第39話 幼稚な渇望
まぁぁぁああ疲れた難ったぁぁぁあ!!
ナイフを構える。その鋒を迦具夜さんに向け、息を殺し、気配を消す。
久しぶりの感覚だった。もう感じないと思っていた……感じたくないと思っていた、そんな感覚。
それを“私”は今、強すぎるほどに感じていた。
……どこか。
そんなこと、ないはずなのに。
あって良いはずがないのに。
私は心のどこかでそれを……心地よく、感じてしまっていた。
想起するのは、切望を宿す黒鳥の瞳。
心に触れるは、鼓膜を揺らしたあの歌声。
次々と、まるで映画のフィルムのように流れるそれに、私は心を蝕まれた。
そして、同時に再度自覚した。
キツく、本当にキツく取り付けたはずのあの“お面”が、本当に剥がれてしまった…………否、私自身が剥がしてしまったという、その事実を。
ドス黒い感情が、途端に心を支配する。
どうしても、どうしようもなく。
何もかもがどうでもいい……なんて。そんな考えが浮かんできてしまっていた。
それが、今の状況に対してなのか、これからのことに対してなのか。私にはそれが露ほどもわからない。
……わかるのは、私自身を蔑むべきを裏づけるその、少なく大きな理由だけだった。
あの力を使って、あるひとつのものを生み出す。
これを使うことを当たり前にしちゃあいけないということはわかっているつもりだが……まぁ、今それはいいだろう。
私はそれを持ち、目を瞑る。自分の体が震えているのを直に感じた。
片手に収まっているはずのそれが、とてもじゃないが越えられないような。そんな、大きすぎる壁のように思えた。
僕は私にはなれない。それは、逆も然り。
当然のことだ。理と言っても、差し支えないレベルかもしれない。わからないけれど。
……だけどもしも、想定できるその範囲外のことが起きて仕舞えばどうなるか、なんて。そんなの想像すらできやしない。
ここは幻想郷だということを考慮して考えた時、それは微な現実味を帯び始める。
もしかしたらどちらかが消えてしまうかもしれないし、どちらとも消えてしまうかもしれない。もしくは……混ざり合ってしまうかもしれないけれど。
であるならばどうするか、なんて。そんなの決まってる。そうするための手段を、今の僕は一つしか持ち合わせてはいない。
……“僕を隠す”。少なくとも今は、それしか手段はない。これが1番簡単で、確実な方法だ。混ざりも消えも、することがない。
……だけど今の状態ではそれすらも完璧にできやしないだろう。僕の心はまだまだ子供で、幼稚な“渇望”で満たされているから。
……そして、だからこそのこれなのだ。
フッと小さく息をする。
吐き気がしていた。頭痛がしていた。眩暈がしていた。先ほどよりも傷が誇示表現をして、心臓が大きすぎる鼓動を繰り返していた。
……自分自身の中の、その全てが。この行動を拒絶しているようだった。
だけど私はもちろんそれを無理やり押さえ込み、知らないふりをする。
動け。今の私には、それをすることができる。
……これは、自分自身のためじゃない。
自分が望んだことじゃない。
あの人たちのために、救うために。
……そのための、この行為だから。
だから私は……強くて弱い自分の仮面を、剥がしたのだ。
だからこれが、これこそが。……正しいんだ。
そんな、独りよがりで傲慢な免罪符を、無理やりに掲げながら。
私の想いと、僕の覚悟を、今この瞬間だけは、ないものとするために。
僕の、すぐに揺らぎ、染まってしまいそうな脆い“真念”を覆うために。私の、独善的な薄汚く意味のなくなった“真念”を覆うために。
真念を、まもるために。
……私は———
———その“あの花びらが描かれたお面”を、静かに被ったのだった。
私は、これで———戦える。
瞬間。
……風が、割れた。
side永琳
攻撃が交わるたびに、私の心にヒビが入っていくのを感じた。
早く終わってくれと何度思っただろうか。早く戻ってきてくれと、何度願っただろうか。もうそれは私自身にすらわからない。
攻撃が放たれる。なけなしの体力を捻り出そうと歯を食いしばり、弓でなんとか攻撃を防いだのも束の間、いつの間にか迫っていた回し蹴りが私の横っ腹に添えられた。
すごい勢いで蹴られた方向へと飛ばされ、思わず嘔吐いてしまいながらも存外近い距離でぴたりと停止する。
私の視界は、ずっと霞んでいた。疲労なんて、そんなもののせいじゃない。……これは、自分自身ですら鬱陶しいと思うほどの量の、涙のせいだ。
何を考えても、どうしても。……この涙は、止まってくれなかった。
「輝夜!!」
体に鞭を打ち、体術戦を仕掛けにいく。……先ほどまでだったら赤子の手を捻るようにあしらわれていたこの行動が、なぜか今は相手にされていた。
そんなことを気にする暇もなく、私は幾度となく重ね続けた言葉を、さらに重ねていく。
「もう、月に連れて行かれる心配はないの……!! あなたの恐怖していたことは……恐怖していることは、もう起きない!!!」
「……裏切り者の言葉なぞ、信じられるわけがないでしょう?」
