アイゲルの忠告
「……人間のこと?」
アリフは眉をひそめた。
「あぁ、人間のことだ。簡単に言えば、君を利用しようとする輩が現れるだろう……いや、もう既にいるかもしれない。さっきも言った通り、グリフィンは天敵が殆どいない。それに、いくら魔王でもグリフィンを従わせるのは難しいのか、これまで最前線でグリフィンを見たことはない」
アリフがうまく話を理解できずにいるのに気がついたアイゲルは、悲しそうな顔をした。
「つまり……君とグリフが、我々のいる最前線に送られ、戦争に使われる可能性は高いということだ」
アリフは息を呑み、震え始めた手を膝の上で握り、恐る恐る聞いた。
「あの……予め王国に伝えておくなどして、そうならないようにするのは、無理なのでしょうか」
「残念ながら、不可能だろう。適当な理由をでっち上げたとしても、王国はそれを見抜けないほど愚かではない。それに、その理由が嘘だとバレてしまったら、君は反逆者として、処刑されてしまうかもしれない。それとも、何か嘘ではない理由があるか?」
アリフは黙ってしまった。
「……無いのだろう?」
「……何か、探せばあるかも」
アリフの言葉を遮り、アイゲルは強めの口調でいった。
「そんな時間はないと思うぞ。俺は先程王宮に行って、今の最前線の状況を報告してきた。その時点で、君とグリフの関係について話しているものがたくさんいた。あそこまで情報が広まっていると、国が行動を始めるのも、早くなるだろう」
アリフは再び黙り込んだ。
体の震えが、先程より激しくなっている。
「……アリフ、これから言うことをよく覚えておけ。ついさっき会ったばかりの男に言われるのもおかしいだろうが……。いいか?国のことは気にするな。アリフは、今まで通りに過ごせ。グリフと仲良く、あの森でな」
そう言ったアイゲルの顔には、悲しむような喜ぶような、曖昧な表情が浮かんでいた。
その顔を見ると、アリフの体から一気に震えが消えていった。
「……アイゲルさん、どうしてそこまで私のことを気にかけて下さるんですか?お会いしたのも、先程が初めてなのに……」
アイゲルは苦笑いして、冗談めかして言った。
「アリフが優しいから、なんてな。さて、それじゃあグリフィンに乗せてもらおうかな」
アリフは特に追求せず、残りの紅茶を飲み干した。
「それじゃあ行きましょう。グリフも待ちくたびれているでしょうし」
ギルドを出ると、寝転んでいたグリフが首を起こした。
「グリフ、これからアイゲルさんを乗せるけど、暴れないでね。大丈夫、とてもいい人だから」
グリフはアリフを見つめ続けた。
アイゲルがゆっくり近づくと、グリフは小さく唸り始めた。
「おっと……」
アイゲルは少し気圧され、後ずさった。
「グリフ、私も一緒に乗るから大丈夫だよ。安心して。ね?」
アリフがそう言うと、グリフはすぐに唸るのをやめた。
「よしよしいい子。こちらに来て下さい、アイゲルさん。ここの足掛けを使って跨がって下さい」
「……知らない人を乗せるのは抵抗があるだろうが、よろしくな、グリフ」
グリフはアイゲルを乗せると、少し体を振った。
アイゲルは振り落とされないよう、鞍に付いている手綱をしっかりと握った。
グリフが大人しくなったタイミングでアリフも跨がった。
「私が前に乗るので、後ろから手を伸ばして、手綱をしっかり握っていて下さい。ゆっくり飛ぶよう言いますが、この子、時々ふざけたりするので」
アイゲルは苦笑いしながら手綱を握った。
「グリフィンも悪ふざけとかするのか」
「少なくともグリフはしますね……さぁ、グリフ立ち上がって」
アリフの声に反応し立ち上がったグリフ。
アイゲルは普段見ない視点の高さに興奮した。
「お、おお!すごいなこれは!二メートルくらいの高さか?」
子供のようにはしゃぎ始めたアイゲルを、アリフは不思議な顔で見ていた。
視線に気づいたアイゲルは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いやすまない。つい、はしゃいでしまった。俺は冒険者を初めてそろそろ十年になるんだが、グリフィンの背中に乗るだなんて、初めての経験だからな」
アリフは前を向き、グリフに言った。
「それじゃあグリフ、飛んで!」
