第40話 花より団子、月より笑顔
簡単なことだ。
相手の“ ”の感情に、自身の“ ”の感情をぶつけても、こちらが折れてしまうなんてことなんて。
誰がどう見たって、そんなことわかりきってる。そんなレベルのことなのだ。
逆に。……だから、なら、どうすればいいか……なんてこと。
その答えは最初から、たったの1つだけだったのだ。
迦具夜さんは、これを一対一の戦いだと思っているのだろうか。
多分、いや十中八九そう思ってる。彼女は、永琳さんはもうすでに使い物にならなくなったと、そう思い込んでいる。そうでなければこちらにこんなにも私に、私だけに警戒を向けることなんてないのだから。
……だけど、違う。
永琳さんは、あんなことだけでへばるような、そんな弱いじゃない。
もしもそうなら、とっくのとうにこの戦いを降りていたはずだからだ。
だから私は、彼女を信じて。その……“最後の攻撃”の準備を進めることにした。
…………私は、どうすればよくなるのかな。
side永琳
思考が、少しずつ追いついて行った。
すると次の瞬間、目前にあの弾幕が猛スピードで迫ってくることに気付く。
私はそれを認識すると同時に、ほぼ反射的に移動を開始していた。
先ほどよりももっと速度を出しながら、あの場へと横目で視線を送る。
……それを見て、私は驚愕した。
なぜなら彼女は、輝夜を防戦一方にまで追いやっていたのだから。
思わず息を呑み、それを見つめる。
なぜ?
最初に出てきたのは、そのたった一つの言葉だった。
先ほどまでは確かに、彼女と私で押されていたいたはず……まさか、彼女が本気を出していなかったとでも言うのだろうか。
いや、それはない筈だ。あの形相に、あの言葉。そして行動。その全てが、彼女が本気だと言うことを表しているではないか。
ならば、なぜ……
…………
いや待て。なんで私は、“藍奈の変化”について考えているのだろうか?
確かに、変わった。あの面を始め、彼女は先ほどまでとは何もかもが違っていると言ってもいいほどの変化を遂げている。
だけどそれだけのことで、前提条件が決まるわけではないのだ。それに、ここは幻想郷。彼女が外来人だとはいえ、何が起こってもおかしくないのだ。
だから、前提を無くせ。0から何もかもを思考しろ。
回らない頭で、必死に思考を巡らせる。……そして、この阿呆となってしまった頭で、ようやく1つの結論に辿り着いた。
フッと心の中で息をつき、それを、小さく復唱する。
本当に……本当に彼女は、“藍奈”なのだろうか?
パッと浮かんだその考えが、妙にハマる形をしている気がした。
もしも、今の藍奈と先ほどまでの藍奈が、本当に“違う”のだとしたら。……“違う存在”なんだとしたら。
そうだとしたら……先ほど起きたことに、今この瞬間起きていることに、説明がつくのではないか?
そう、例えば……二重人格。その中の、もう一方の人格が出てきていると言われれば、納得せざるを得ないだろう。
でも、そうなのであればなぜ私と敵対しないのだろうか? 三すくみの関係になったとしても何もおかしくはないのに。
……
わからないことは多いが、一応の答えは出た。今はもうこれは考えなくてもいいだろう。
今の私は……私がやるべきことを、やるだけでいいのだ。
side あ�・ス縺ゑ¿
1つ。追儺を遂げるは、神聖なるモノなり。
2つ。依代を担うは、穢れなきモノなり。
3つ。縁を断ちたるは、久遠の宿命を、一身に宿すモノなり。
あれからの戦いは、苛烈を極めていた。
先ほどよりも激しくなった攻撃と先ほどよりも早くなった戦いの進みに、思わず目眩を模様してしまうほどである。
傷も深い。……このままでは、勝敗など事理明白であろう。
「……あなた、本気出してないでしょ?」
互いの武器が火花を散らせ合いながら、幾度となく陥った小競り合いの中、迦具夜さんはポツリと呟くようにそう言った。
「何言ってるんですか。私は、さっきからずっと本気ですよ」
「……言い方を間違えたわ」
フワリと、上に舞い上がるようにして消えたその姿を追って、またも激しい攻防へと発展させる。
すると迦具夜さんは薄くはあるものの、先ほどよりも苦しげな顔をしながら言葉を並べた。
「あなた、“全力”を出していないでしょ?」
「……タイミングを見計らっているだけですよ」