「……っ」
息を飲まされる。そして、私の心にぽっかりと穴が開けられた。その跡は荒く、チクリとした痛みが何重にも感じられた。
気丈に振る舞うことを意識していたのに。そんなもの元からなかったのように、跡形もなく崩れていく。
覚悟していたことのはずなのに。
こうなることはわかっていたはずなのに。
こうやって傷ついて、傷つけて、傷ついて……。
……ふふ、そう考えると、私は———彼女以上に、子供なのかもしれないわね。
そう考えると同時、腕を掴まれ、輝夜の背後へと投げ飛ばされた。
ハッとして、慌てて思考を元に戻す。
「それじゃあ問うわ、永琳。あなたはなぜ、私を裏切ったの?」
「あなたを、止めるためよ……!!」
「それは、行動でなければいけなかったの?」
「えぇ、そうじゃなきゃ、こんなことしてないわ……!!」
「それは、言葉じゃいけなかったの?」
「言葉を連ねても聞かなかったのは、他でもないあなた自身よ!!」
「なぜたったたの1度だけで、諦めてしまったの?」
「っ……」
「私はあなたの言葉を聞いて、心が揺らいでしまっていたわ。あのまま言われ続けてしまっていれば、もしかしたら……私は止まってたかもしれないのに……」
輝夜が両手で、顔を覆った。その白々しい演技を見て、これは演技なのだと。そう自分に言い聞かせ、かろうじて心を保った。
「…………バ……ッバカを、言わないで……!」
振り絞ったその言葉は、自分でもわかるほどに弱々しかった。
一瞬息を止め、小さく呼吸を繰り返す。
やがて少し落ち着くと、私はまた口を開いた。
「それが……そんなことが起こり得ないことは!私が、1番に……誰よりもずっと知っているわ!!」
「……フフ、永琳。声が震えてしまっているわよ?」
「……!」
図星を突かれ、思わず押し黙ってしまった。同時に体が小刻みに震え始めた。だけどその震えの正体は、私にはわからない。
輝夜はゆっくりと振り向き、私と、視線を交わした。
1歩、また1歩と、先ほどできた距離が縮められていく。
「……ち、近づかないで!!」
「永琳、あなたは何に怯えているの?」
「怯えてなんか———」
「あなたは何を恐れているの?」
目前まできた彼女に、首に腕を回された。
私は、その言葉に、その行動に。全てが飲み込めなくなるほどのパニックを起こした。
「永琳、私は何も変わってないわ」
「!!」
「あなたとずっと一緒にいた、あの私と。だって、私は私なのだから」
「……」
「あなたを追っかけまわしている、あの弾幕。あれに当たったらまずいのでしょう?」
「! な、なんで……」
「あなたの顔を見てたらわかるわよ」
次の瞬間、輝夜は腕を解き、私の耳元まで口を近づけて、微かな声で言葉を吐いた。
「私と一緒に、当たらない?」
「!?」
「もう私も、限界なのよ……大切なあなたと、争いあうということは……」
ダメだ、乗るな、こんなの嘘に決まってる。
今の輝夜は明確な敵だ、だから多分……いや、十中八九、最後には裏切られる。
……でも
「泣かないで、永琳……これからは、いいえこれからも。……ずっと一緒に、いましょうね」
こんなことを言われたら……私は、もう———
「………………えぇ」
———動けない。
思わず輝夜に向け手を伸ばし、ポツリと一言呟くと……その刹那。
「動いて!!」
焦燥に駆られたようなその声色に気を取られ、思わず私は動きを止めた。
そして、その刹那。
私は目にも止まらぬ速さで“弾かれた”のだった。
「!!! ……ふふ、やはり、あなたは———」
輝夜のその声の先は、よく聞き取ることができなかった。
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その、悲惨とも言えるほどの光景を目の当たりにして、私は思わず叫び声を上げていた。
「動いて!!」
「!!」
すると永琳さんはぴくりと体を振動させ、その動きを止めてくれた。
思考が追いつくよりも早く、そしてそれを認識するよりも早く、私はレーザーをあの弾幕に向け放っていた。
目にも止まらぬ速さで、それは飛来をする。
……そして。
「ッカハ……!?」
それはあの弾幕に着弾をすると同時に、先ほどまでの2人の戦いのせいで揺蕩っていた魔力たちを続々と誘発させながら、大きな爆発を起こした。その爆風が永琳さんを弾き、遠くへとその身体を吹き飛ばした。
おかげでものすごい威力に見えるが、実際は言えるほどの威力はない。
具体的に言えば、人1人を飛ばす程度の威力だ。大きく傷つけることはできない。永琳さんも少しはダメージを受けるとは思うが、先ほどまでと違いなく動けはすることだろう。
そしてその刹那、一瞬あの弾幕のせいで勢いを落としたあの弾幕が、先ほどまで永琳さんが先ほどまでいたところを横断した。永琳さんを追って、この場から離れていく。
フッと、思わず息を漏らす。
間に合った。
もしもあとコンマ1秒でも遅れていたら。などというたらればのことを考えて、なおのこと安心をした。……同時に、罪悪感が身を締めた。
