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たかだかLv-273の旅芸人  作者: ヒカワリュー
わたくし、人呼んで『マイナス芸人』
9/9

 「終幕」


 自分の想像外の現象で自分とは縁のない不自然な物は流れた。端的に言うなれば、涙が出た。


 “明るく生き生きと”がモットーであるスペラには縁のない物こそが()。しかし、死を知覚してしまった瞬間に仲間の存在を思い出してしまった彼女は、生への渇望と死への忌避感で少女として意図せず涙を流した。

 楽観的な自身の判断により辿り着いた迷宮にて、仲間に最後の挨拶も出来ずに死ぬことがどうも恐ろしかった。そして、一人だけ置いて行ってしまう『お兄さん』に申し訳ないと思っての涙でもあった。


 旅芸人と少女は僅かばかりの違いはあっても、大部分において共通点を持った似た者同士であった。

 互いに“面白い”性格をした者だったのだ。

 そして、旅芸人は少しばかり勘が良いためか、互いの運命性を解し、彼女に対して好奇心という名の興味を持った。だからこそ―――いや、だからというのは決めつけがましいのかもしれない。

 きっと彼は運命を感じた彼女だから立ち上がったんじゃない。彼は、“旅芸人”であったからこそ立ち上がったのだ。

 きっかけは彼女で間違いないだろう。でもやはり何度も言うが彼女でなくとも彼は今この瞬間に牙をむいただろう。それこそ、そういう“面白い”性格だからなんだろう。


<ピッ【Lv-268】



・・・



 湧き上がる闘志に背中を押してもらい、とめどない向上心で前を向いた。


「すぅーはぁー……」


 何十と迫る魔物の群れを前にして、ありもしない()()|を被る。殺し切れていなかった叩き割り鉄巨人(ストルジニアント)人体遊解小気(チョンツムリ)が寄生し、奥の暗闇に見える魔物たちの気配はどれも巨大な物ばかりになっていく。先頭で腕を鳴らす武闘小鬼(リベンジジャム)は小さな体躯ながらも独特の得意のステップを踏み、強者としての立ち振る舞いでこちらを圧倒する。

 

<ピッ【Lv-265】


 (かたわ)らの希望の光が消え失せた今、絶望の暗闇は空間一帯を占領しその支配下に置いていく。それはこの世界の縮図であるかのように魔物と人々の力関係とそれに伴う悲しみの光景のようだった。

 もう一度だけ、呼吸をする。体はまだまだ鉛のように重かった。飲み込んだ空気さえも黒に色づいている気がしてひどく重い味だった。


<ピッ【Lv-263】


 最後の息を「ふっ」と吐き切って心を解放した。汗と血と埃と土でぐちゃぐちゃになった顔はいつもの動作で明るくなった。

 そして言葉は自然と流れるように“俺”から照らし出た。


「―――レディース(あ~んど)ジェントルメン!!! ようこそ今宵のお客様!!」

「今日!今!この瞬間からあなたたちを最高にもてなす素晴らしいショーをお見せしましょう! 誰も見たことのない、誰も経験したことのない夢物語、この『俺』が実現してみせましょう!」

「お客様の人生を彩る最高のひと時となること間違いなし!」

「それではまず―――」

 

 初動、手に持つ最後の武器を投げ捨てる。

 

<ピッ【Lv-251】


 乱雑に投擲された、と思われた短剣もどきの長剣は柄の部分だけを地面に当てて、むしろ加速したように回転を増し、武闘小鬼(リベンジジャム)に突き刺さる。


「アッと驚き!こんなところに一輪のバラ!」


 面白おかしくも俊敏に距離を詰めて胸に突き刺さった剣を引き上げる。敵からほとばしる血潮はまさに薔薇のように薄暗い迷宮を飾った。

 絶命し、迷宮に倒れた武闘小鬼(リベンジジャム)途轍(とてつ)もない衝撃を込められて殺されたためか、ちょうど目が恍惚としているかのように上がり、口元も大笑いするかのようにだだっ広く開いていた。