「……タイミング、ね……。それで、それはいつ来るのかしら?」
「……強いて言うなら……」
一歩身を引く。同時に、“霊力の糸”の蜘蛛の巣を、彼女に向け放り投げた。
「……今、ですかね!!!」
突然のことに驚いたのか、迦具夜さんは一瞬静止をした。
そして僕はその隙に先ほどよりももっとずっと速いスピードで迦具夜さんの懐へ潜り込み、ナイフを構えた。
息を大きく1つ吐いて、大きく振りかぶる。近づくときに少しだけ工夫をしたので、ほんの少しだけの時間は迦具夜さんの視界から私と言う存在は消えてくれている筈だ。
……そして。
「……!??」
「……ごめんね、“一緒にできなくて”」
次の瞬間。私は“能力”を発動させていた。同時に、より濃く“あの頃”を、より鮮明に想起させる。
長く短いあの日々を。全てを忘れ去り、葬り去りたいと望んでしまうような、あの不幸で幸せな日々たちを。
……ほとんど見えない視界の中で、“あなた”が私に、笑いかけてくれているような気がした。
…………そんなことはもう、何があってもあり得ないというのに。
瞬間。頭が一瞬真っ白になり、たった一つの言葉だけが浮かんだ。
……たった1つの、その言葉が。
———『こじ開けろ』という、その言葉が。
「……“儺衣来”……!!!」
あなたがくれたこの“技”を、私のためのこの“技”を。
“私”が……私なんかが、使ってしまっていいのだろうか。
……いや。そんなこと、考えるまでもない。
だってこれは、“私に送られた”、私のための、“私だけ”の技であるのだから。
それを、今はもう薄れ紛い物以下に……偽物以下になってしまった“私”が、使っていいはずがない。
使えて良い、はずがない。
……それじゃあこれは、技じゃないのだとしたら、これは……一体全体、なんなのだろうね?
「……“《覡》”!!!!」
何かに弾かれるように、弾丸よりもずっと速い速度で飛んでいく迦具夜さんの残像が、いつの間にかその姿を捉えることすらできなくなっていた。
そして、同時に。もう私の役目は終わったのだということを理解した……その刹那。
“あの時”の。
記憶が、想いが、感情が。
……私の全てを、飲み込んでいったのだった。
……………………こうした私のことを、あなたはどう思うのかな?
どうするのかな?
蔑むのかな?嘲るのかな?見下すのかな?揶揄するのかな? ……それとも、罵るのかな?
よく思わないことはわかるけど……私なんかにはやっぱり、よくはわからないや。
ねぇ?
…………私は、どうしたら良いのかな。よかった、のかな。
教えてよ。
言いたいことを言う前に、私に答えを示してよ。
ねぇ
……“ ”
……あなたは私の……私たちの———“偽りの家族”、なんだから。
………………ね?
意識が急速に遠のいていく。同時に腹の底から湧き出たドス黒いものを、何の抵抗もなく吐き出した。
吐いて吐いて吐いて吐いて……五感の全てがもう機能しなくなったことを、空虚に、実感なく感じ取った。
迦具夜さんはこれからどうなるのだろうか。永琳さんは迦具夜さんを戻せるのだろうか。魔理沙さんは無事なのだろうか。霊夢さんは大丈夫なのだろうか。
そんな考えがまたも次々と浮かんでは消えていき、同じ結末を辿っていった。
……あぁ、そういえば……私には、言わなければいけないことが1つあったっけ。
実際に言ってなくても構わない、今だけは、信じられなくたって気にしない。
だってこれは今は、私の自己満足でしかないのだから。
だから私は……精一杯の力を込めて、精一杯の大声で。
その言葉を、紡いだのだった。
「私は……男の子、ですよ」
その瞬間。
私の意識は、深く黒い海の中へと沈んでいった。
side永琳
その時、私は何かを感じ取っていた。
それが何なのかはまるで分かりはしない。だけど私はそれを感じ取ったと同時に、1つの確信を持った。
……この戦いは今この瞬間、私に託されたのだと。
見てみれば輝夜は、私に向け一直線に、とんでもない速度で飛んできていた。
絶好のチャンスだ。あれに乗じて攻撃をすれば、倒せまではしないものの大きな痛手を与えることはできるだろう。それほどの速度を、今の輝夜は有している。
…………だけど、それで良いのだろうか?
輝夜を倒したところで何になる?
