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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

斬裂さんは殺したい

作者: 青水

 愛の形は人それぞれだと思う。

 愛の形は一定ではないし、表現方法は多岐にわたる。だけど、愛を示す手段として、殺人を行おうとするのはいただけない。

 究極の愛の形として、愛する人を殺す。

 その価値観は、いたって平凡な僕には理解できない。


「――僕には理解できないよ」

「理解なんてしなくていいんだよ。ただ黙って大人しく私に殺されればいいの」


 斬裂さんは漫画で殺し屋キャラが使っていそうな大柄のナイフを、僕の脇腹に向かって突き出した。それを間一髪で避けると、僕は教室から飛び出した。

 無人の教室を出ると、そこは無人の廊下だった。

 さすがに斬裂さんが生徒を全員殺したなんてことはないと信じたい。とすると、偶然誰もいないのか。


「普通はキスをしたいとかじゃないのかな?」

「普通ってなに?」

「普通は普通さ」

「私からすると、好きな人とキスしたいとか肉体関係を持ちたいとかって思う感覚は異常なんだけどな」


 逃げる僕と追いかける斬裂さん。

 鬼ごっこ――ただし、鬼に捕まったら人生終了。


「ずっとずっと、君のことを殺したかった。だけど、頑張って我慢してた。それももう終わり。我慢の限界。人間、欲求の我慢のし過ぎはよくないものね」


 廊下を曲がると、数学の佐藤先生と遭遇した。


「廊下は走っちゃいけないぞ」

「すみません。緊急事態なんです!」

「緊急事態?」


 僕は答えずに走り抜ける。

 もちろん、斬裂さんは追いかけてくる。


「おい、斬裂。お前もだぞ、廊下は走っちゃ――え、ナイフ?」

「邪魔」


 ぎゃっ、という佐藤先生の短い悲鳴。

 僕は走りながら、後方を一瞥した。

 血と臓腑を撒き散らした佐藤先生が倒れて、ピクピク痙攣している。助ける余裕なんてない。それに、おそらく助からない。


 走る、走る。

 斬裂さん、本当に殺しやがった。

 でも、それは僕に向けている歪みきった愛とはまったく異なる。愛の遂行の邪魔だったから、佐藤先生の口を塞いだのだ。

 前方に生徒が計二〇人ほどいる。斬裂さんは後先考えずに、彼らを全員始末するのだろうか? でも、始末するにしても時間がかかるはずだ。

 僕が走り抜け、斬裂さんが走り抜けるときに悲鳴と怒号。

 後ろを振り向きながら走ると、斬裂さんが無駄のない動きで殺しまくっている。漫画のキャラみたいな無駄のない洗練されたいかれた動き。


 僕は走った。

 校内を走り、死体が生まれ。

 校舎から脱出し、交番へと駆ける。

 交番の警察官が拳銃を持っているのかどうか、僕にはわからないけれど、持っていたとしたら、それで斬裂さんを殺してほしい。


「助けてください!」

 叫びながら、転がり込む。

「どうしたんだ?」

「ナイフ。ナイフを持った女が――」

「逃げちゃ駄目だよ」


 斬裂さんが交番内に入ってきた。全身、返り血で真っ赤に染まっている。ナイフからは真新しい血が滴っている。


「な、なんだこいつ――」

「邪魔」


 警察官が斬り裂かれている間に、僕は交番から脱出した。

 どれだけ逃げても、斬裂さんは追いかけてくる。男の僕のほうが体力があると思ったけれど、きゃしゃな斬裂さんの体力は無限だった。

 やがて、力尽きた僕は地面に倒れこんだ。


「なかなか頑張ったね」


 斬裂さんが僕の上にのしかかってくる。

 僕は斬裂さんの腹を殴ろうとした。しかし、その前に僕の手の甲に激痛が……。


「っつう!」


 薄く斬られた。

 血が線となって現れる。

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……。

 僕はみっともなく泣いた。

 泣く僕を斬裂さんは愛おしそうに見つめてくる。


「本当はね、サクッと心臓を抉って殺してあげようと思ったんだけどね……やめた。そんなのもったいないよね」


 斬裂さんは僕の手足を軽く薄く斬ると、スマートフォンで誰かに連絡を取った。すぐに一台の車がやってきた。運転手の女の人が降りてきて、僕を後部座席に放り込んだ。


「お嬢様、派手に暴れてくれましたね」

「後処理よろしくね」

「……わかりました」


 ところで、と彼女は僕を見る。


「この方は?」

「私の好きな人。殺そうと思ったんだけど、やっぱやめた」

「お嬢様が殺しをやめるとは……珍しい」

「とりあえず、家に連れていく。出して」

「かしこまりました」


 車が動き出す。

 僕は痛みからか、意識を手放した。

 愛の形は人それぞれ。斬裂さんの歪んだ愛の形が、いつかまともになることを僕は切に願うのだった。


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