けるように。
ティアは、皇族が処刑される前に皇后に聞きたいことがあった。
その日の午後、ティアをはじめとしたロシエール商会の幹部が魔紋で書かれたゲートを通って帝国へと向かった。
帝国の宮廷―-
帝都自体は未だ混乱しているせいか、人がごった返していた。
宮廷はだいぶ落ち着いたのか、人が少なくて閑散としているだけなのか、思いのほか静かだった。
宮廷の謁見の間には、ルシリア大公を筆頭とした見知らぬ人々がいた。
ルシリア大公が挨拶をした後、席に案内され、ティアたちは椅子に座った。
先に口火を切ったのはルシリア大公であった。
「私は此度のことが落ち着けば、アンディオン王国に移ることになっている。今回は軍事部として残ることになった。革命軍のリーダーはこちらのツェーツィオ殿だ。」
紹介された彼は、学院時代のロレッソの学友であった。
「初めましてロシエール商会の皆様。この度は人材育成への協力痛み入ります。早速ですが、なんとか短期間で対魔獣部隊を作りあげたいのですが、可能ですか?」
ティアはすぐに理解したが、カリオペたちはなぜ知っているのかと不思議そうにしている。
ツェーツィオが微笑んで補足した。
「革命軍の旗印となってくださったロレッソ殿下から、魔獣の出現率や被害状況を聞いたんです。帝国は内陸。いつ魔獣が増えても困らないように、今から備えておく必要があり、と判断いたしました。」
「わかりました。」
口を開いたのはイアン。
対魔獣のように、魔法での戦闘を必要とする人材育成はイアンが一手に引き受けていた。
「魔法技術向上部門を担当しているイアン=ロビンスです」
紳士の微笑みを浮かべたイアンが握手を求め、ツェーツィオもイアンの手を握り、握手を返した。
二人が対魔獣部隊について話をまとめる横でティアはルシリア大公に声をかけた。
「ルシリア卿」
彼はもう大公ではない。革命が成功した時点で。
「この先どうされるのですか?」
ティアの質問に、ルシリア卿は微笑んだ。
「ロレッソ殿下から話をいただいた時、すでにアンディオン王国に亡命していました。オリバーは優秀ですからね。すでに向こうで手柄も立てて、侯爵の爵位を授爵されました。私自身も帝国に思うことはいろいろとありましたから。エリザベスが何度も命を狙われたことで目が覚めたんです。もう、兄を庇う必要はないと。」
ルシリア卿は疲れたように笑った。
「貴族たちのあらさがしをするのが大変だったみたいですがね。」
苦笑している。
しかし、すぐに真剣な表情になる。
「“彼”が会いたがっています。あなたに事実を話す時が来た、と。」
ティアは自分でも顔が強張るのに気づいた。
ルシリア卿は苦笑する。
「そんな顔しないで・・・事実がどうあれ、彼の志は変わらない。あなたへの想いも。」
ティアはルシリア卿に連れられ、宮廷の謁見の間より離れた皇帝執務室に連れていかれた。
扉をノックし、どうぞ、と返事が返ってきた。
声が、昔の声だった。
扉が開き、ルシリア卿に続いて中に入る。
顔を上げると執務机から立つ自分とそっくりの髪の色と目の色なのに、血がつながらないのが不思議なほど、共通点がたくさんある人物と目があった。
「・・・この姿で会うのは久しぶりだね、ティア。」
エメラルドグリーンの瞳を優し気に細める。
「お久しぶりです・・・父さん」
ティアは自分で思っていたよりも冷たい声に驚いた。
目の前の父は困ったような、切なそうな顔で椅子に座るよう勧めた。
ティアはとりあえず従い、ルシリア卿は部屋を出ていった。
「驚いたかな?」
「・・・そうですね・・・」
「時戻りの石で過去に戻れたかい?」
「はい。」
時戻りの石。
その核を植え付けた張本人が何を言うか。
ロレッソが別れ際に言った。
『君のお父さんは、賢者をしのぐ力の持ち主だ。そして、志のためには何をも犠牲にする。彼は意味のないことはしない。それを忘れないで。君に時戻りの石の核を入れたのは君の父親だ。たぶん、全てを知ってほしいと思ったんだろう・・・』
「過去で何を知ったんだい?」
「あなたが死んでなくて、家族を捨てて、母を殺して、いろんな人を操りながら、帝国の革命を企てた、ということでしょうか。」
ティアの言葉に父は苦笑する。
「辛らつだね。」
「どうして!」
ティアは我慢できず大きな声を上げた。
なぜ笑っていられる!?
母を愛していたのではないのか?