“戻る”。その確証がないままでは、たとえ倒したとていずれまた同じ道を辿ろうとするだけだろう。
忘れるな。私の目的は、輝夜を戻すことだ。倒すことは、その一つの過程に過ぎない。
……それならば、私は———こうする以外、ないだろう。
そこまで考えて、私は左手に持っているその弓をパッと跡形も無く消滅させた。
フッと小さく息を吐く。
下手をすれば殺されてしまう。その事実が、私に強すぎる緊張感と恐怖心を与えていた。
……だけど私は、それ以上に。
何よりも1番に。
今までのあの日々を。“幸せ”な、あの日々を。輝夜とのあの日々を。
送り続けたいと、そう思っているから。
……考えてみれば、おかしな話なのだ。
ここに来たのは輝夜が罪人になってしまったことが始まりで、私は輝夜の従者として同じ罪人となった。
その時に私たちは微量ではあったものの“穢れ”を持つようになり、月から追放を受けてしまったのだ。
そしてその穢れは、たとえ恒久の時を過ごしたとて落ちることはない。
……それなのに、月の住人は一度私たちを強引に月へと連れ戻そうとした。
……私たちには、この地に戻る理由も権利もある。
だからたとえ、どれほど月の民たちから糾弾をされようとも、輝夜が戻ることを拒む以上、そんなことは起きない。
否、起きさせない。
……だから———
「……もう、大丈夫よ、輝夜」
気づけば私の腕の中には、輝夜のその愛らしく愛おしい身体があった。
私はそれを、力の限り抱きしめる。
そうして私は、輝夜に、この想いの全てをぶつけていった。
「あなたが戦う必要なんて、もうないのよ。月からの襲撃はもうこの先来ることはないし、来たとしても私がなんとかして見せる。……だから———」
だんだんと、言葉が出なくなっていった。
輝夜に向けるこの忠義の意思を、無力となってしまった私自身の存在意義を、形骸化してしまいかけたこの思いと想いの数々を。
証明するための、その絶好のチャンスなのに。
言葉を絞り出し、捻り出し続けながら、なんとか言葉を紡いでいく。
「……私は、もう、あなたと戦いたくなんかない」
ふとこぼれたその言葉と、それと同時に。
ボロボロと、涙が溢れ出した。
鬱陶しいと思ってしまうほどに勢いよく、大量に流すそれを、今の私は拭う余裕など持ち合わせてはいなかった。
それは頬を伝って、何もない下へと重力に従って落ちていく。
「あのとき……輝夜が私に、初めて、助けを求めてくれた時のこと……私、本当に嬉しかったの」
紡げ。
辛くたって、苦しくたって、なんだっていい。
思いは、行動でなきゃ伝わらない。
想いは、言葉でなきゃ繋がらない。
だから、だから、だから———私の最愛の、たった1人の家族に向けて。
「私はあなたのことを、愛してる。1人の“人間”として……家族として、ほか、の……他の、誰でも、ない……あなたの、ことを」
嗚咽が混じり、うまく言葉が紡げない。
視界が霞み、目の前があまり良く見えない。
「だから、だからなの、あなたが私を頼って、頼ってくれて、頼ってくれたて、そう思って、そう思えて、私が、本当に、あなたの、あなた、と、家族になれたと、そう、思えたから……おも、えた、から」
そうこうしているうちにも、時間がなくなり過ぎて行く。もう数秒と経たないうちに、あの弾幕が、私の身体に触れてしまう。
避けなければいけない。もしくはここで、輝夜を道連れに当たらないといけない。
だってもうそうする以外に、私たちが勝利する方法はないから。
……だけど。
私はもう、これ以上……輝夜を傷つけるようなことをしたくない。
いやだ……いやだいやだいやだいやだ!!
…………いやだ。
どうしよう。
どうすればいい。
わからない
苦しい。
何もできない。
何ができる?
どうしたらいい?
