アイゲルの不安
アリフとケルザーが、状況を飲み込めず呆然としていると、アイゲルが二人の肩を軽く叩いた。
「それにな、グリフィンってのはとても強いから、俺でも勝てるか分からない相手だ」
兜を脱いだアイゲルの声は澄んでいて、とても聞き取りやすかった。
いつの間にか心配は消え去っていて、アリフはアイゲルの中に優しさを見出していた。
「あの、それじゃあグリフに攻撃は……」
「しないって。戦うべき相手じゃないんだから、刃を向ける必要はないだろ?それより、俺もそのグリフに会わせてくれないか?グリフィンなんて間近で見ることはないからな」
少しケルザーの顔を見ると、ケルザーはうなずいた。
「すぐそこの、ギルドの入口前に座っています。おとなしい子なので、触っても平気ですよ」
そう言って、アリフはアイゲルをグリフの所に案内した。
座っていても、頭の天辺までは四メートル近くある巨大なグリフィンを見つめ、アイゲルは言葉を失っていた。
グリフはアイゲルをしばらく見つめ返し、頭を下げてアリフに押し付けた。
「わあ!どうしたの?大丈夫だよ、アイゲルさんは優しい人だから。怖くないよ」
アリフがグリフのクチバシを抱きしめながら話しかける様子を黙ってみていたアイゲルは、少しグリフに近づいた。
「触ってみてもいいか?」
「はい、どうぞ。首を撫でられるのがグリフは好きなんです。そっと撫でてあげれば、グリフも慣れると思います」
アリフの言う通り、アイゲルはできるだけそっとグリフの首を撫でた。
途端、グリフは首を持ち上げ、頭をアイゲルの方に近づけた。
アイゲルは驚き、グリフの首から手を離してしまった。
「大丈夫だよ、グリフ。アイゲルさんは遠い所で戦っているから、今まで会ったことないけど、悪い人じゃないから」
アリフの言葉を聞き安心したのか、グリフはアイゲルの前に頭を下ろし、丸く寝転がった。
「……グリフィンは、とても賢いと聞いていましたが、まさかこれほどとは。そうだ、せっかくだし、ギルドの酒場でお話でも……と、思いましたが、仕事があるみたいだな」
それを言われた瞬間、アリフは両手で口を覆った。
その様子を見ていたケルザーが、やれやれと肩をすくめた。
「その様子じゃ、忘れていたみたいだな。どうするんだ?お得意さんの薬屋まで二十分はかかるだろ?」
それ以外にもいろいろなところを回らなければいけないことを思い出し、おろおろしているアリフに、アイゲルが手で胸を叩き言った。
「アリフ、その仕事は配達の仕事だろう?俺のせいで遅れてしまったんだ。手伝わせてくれ」
「いえ、忘れていたのは私の責任ですし、せっかく最前線から戻ってこられたのに、まだ休憩もできていないのでしょう?お気持ちだけでありが……きゃあ!」
アリフの言葉を聞き終えずに、アイゲルはアリフを籠ごと背負った。
「ごちゃごちゃ言ってる間に時間は過ぎていくぞ。まずはどこだ?場所を言ってくれ」
アリフは少し戸惑っていたが、一言礼を言ってから最初の客の場所を言った。
「……アイゲルさん、本当にありがとうございました。せめてものお礼に、何か奢らせてください!」
「だから、そんなに気にすることないって言ってるだろ。だいたい、アリフの言葉を最後まで聞かずに勝手におぶったのは俺なんだ。俺の勝手でやったことに、そんな気を使わなくていいっての」
「そういう訳にはいきません!なにかお礼をしなければ、私の気が収まりません!」
薬の配達を終え、ギルドに戻ってきたアリフとアイゲルは、酒場の隅の机に座っていた。
「アリフって、意外とぐいぐい来る子なんだな。最初の印象はおとなしい感じだったから、ちょいと驚いてるよ」
アリフは頬を膨らませた。
「む……それ、どういうことですか?私感情豊かな方ですよ……とは言っても、たしかに騒ぎすぎていましたね。すみません。でも、なにかお礼をさせてください。いつもなら全部回って三時間はかかるのに、アイゲルさんのおかげで三十分で終わってしまったのですから」
最前線で戦っているというだけあり、一キロメートルはある距離も、二分程度で走りきってしまった。
それでも薬が傷つかないよう、だいぶ速度を落として走ったのだという。
アリフは戦闘とは無縁であったため、初めて感じる冒険者の凄さにとても驚いた。
「そうだな……それじゃあ、後でグリフに乗せてくれないか?どんな感じなのかとても気になるんだ」
アイゲルの提案に、アリフは少し悩んだ。