「おぉ!さしずめこれは俺に向けられたスポットライト! ここでカッコつけなければ男が廃る!」


 薔薇の血を全身に浴びて艶めく体が、ストルジニアントの僅かな鉄の煌めきに当てられて、まさしくそれは迷宮が与えた照明のように、明瞭に旅芸人を照らす。

 

<ピッ【Lv-200】


「おっかなびっくり鉄の人形は!こうしてああしてそうして、ほらこうだ!」

 

 ストルジニアントの巨体を駆け上がれば手品のように「ポンッ」と頭を反転させる。崩れ落ちる巨躯を滑り台のように楽し気に滑走すれば、勢い止まらず魔物の群れの真ん中に舞って着地する。

 獰猛(どうもう)な魔物たちは急に降ってきた獲物を見逃さず、一斉に群れて旅芸人の体を千より多くバラバラに分解しようとする。 

 だが“旅芸人”は止まらない。手を叩いて楽し気な歌を口ずさんでは迫りくる手と手をいなして、握りつぶそうとする手と同じく握りつぶそうとする手を繋ぎ合わせた。

 一緒に仲良く手を繋いで悶絶する魔物たちの中央にそびえる旅人は、くるりと回って剣で頭を吹き飛ばす。クラッカーみたいに陽気にポンポン飛ぶ頭は、波のように時計回りに派手さを演出した。

 魔物たちからあがるどよめきは、歓声か、応援か、はたまたただの感嘆か。今の旅芸人にはそのようにしか感じない。

 


ピッ【Lv-147】


「お次は―――」


 奇妙でありつつも何故か引き寄せられる独特な舞を披露する。さっきまでの振りまわすという扱い方より、あくまでも演出の一部、という出来にまで成りあがった剣は本来の役目よりやや違った方向ではあるが芸術的な動きに合わせて敵を倒す。

 時には魔物と肩を組んで痛快に迷宮を走り回り、前宙、後宙、ピタッと止まって首飛ばす。


 今までの「さすらいの芸人」としての経験を“戦闘”に応用して、旅芸人として魔物に芸を見せながらの戦いを行った。


<ピッ【Lv-99】


―――なんとも体が軽かった。さっきまでの窮屈な感じではなくて、本当の自分を新鮮に感じて芸を披露できる。恐怖の暗闇も、陰惨とした戦場も、敵の醜悪な雄叫びも、どこまでいっても俺という存在を輝かせるショーの一環などとしか感じられない。

 生きる心地よさ。浴びる快楽。降り注ぐ賑やか声。どこまでも続く観客の列。今この瞬間に迷宮は、俺と観客と彼女のための一回限りの伝説を作り出すステージでしかない。



<ピッ【Lv-50】


「ふっ!」


 しなやかな腕の伸びは人として生きる命の広大さを強調し、


「はっ!」


 キレの良い、止めの揃った足さばきは冒険者の、旅芸人の力強さを仰々に表現する。


「しっ!」


 計算された美しい軌跡をなぞる剣閃は、一部の狂いもなく鮮やかに敵を屠る。


 

<ピッ【Lv-25】


 機を狙って放たれた暗闇の殺し屋(スネイパー)の三連の砲撃は剣の平の部分で弾き、減衰した勢いを回る斬撃で再度弾いて暗闇の殺し屋(スネイパー)に向かって加速させる。返された弾は見事に敵の頭を潰し絶命に至らしめた。

 辺りを見回し敵を確認するがそれ以上の敵は見つからない。

 ようやく安心―――はまだ早かった。


「かjgぁdkjがl;gjかヵjkぁkjgdぁshgはhk!!!」


 灰化していく魔物の群れの奥、金属の音を立てて最後に地を揺らすもの現る。

 全身に纏った隙の無い防具、手入れはされてないがそれでも真新しい武器、それらすべてを携えて灰が舞う戦場に「ガチャガチャ」と歩いてきたのは―――人体遊解小気(チョンツムリ)だ。

