追求
「神田警部。証拠を見つけました」
「ほー。犯人を逮捕出来るほど決定的か?」
「はい。追求出来るほどの決定的な証拠ではあると思いますよ」
それは良かった。これで、坂倉弘次を逮捕出来る。これで俺も出世街道まっしぐらだ。明智には感謝しなきゃいけない。
「んじゃ、坂倉のいる取調室まで行こう。追求するんだろ?」
「良いんですか? 追求しても」
「実際に坂倉が犯人なんだから構わんな。上層部も認めてくれる」
「では、取調室に行きます」
俺はその後、一通り神崎宅にあるものを見てから車に乗る。明智は証拠を見つけただけで満足らしく、証拠を大切に抱えながら車に入ってきた。
「証拠には傷付けんなよ」
「わかってます。警部ほど、私は愚かではありませんから」
「バカにしやがって......」
明智はもう空白の二十数分を推理で見抜いている。いったい、どんなことが隠されていたのか。非常に気になる。
「明智。空白の二十数分は何なんだ?」
「推理は神田警部にも教えられません。坂倉さんを追求する時にでも、傍らでうなずいていれば良いんです」
「雑な扱いだが、ごもっとも。んじゃ、早く署に言って推理を聞くとするか!」
すぐにでも空白の二十数分を知りたかったから、俺は急いで車を走らせた。署に到着すると、明智を坂倉のいる取調室に案内する。
が、坂倉を刺激しないために、取調室の前には警察官が見張っていた。
「神田良悟だ。坂倉と話しがあるから通してくれ」
「上からの命令なので、警部でも通すことは出来ません」
「あ? 坂倉が犯人なんだぞ!? 空白の二十数分が何かは突き止めた。奴を取り調べる権利は俺にある」
「ですが......」
俺はサイフから事前に取り出して握っていた一万円札を一枚、若い警察官の胸ポケットに入れた。
「通せ」
「わ、わかりました!」
一万円なんて、出世と天秤に掛けたら安いもんだ。その程度で出世出来るなら、喜んで一万円なんかくれてやる。
取調室に入ると、明智はパイプ椅子に座って抱えていた神崎宅の時計を机に置く。俺は取調室の隅に行き、壁に寄りかかって腕を組む。
「坂倉さん。あなたが罪を全て認めている理由、そして空白の二十数分が全てわかりました」
「俺が弟を殺したんです」
「ええ。犯人はあなたで間違いありません。それに、複数犯ではなく単独犯ですね? しかし、一つだけ実際と異なる供述をあなたはしています」
坂倉に目を向けると、発汗して焦っているようだ。ビンゴ!
「俺は全て正しいことを言っています」
「いえ、あなたは突発的に弟を殺したのではありません。計画的に弟を殺したのです!」
計画的。なるほど。計画的殺人と突発的殺人では、罪の重さが違ってくるから、裁判でもそこは重要になる。ということは、空白の二十数分は、計画的殺人を突発的殺人に変えるためだったのか。
「違います! 計画的に弟を殺すなんて、あり得ません!」
「ハハハ。面白い方ですね、坂倉さんは。この事件が突発的殺人だと判断した警察の頭が狂っていたのです。これはどうみても、計画的殺人。しかし、計画通りに殺せず、急遽突発的殺人に見せかける細工をしたんでしょう」
淡々と話す明智に恐怖を覚えたのか、坂倉は体を小刻みに震えだした。
腕時計を確認し、そろそろ誰かに取り調べていることがバレそうだと悟る。
「明智。坂倉を早く自供させろ」
「わかってますよ。で、坂倉さん。あなたは計画的殺人を行う際の計画を言い当ててしまいましょう。アリバイに神崎さんを使ったんですね?」
坂倉はパイプ椅子から立ち上がった。「何のことだ!」
「まあまあ。神崎さんをアリバイの証人にさせようとしたのは良かったですが、神崎宅のリビングにある時計の示す時間を遅らせるだけ、とはいただけませんね。
あなたは数十分時計を遅らせたのでしょう。事件前日に酒を神崎宅に運んでいたらしいので、その時ですか? そして、翌日の午後十一時に弟を自殺に見せかけて殺そうとした。遺体の手首に小さい傷がありましたが、脈を切ろうとしまんですよね?」
「違う!」
「実際は脈を切ろうとしても失敗することがあります。あなたは弟の脈を切れず、やむなく刺し殺した。凶器が弟のものなのは、自殺に見せかけるためでしょう?」
納得した。ふむ、面白い推理だ。明智が神崎宅にあった時計を証拠品と言ったのは、坂倉が時計の時間を狂わせたからだろう。
「その後、弟の家から逃げるところを目撃された。その時に、突発的殺人に見せかけた方が罪が軽くなると考えて、空白の二十数分を作ったんですよね?