グリフはとてもおとなしい子だ。
初めてこの街に来たときも、騒ぐ住人や冒険者達を静かに見つめていただけだった。
街の子供達を背に乗せたり、羽の間に挟んだりして遊ばせているくらいにはおとなしい。
けれど、私以外の人を乗せて飛んだことはない。
「……分かりました。けれど、私も一緒に乗ります。いくらグリフでも、私以外の人を乗せて飛んだことはありませんし、もし空中で暴れて、アイゲルさんが落とされてしまったら、無事では済まないでしょうし」
アイゲルは特に表情を変えなかったが、目が輝いているのが分かった。
「それじゃあ、そういうことでいこう。でだ、色々と話したいことがあるんだが、時間はあるか?」
「はい、ありますけど……話したいこととは?」
アイゲルは二カッと笑い、職員を呼びながら言った。
「ただの世間話みたいなものだ。アリフとグリフの関係についても、聞けるなら聞きたいな」
職員に紅茶を頼み終えると、アイゲルはアリフと話を始めた。
「……さて、何から聞いたものか。そうだな……アリフとグリフは、いつ出会ったんだ?」
「グリフとは、二年前に出会いました」
アイゲルは眉を上げた。
「二年前?割と最近であったばかりなんだな。その割にはかなり仲が良さそうだが……」
「グリフは会ったとき、怪我をしていたんです。あの森で出会ったんですけど、実は、迷っていただけだったんです、私は」
職員が運んできた紅茶を一口飲み、アリフもアイゲルも微笑を浮かべた。
「あの森に迷い込んで、出口を探していたら、怪我をしてぐったりしているグリフを見つけて……薬の知識はあったので、傷を治す薬草を探して、グリフの怪我を治そうとしたんです。グリフィンに、人と同じ薬草が効くのか分からなかったんですけど、無我夢中でグリフの怪我を治っしていたんです」
アイゲルは片手に紅茶を持ったまま、苦笑いして聞いた。
「怖くなかったのか?相手はグリフィンだって、知っていたんだろ?普通は、弱っているんだったら、全力で逃げると思うぞ?」
アリフは、紅茶を見つめた。
「不思議と、怖くなかったんです。もうその頃から、グリフは大人のグリフィンだったのに、不思議と……どうして助けたのか、今でも分からないんです。でも、後悔はしてないですよ」
すると、それまでの笑顔を消し、アイゲルはとても真剣な顔でアリフを見つめ、声を低くした。
「……アリフ、これは忠告だ。最前線で戦い、魔物の恐ろしさを知っている俺だからこそ言う。よく聞け」
突然の変わりように、アリフは気圧され、声を出せなかった。
「グリフィンは、魔物の中でも特に強い。天敵なんて、片手で数えられるくらいだ。アリフ……君はグリフのことをとても愛しているし、グリフも君を愛しているように見える。だが、決して忘れるな。怒らせたグリフィンを止める手は、殆どない。それこそ、怒らせた原因が、消える……それが一番簡単な鎮め方だ」
アリフは、黙って聞いていた。
だが、震えたり、怖がったりする様子は一切ない。
「あのグリフィンは、君の言う森の主だろう。グリフィンの縄張りはとても広い。他の生き物が入っても、すぐに追い出したりはしないが、番ではないグリフィンが縄張りに入ったとき、その縄張りのグリフィンは怒り、殺し合いを始める。唯一そうならないのは、発情期のメスが入ってきたときだけだ」
アリフはまだアイゲルに少し気圧されていたが、それを紅茶で流し込み、真剣な顔をした。
「……ご忠告感謝します。ですがご安心下さい。グリフィンの生態については一通り学んでいます。しかし、知らなかったことも、今のお話の中にございました。まだまだ勉強をしていく必要があるようです」
そういったアリフに、アイゲルは困ったような顔を向けた。
頭を掻いて何かを少し考えたあと、顔を近づけ、より声を低くした。
「そうじゃないんだ……問題はグリフィンのことじゃない」
「グリフィンのことじゃ……ない?」
アイゲルはきょろきょろと周りを見て、特に人目がないことを確認した。
「問題は…人間のことだ」
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます!
アイゲルの言う問題とは何のことでしょうね?
もし面白い!や、続きが気になる。などと思っていただけたなら、評価や感想をよろしくお願いします!
読みやすくなるよう、努力して書いていきます!
これからもよろしくお願いします!