 今日見た中では一番の装備の良さ。さらに悪いことにやつは武器を手に持っている。少なからずその切れ味のよさそうな()()()()の使い方を分かっているんだろう。

 やつは長剣を前に突き出し“構え”をとった。


<ピッ【Lv0】


 いつもの癖で剣を空中で回しジャグリングのように遊び、敵を観察した。


 全身を隈なく覆っている鎧は奴の弱点である背面への攻撃を許さない。そしてどんな手段を使ったのか見当もつかないが、おそろく中堅冒険者レベルを乗っ取っているであろうため、身体能力においても敵う気がしない。

 折れたにもかかわらずまだ酷使される借り物の長剣を見て、事態の深刻さを測る。長剣は唯一残っている部分さえボロボロでいつ砕けてもおかしくない程ひび割れているのに対して、やつの剣はキラキラと輝いている。

 当たってしまえばその瞬間に勝敗はつくだろう。こちらは絶対的防御力を持った相手への攻撃の手段を失うからだ。


 死の緊張とはまた違った心の張を感じ取り、やつを見る目そのままに終幕を迎える心の準備に取り掛かる。

 焦燥に駆られ汗がにじむ手のひらと、気づいたらいつの間にか大きくなっていた呼吸。剣を逆手に持ち姿勢を低くして勝機を確かめる。奴が醸し出す倒してきた魔物とは一線を画す“力強さ”に気を押さえつけられる。奴はまだ動かない。

 ならば……先にこちらから()()


「―――()()()()


 殺意で動こうと獣に成り下がった瞬間、耳で聞いた―――というよりも心で感じとった彼女の声。浸透するように焦る感情を撫で落ち着かせた。

 

「フィナーレは、一番、()()()()()……決めるも、ん……やんな?」


 大きく息をしながら、拙く、それでいて気丈に、俺を確かめるように彼女は聞いてきた。

 俺は必要ないと感じた()()()()()()笑顔で答えた。


「―――あぁ!じゅばジャーンと決めてくる!」


 にひっという彼女の笑い声を背に受け止めて、人体遊解小気(チョンツムリ)との短くも長い距離を詰めて寄る。敵もこちらの動きを見てか、剣を下段に構え、俺の走りなど鼻で笑うスピードで疾走する。急激に縮まる互いの距離。心の準備など出来ていなければおかしい。それが出来ていない者からもうすでに斬られているはずだ。両者、真剣のように鋭く真っ直ぐな気合を持って駆け寄る。


 最初に攻撃を繰り出したのは人体遊解小気(チョンツムリ)だ。文字通り人外な体の運用方法で桁違いの運動性能を見せ、下段に構えた長剣を間合いに入った瞬間に振り上げる。もし当たれば右腰から左肩にかけて真っ二つに切断されるだろう。

 しかし、奴の煌めく長剣は光り輝きながら空を切り裂く。俺はそれを回避できている。

 俺が避けたのは右か、左か、はたまた下か―――どれも違う。それでは上か。惜しいことに変わりないが少々違う。俺は奴の剣が単純な切り上げだと予想し、敢えて人体遊解小気(チョンツムリ)に飛びついた。つまりは“前”だ。

 剣をしゃがんで回避するでも身をねじって回避するでもなく、敵の剣を振るう腕に飛びついて前転の応用で地を蹴り上げて、飛びついた腕を軸に人体遊解小気(チョンツムリ)さえ飛び越して背面に回ったのだ。

 これで確実に背後をとった。鎧が防げない隙間がようやく見えた―――()れる。


「―――お兄さん!!!」


 突き上げかけた腕を全力を以てして止めて、地面に自分を叩きつけて伏せる。


「dkjがh;ldfkじゃl;kgjだ!!!」


 何とやつはその過剰な身体能力で後ろに回った俺めがけて、振り上げた長剣をそのままの勢いで自分の背後に叩きつけたのだ。体を大事にしていない暴力的な行動で、腰の骨を折りつつ、腕の骨も折ってまでして無理やりに攻撃をしてきたのだ。