私は、私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は………………………どうすれば、いいのだろうか。
…………
そうか。
この戦いは……もう少しで、終わるのか。
混濁した思考の末、そんな考えに至った。……次の瞬間のことだった。
私は気付けば、輝夜の体を押していた。
パフっと軽い音を立て、私との距離が小さく開き、それが静かに開いていって。
輝夜の表情は、霞む視界ではよく捉えられなかった。
「……なん、で」
絞り出したような、か細い声が聞こえた気がした。
それが輝夜のものなのか、私自身のものなのか、それすら今の私にはわからなかった。
……でも。
私は、この問いにだけは答えなければならない気がして。
それは多分、私が今この瞬間にその答えを出したからなのだと思う。若しくは、その答えに今この瞬間に、気付けたからなのだと思う。
だから私は、もう既に無抵抗としている身体に鞭を打ち、小さく言葉を吐き出した。
「……私は、輝夜を傷つけたくないから」
この言葉が、実際に声になってなくてもいいと思えた。
それは、多分。……これが私の、心からの言葉で、心の底からの本心だからだ。
あぁ……本当に。
なんて、安らかな気分なのだろうか。
そうして、小さく、そして静かに、ゆっくりと目を閉じていこうとした。
……………………その、須臾のことだった。
———私の首に、誰かの腕が回された。
それが誰か、なんて。そんなこと、手に取るようにわかってしまって……
「…………輝、夜?」
気付けば輝夜は、私をキツく抱きしめていて……
「……ありがとう」
向かい合わせたその顔に、私は思わず目を見開いた。……だって。
「……輝夜、目が……」
戻っていたのだ。
今までと、何のひとつも変わらない、今までと同じ輝夜が、私が1番によく知っている輝夜が、そこにいたのだ。
思わず呆けて、思考が止まる。そのペンタブラックよりも穢れなく吸い込まれてしまいそうなほど綺麗で、透き通ったその瞳を視界の中心におさめた。
「あなたのおかげよ、永琳」
理解が追いつかない。
「あなたのおかげで、私は戻ることができた。あなたの想いか、たくさん伝わってきたの」
理解をすることができない。
気が付けば輝夜の目尻にも、涙が浮かび一筋の道をなぞっていた。
こんな、こんな奇跡が……こんな奇跡が、本当にあっていいのだろうか。
「だから、ありがとう」
「……あ、あぁ……輝、夜」
「えぇ、輝夜よ。あなたの主人である、たった1人の輝夜よ」
おでこを合わせあって、両手を絡ませあって、互いが互いの存在を深く感じていく。
「私も嬉しかったわ」
「!」
「あなたが私についてきてくれて。……私と、家族になってくれて」
「……そう、だったのね」
幸福感が、心の中で胸いっぱいに広がっていく。
今まで私がやってきたこと、その全てが。
今この瞬間。
……報われたような、そんな気がした。
「ねぇ、永琳」
「どうしたの、輝夜」
「ひどいことを言ってしまって、ごめんなさい」
「それはお互い様よ、輝夜。私の方こそ、ごめんなさい」
「ねぇ、永琳」
「どうしたの、輝夜」
「あなたのことを、たくさん傷つけてしまってごめんなさい」
「そんなもの、これから直していけばいいわ。もちろん、あなたと一緒にね」
「ねぇ、永琳」
「どうしたの、輝夜」
「……あの弾幕に———
———私と一緒に、当たりましょう?」
「!!!」
私はその言葉に、意図せずできたこの笑顔を輝夜に向けながら。そして、満月よりもずっと綺麗な輝夜の笑顔を視界の真ん中に収めながら。
心の正面で、向かい合いながら。
私は。
「……えぇ、もちろん」
同じく笑顔で、短く、されど力強く。
そう、その言葉を返したのだった。
2人手を繋ぎ、小さく広がる。
繋いだ手にその弾幕が触れたその瞬間、尋常じゃないほどの苦痛が私を襲った。意図せず体が反応してしまうほどのそれに、私は思わず一瞬で意識を持っていかれそうになった。
……だが、それだけじゃないようにも思えた。
横目で、なんとか輝夜に目をやった。
何故か輝夜はこの状況で、心の底から楽しそうに笑っていた。
それを見た私も、感化されたのか何なのかはわからないが、思わず笑えてきてしまって。
繋いだてからは、幸福を運ぶ暖かさが伝播し続けていた。
そうして、私たちは。2人揃って笑い合いながら。
静かに、穏やかに、緩やかに、……幸せに。
意識を、手放していったのだった。
むずかったぁぁぁぁぁぁあああ!!!
と心の内を暴露ろしたところろででどうも皆さんこんにちは!
最近バグりにバグりまくってるASADEです!
ギリまだ1ヶ月ごと投稿と宣っていいはず……!!
できる限りは早くしたいです(白目)
書くこと思いつかないのでここまでで。
それではみなさん、サラダバー!!