そう言われた瞬間、グリフは大きな羽を広げ、羽ばたいた。
猛烈な風圧に吹き飛ばされそうになったが、アイゲルは手綱を握る手に力を込め、なんとか耐えた。
そして、あっという間に地面は離れていった。
驚きや感動、興奮などの様々な感情が一度にこみ上げてきて、アイゲルは声を出せなかった。
「どうですか、アイゲルさん。ここがいつも飛んでいる高さです。……グリフ、少しこのままでいてね」
「あぁ……すごいとしか言えないな。脚力には自身があるのだが、こんな高さまで来たことは一度もないからな……」
アリフに聞かれてやっと声が出せたアイゲルは、景色を見渡した。
グリフの羽ばたく音のせいで、周りの音はあまり聞こえなくなっていたが、そんなのは気にならない程の景色だった。
「それじゃあ、動いてもらいますよ?準備はいいですか?」
「あぁ、いつでもやってくれ」
「グリフ、ゆっくり辺りを飛んで」
アリフがそこまで言った途端、グリフは勢いよく進みだした。
「きゃあ!」
「うお!」
アリフもアイゲルも体を丸めた。
しばらく進むと、グリフは徐々に減速し、ゆっくりと飛ぶようになった。
「グリフ!いきなりあんな速度で飛んだら危ないでしょ!落っこちたら私死んじゃう高さだからね!」
アリフに説教を受けたグリフは、小さく高い鳴き声を出した。
「そんな甘えた声出してもダメ!いつも言ってるのに」
再び小さく高い鳴き声を出すグリフ。
そんな、二人を見ていたアイゲルは、大きな声で笑い出した。
「ハッハッハッハッハ!まるで親子みたいだな。悪戯をした子供と、それを叱る親を見ているようだ」
「私がグリフの親……グリフの方が、年はずっと上ですよ」
そう返したが、アリフはアイゲルの言った親という言葉に、少し惹かれていた。
「……今日はありがとう。おかげでとても貴重な体験ができた」
「いえ、こちらこそありがとうございました。配達に間に合って、本当に良かったです」
二十分ほど飛んで街に戻ったアリフとアイゲルは、買い物をしていた。
薬の代金で次来るまでの食料を買うのだ。
アイゲルは荷物持ちをしに付いていっている。
「しかし、この街には年に一度来ているんだが……いつ来ても同じ商人がいないな」
アイゲルは露店の人達を見ながら言った。
「言われてみれば確かにそうですね。私は月に二回来るんですけど、三ヶ月くらいで人が変わりますね」
「そんなに早い周期で変わるのか……それより、まだ買うのか?もう背中の籠が壊れそうだぞ」
背負った籠を不安そうに見ているアイゲルに、更に買った物を渡していく。
「グリフの分がありますから。朝ごはんは自分で取ってこさせてるんですけど、お昼と夕飯は私が上げてるんです」
「大変そうだな。というか、朝を取ってこさせるのなら、昼も夜も自分で取らせればいいんじゃないか?その方が食費もかからないだろ?」
「そうですけど、森の生き物を減らしすぎるのもいけないかなって思って。それに、グリフの運動も兼ねて朝ごはんは取らせてますから」
「そういうもんなのか」
アリフは肉屋の肉を十枚買い、氷の入った袋に入れ、アイゲルに手渡した。
アイゲルは受け取った肉を背中の籠に入れ、アリフのあとをついていった。
一通り買い物を終えた二人はギルド前に戻り、別れを告げていた。
「それではアイゲルさん、さようなら。荷物持ちまでしてもらって申し訳ないです」
「気にするな。俺が話したいことがあって、勝手に付いて行っただけだ。またいつか会ったら、気軽に話しかけてくれよな」
そう言って兜を被ると、一気に声が低くなった。
「はい。それじゃあ、さようなら……グリフ帰るよ、飛んで!」
アリフの掛け声と同時に、グリフは空へ飛び、あっという間に見えなくなってしまった。
アイゲルは見えなくなったあとも、アリフとグリフが飛んでいった空を眺めていた。
そしてとても低くなった声で言った。
「あの方角は確か、未開の地だったはず……」
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アイゲルさんは三十代前半の男性です。おっさんですね。
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