 スペラの咄嗟な叫びがあったからこそ難を逃れられた。俺のしゃがんだ状態での頭上すぐぎりぎりを剣が掠めていく。

 ずっぽりと迷宮の床に突き刺さった剣は簡単には抜けず、さらには無理やりな攻撃の反動で上手く体が動かせなくなってしまったこいつは不格好な状態で一瞬の間、制止する。

 それを俺は待ちやしない。


ピッ【Lv1】


 刃渡りの短くなった剣を、立ち上がる時の勢いを乗せて、さらにそれに地面を蹴る力を上乗せて、跳躍しながら斬り上げる。逆手に持った剣で腕力も加えて薙ぎ、鎧が守る胴体ではなく、(めん)(どう)の間の“首”を飛ばし斬る。

 頭が無くなったことで痙攣(けいれん)する冒険者の亡骸目掛けて、空中から落下する。狙うは一点、ただ一つのみ。


「これで―――」


 首が無くなったことで露わになった脊椎に長剣を穿ち放つ。


「―――おしまい!!!」


「ggggggggggggggggg!!!!!!!」


 乗っ取った生物ではなく魔物本来の断末魔を残して人体遊解小気(チョンツムリ)は砕ける。刺し込んだ剣を引き抜き、先人の冒険者を弔う。

 飛ばした頭を拾って胴体と共に置き、合掌して冥福を祈った。


 そして、歩き出す。

 

 朗らかな笑みを浮かべる彼女の手を取り、歩けない彼女を背負う。「ゴゴゴッ」と鈍重な音を響かせて諦め力尽きたように開いていく通路。

 今日の舞台の感動を噛みしめて、疲れ切った体を労って、全ての魔物の気配が消えた物寂しい通路を歩く。

 まだ体調が悪そうに蒼白な顔をしているスペラは、それでも愉快そうに鼻歌を迷宮に響かせた。

 上機嫌なスペラに俺は伝え忘れていたことを思い出し口にする。


「スペラ、ありがとうな。いろいろ助かった」


 なお嬉しそうなスペラは、


「いえいえーどういたしまして~。そんでこちらこそ助かったよ~ありがとね」と元気よく言った。


 調子が悪くとも、良い笑顔で“嬉しい”を放つ眩しいスペラに俺は胸の内を明かす。


「スペラ……よかったら、今度、また芸を見てくれないか?今度はこんな物騒なところじゃなくてさ」


「うん? お兄さんずいぶん楽しそうに戦うなーって思ってたら、やっぱりそういう関係のお仕事やってるん? あ、もしかしてそれが本業ってやつ?」


 もう、彼女に隠す必要性は全くないので隠さず打ち明ける。


「あぁ、俺は『さすらいの芸人』って名乗って日々芸を披露している芸人だ」

「そして俺の名前は―――()()()()()、旅芸人の【ジーニルス・アレイ】だ、改めてよろしく」


「はいはーい! やっと名前分かったよお兄さん!今まで聞きそびれてたからね~。良い呼び方考えないとね!あー君? アレッ君? それともジーちゃん?」


「そんな変な呼び方はよしてくれ……ジーちゃんに至っては意味が変わってくるだろう? そんな呼び方『アレイ』だけに『()()()~』ってね」


 突如吹いた冷たい身も凍る風がスペラを襲った。その風はまさに何物も動けなくする極寒の寒さ。

 

「あ、あれ? どしたの?」


「……()()()ほんとに芸人なん?」


 スペラの怪しんだ声と目つきに、動揺し「えぇぇー!?」と子供のように楽しく叫ぶジーニルスだった。


・・・


<ピューン【Lv-273】



 

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