そんな気持ちをそのままに、僕は小さく目を瞑る。
「……仲間を攻撃するなんて。まさか、本当に私の仲間にでもなってくれる気になったの?」
そんな声が、私の背後からクリアに響く。
それを聞き、私はゆっくりと振り返りながら言葉を返した。
「まさか。……“私”はそんなこと、死んだとしてもしませんよ」
「……あなた、誰?」
「ふふ、知っていますか? 迦具夜さん」
私はダラリと、ナイフを手にした腕を垂らして。
「……会話は、キャチボールをしてこそなんですよ?」
そんな言葉を投げつけた。
瞬間。……迦具夜さんが、その姿を消した。
「答える気がないならいいわ」
背後から聞こえたその声ともに飛んできた拳を、ナイフで弾き返した。そしてそれを合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
一進一退とも呼べるほどに激しいそれの中で、僕は先ほどの言葉に言葉を返す。
「答える気がないなんて一言も言っていませんよ」
「そう。それじゃあ再度問うわ。……あなたは誰?」
私はそれに、間髪入れず返答をした。
「私は、私ですよ」
「……あなたはあなた、ね……。うふふ、ますます、あなたに興味が湧いたわ」
迦具夜さんは本当に可笑しそうに、裾で口元を隠しながら笑い声を上げた。
その時、私は初めて迦具夜さんが手に木の枝の様なものがあることに気がついた。
それを見て1番初めに浮かんだのは、五つの難題の一つである、蓬莱の玉の枝。そのことについてのことだった。
……次に打ってくるスペルカードは、もう決まったと言っていいだろう。
それが数秒続いた後、どちらからともなく距離が取られた。たったの数メートル開いただけのこれは、私たちにとってはほぼ無に等しいものだった。
永琳さんは大丈夫だろうか。あれほどまでに乱暴にしてしまったのだ。無事でなければ、どう責任を取ればいいかわからない。
魔理沙さんは大丈夫だろうか。敗北した、ということはないと願いたいが、僕はあの2人の底を知らない。だからどれだけ“負けることはない”と、そう考えたとしても安心材料にはなり得ない。
霊夢さんは大丈夫だろうか。私があの時驕っていなければやられることはなかったはずなのに。霊夢さんがやられたのは、迦具夜さんの力を見誤り、油断を誘発させた私の責任だ。……私のせいだ。
だからそんな私には、密かに無事を願うことしかできない。せめて自衛をするだけの体力は残っていてくれと、そう願うことしかできない。
……そんな考えが浮かんでは消えていき、最後には、何も残ることはなかった
「やっとわかったわ、あなたに底の知れない興味を持っている、その理由が」
突然口を開いたかと思えば、迦具夜さんはいきなり訳のわからないことを言ってきた。
まぁ理解しようとしていない、という部分も少なからずあるとは思うが。それに、そんなことには1片の興味もない。
「そうですか、よかったですね」
「釣れないわねぇ、もうちょっと興味持ってよ」
「戦闘中にそんなこと言ってる方がおかしいですよ」
「それじゃあ、それに平然と答えているあなたも同類ね」
「……ノーコメントで」
そんなことを言い合いながら、私は待ってましたと言わんばかりに、懐に手を入れた。弄り、それを探す。
そうして、手にそれが当たる感覚がしたと同時に、私はゆっくりとそれを引き抜いた。
それは、“ナイフ”だった。咲夜から譲り受けた、一本の銀のナイフ。
その瞬間のことだった。唐突にさっきと同等……否、それ以上に救いたいという思いが、僕の心に満ち満ちて、溢れ出してきたのは。
そして、浮かんだ。……否、“できた”。
……彼女を救うための、その方法が。
だから。
「私は……否、私たちは、あなたを倒します」
私は、宣言をする。
「永琳さんのために」
…………私自身を縛るために。“変われること”を、証明するために。……自分自身を、“許さないため”に。
その、幼稚な———
「……あなたのために」
———渇望を。
すると迦具夜さんは、先ほどよりも深い、三日月の様な笑みを浮かべてこう言った。
「そう、そうそうそうそう! そうよ!! そういうところ、そういうところなのよ……!! 私があなたに、興味を抱くのは!!!」
瞬間。
僕たちは、再び。
……衝突した。
———《制限時間》 残り 1分———
どうも皆さんこんにちは!メンタルとバイタルとフィジカルが限界なASADEです!
今調べたけどバイタルって生命活動の大事な方を刺す言葉なんだね
うーん……まぁ気持ち的にはそのレベルだからいっか
そんなことよりもですよそんなことよりも!
ごめんなさいね本当に期間が不定期すぎて
マージで難しいんですこれ。しかも私自身こわわっぱですし。
……えー、はい。言い訳でございやぁす。
できる限り頑張りはしますがどうにもできないところもあるので、どうかそこはご贔屓(?)に……。
とまぁ、今回はこの辺で。
次回はできれば速く出します!
それではみなさん、サラダバァーー!!