目撃されたのは午後十一時で、弟の家を出たすぐ。このまま神崎宅に向かったら、十分遅れた時計により神崎宅には午後十一時に到着したことになってしまいます。なので、あなたはかなり遅れて神崎宅に行くことで神崎宅の時計の誤差を打ち消した。時計は神崎さんが酔いつぶれて寝たときに十分戻したのが妥当でしょう。私の推理は間違っていますか?」
今回の殺人事件は突発的ではなく、計画的。突発的に見せかける細工をしたのは事件当日だから、空白の二十数分が生み出されたのか。
明智の推理を聞いた坂倉は、渋々罪を自供。その自供をそのまま上に話し、坂倉は再逮捕。明智が取調室にいたことを知っている警察官には金を渡して黙らせた。
神崎宅にあった時計からは指紋を拭き取り、明智の指紋も消えた。そこに神崎と坂倉の指紋を不法に付着させて、俺は証拠品として提出。時計には時間を無理矢理変えた跡があり、坂倉の指紋が検出されたことによって坂倉は犯人として決定的となる。
この殺人事件を突発的犯行と結論づけた奴らは大目玉を食らい、逆に計画的犯行だと見抜いた(ことになっている)俺は褒め称えられた。出世だ出世。これで出世は確定した。
坂倉を取り調べ後、明智は難事件解決に満足してすでに助手席に座っていた。俺は額を掻いてから、煙草を一本口にくわえた。百円のライターをカチカチやって着火させ、煙草を吹かせながら定位置に着く。
「おめでとう。難事件解決だ」
「難事件というほどでもありませんし、実にくだらないトリックでした。以前の二葉邸殺人事件の方が、血が騒ぎました。今回はガッカリです」
「そんなものか?」
「はい。今回はガッカリしました。早く発車してください。事務所に戻りましょう」
「ん? 二葉邸殺人事件が解決した後、居酒屋にでも行こうって言っただろ? 事務所行く前に居酒屋に行くんだよ!」
明智は嫌な顔をしていたが、知ったことか。ナビに、行き先を居酒屋に設定させてアクセルを踏む。煙草の煙が充満してきたからパワーウィンドウを開けた。
吸っている内に煙草が短くなったから、窓から捨てていたら居酒屋に着いていた。
「降りろ。居酒屋に到着した」
「あ、そうですか。ポイ捨ては駄目です」
「チッ! バレたか」
捨てた煙草を踏み潰し、明智を降ろして車に鍵を掛けた。二人で居酒屋に入り、席に着くと酒を何杯か注文した。
「警部。私は今日はあまり飲めませんよ」
「ここだと目立つから警部とは呼ぶな」
「はい。酒は飲みたくないので、今日は一杯にしておきます」
「この量を俺一人で飲みきれるってか? 無謀だ。無謀過ぎるぞ」
明智は満面の笑みを浮かべた。「頑張ってください!」
「死ね」
俺は明智に暴言を吐いた後、注文した酒が届いたから一人でゴクゴク飲んでいった。それを哀れんだのか、明智は手を出してきた。
「仕方ないので、何杯かは飲みますよ」
「おっ! サンキュー」
この日は夜遅くまで飲んだ。酒豪の明智でも顔を赤く染めるほど飲むと、お開きの時間になった。明智に肩を貸して車まで戻ると、家まで送ってやった。