息子まで設けたのに・・・
「どうして家族を捨てたのか?・・・捨てるつもりはなかった。私は物心が着いたときから、帝国の矛盾に異常を感じていた。古臭くて、新しいものを取り入れない。そう言う国はいずれ多くの命を失って散っていく。政治をする、皇族と貴族が無能なだけで、帝国民が巻き込まれるいわれはない。
私は独自に古の国について調べ、自分の知識と技術を向上させていた。そしたら、情報暗部の統括が声をかけてきた。私は後継者として育ててもらい、統括者となり暗部を従えていた。そんな時サメイラに出会ったんだ。最初彼女は私の正体に気付かなかった。私は彼女の思惑に乗った。皇后を退かせたかったからね。彼女を籠絡したつもりが、私が籠絡されてしまった。
そんな中、彼女は皇后に捕まり、妊娠した。私は彼女を連れて宮廷を去り、帝国を去った。しかし、彼女は宮廷も帝国も去りたくなかったんだ。」
父は淡々と当時のことを話す。
「サメイラは誰よりも、皇帝夫婦に忠誠を誓っていた。私が彼女に黙って、シェヘレザードの元に通う皇帝に盛る薬をすり替えたんだ。そんな中でシェヘレザードは妊娠した。サメイラはすぐに私が怪しいと気づいたんだね。
しかし、彼女は私を愛していたから、皇后に売ることもできず板挟みになった。」
ロレッソからもある程度聞いていた。
なぜロレッソが知ったかはわからない。
見たのか。
誰かと話しているのを聞いたのか。
あらかじめ知っていたからか、父から聞くことはまるで他人事のように感じてしまった。
「サメイラはね。結局、皇后を選んだ。だけど君を妊娠していた。君が生まれれば、皇后だけでなく、ソーマ侯爵家にも利用されると思った。ソーマ侯爵のサメイラに対する執着は異常だったからね。君が生まれたと知れば、顔立ちはサメイラにそっくりだし、絶対手に入れようとするだろう。だから、強引にサメイラを宮廷から連れ出し、帝国から連れ出した。」
ティアが何も言わないため、父も苦笑したまま続ける。
「サメイラは帝国を出ても何度も、戻ろうとした。だから強引に魔法契約を結んだんだ。君には母親が必要だと思ったから。」
ティアは昔を思い出した。
確かにティアに取って“親”は父だった。
母も優しかったが、ティアの話を聞いて、世話をして、怒ってくれるのはどちらかというと父であった。
何度か母が家に2~3日いないこともあった。
ティアは近所に預けられ、父と母が一緒に帰ってきた。
「時々サメイラがいなくなったのに気づいたかい?」
父の言葉に頷く。
「魔法契約を結んでも、サメイラは何度も帝国に戻ろうとした。とうとう、情報暗部の機密工作員が少しずつ消されて行って、私が出ていかなくてはいけなくなった。それで死んだことにした。案の定、死んだことにするとサメイラは君を置いて一人で帝国に戻ろうとした。」
思い出す。
父が死んだあと。
母はアンディオン王国のクライシス公爵家に行き、ティアを預けたまま3週間ほど消息不明になった。
時々いなくなっていたのは覚えていたので、ティア自身はあまり気にしていなかった。
母が戻ってきてティアの生活は一変した。
母はとても愛情深く、優しく、ティアのことを常に優先して考えるようになった。
生まれてきた弟のルジオにも愛情を注いだ。
「私はね、子供たちには普通の幼少期を過ごしてほしかった。親がいて。兄弟がいて。友達がいて。君たちは特別な子だったからね。」
「特別な子・・・?」
「そうだよ。これは・・・秘匿されているのかな?まあ、賢者じゃないしね。私には関係ないかな。・・・全ての魔法が使えるほどの力の持ち主の特徴は、髪の色がグレージュであることと、知的好奇心があることだよね。実はね。もう一つ法則があるんだ。」
父の言葉に、ティアは喉をごくりと鳴らした。
「幻覚魔法をかけられた母体は、“そういう子”を妊娠しやすい。私の母も幻覚魔法にかけられていた。アローシェン伯爵の秘密を握ろうと、皇帝が幻覚魔法を母にかけていたからね。」
「母さんのこと・・・愛していなかったの?」
ティアは何も考えていなかった。ただ父の話を聞いていた。
だから自分でも驚いた。
父はにこりと微笑んだ。
「私は・・・愛していたよ。彼女を愛した。彼女の全てを。だけど、彼女が選んだのは結局皇后と帝国だった。彼女は、クライシス公爵家ではずっと虐げられ、誰かに求められたことも、頼られたこともなかったんだ。そんな時、ロディエンヌだけが彼女を頼り、守り、大切にした。サメイラにとっては救世主だったんだ。利用されていても、それでもいいって思えるほどね。」
父の表情が少し切なげに陰った。
両親は愛しあっていた。
けれど母の愛はそれ以上に帝国に向けられた。
子供を、家族を捨てられるほど。