「会合」―――②
絶妙に投げられていた石塊は俺に何ら身体的ダメージを与えることなく、それでいて見事に壁に固定していた。
両手を合わせて良い笑顔で謝る目の前の少女は、手を振ると、俺を打ち付けていた石塊は全て遠くの方に飛んで行った。見間違いなくそして語る必要もなくこれは到底人間のなせる業でない。
解放され地に足を着けた俺は驚きと畏怖を含めた視線を彼女に向ける。
俺の不躾な訝しんだような目線が不快でないのか、それとも気づいていないのか、不思議そうな顔を浮かべて傾げる少女。
「どしたの? もしかして……どっか痛い?」
「い、いや……少し驚いていた、あんな高度な魔法を使える人物がこの都市にいたとは」
要らぬ気づかいをさせてしまった、と慌てて両手を横に振り誤解を解く。
「まほう……?なにそれ?」
「え、? 魔法じゃない? てっきり今の一瞬で石を動かしたのは魔法なんだと」
「うーんどうなんだろう……」
さらに驚いた。あんなにめちゃくちゃ高度なことを平然としておいて、魔法を知らないと来た。何かやましいことがあって嘘をついているんじゃないかと疑いたくもなる。
「あ、あのステータスカードは持っていないんですか?見せていただけませんか?」
手っ取り早く不思議な力の正体を暴くべく頼んだ。
「うん?すてーたすかーど……あぁ!タッシーに貰ったやつ」
「はい!うちは【スペラ・プレストーテ】、よろしく!面白い恰好をしたお兄さん」
元気よく挨拶をされながら、こちらも「よろしく」と言って彼女のステータスカードを受け取る。
―――「スペラ・プレストーテ」―――【Lv5】
学生 ~~~【万物運送】~~~
≪ステータス≫
攻撃力:5 防御力:6 素早さ:5 器用さ:27
魔法力:7 抵抗力:5 行動性:50 能力性:異能極限型
≪スキル≫
【万物運送】
―――――――――――――――――――
驚きすぎて変なため息が出た。なんだこの貧弱ステータス。俺より低い。
こんなの、そう……まさにただの一般人の女の子じゃないか。いったいどうやってこんなところまで……いや答えなんとなくだが出ている。さっき彼女が行使した力だ、憶測の域を出ないけれど彼女の持つスキル―――不思議な力―――が彼女をここまで生存させたんだろう。職業欄の隣にある、歴史に名を残すような人物だけが記載されるという『称号』の欄が空白でないこともすごく珍しくて不思議だけれど、これ以上は見ても何も分からない。貴重品を渡されたように持ち方を変えて、変わらずニコニコ笑顔な目の前の少女―――スペラにステータスカードを丁寧に返す。
「ありがとうございます、見た感じあなたのは魔法なのかもしれませんしスキルなのかもしれない」
「深いところまでは冒険者についてあまり深く知らない俺では答えられなさそうだ」
「うー、そっか、まぁいいや。別に」
「それとお兄さん! うちに気づかいは不要! 仲良くスペラと呼んでなぁ~~~」
「そ、そうスペラ、それじゃあ確認なんだけど君が捜索対象の“バカ”ってことでいいのかな?」
「は?」
若干キレたように反応する。
唐突に言ってしまったことをすぐに理解してもらうため、たぶん何も知らないだろうスペラに俺は依頼書の内容をそのまま読んで聞かした。
「……はぁ、タッシーめ、こんな恥ずかしい依頼たてて……もうグレテやろか」
頬を膨らませてタッシーとやらの先ほどからチラチラ出てくる人物に怒りを向けるスペラ。この依頼が元は“採集系”の依頼で出されていたことは内緒にしておこう。
「ということは君が依頼対象で間違いなんだね。この依頼にはなかなか帰ってこないと書いてあるけれど何かあったの?」
「うーん……うちらちょっとした用事でこの帝国?に来てるねんけど、うちはすっごく暇やったから『暇やー暇やー』って言ってたら、迷宮にでも行ってこい言われて、なんか面白い物でもあるんかな~思てたらなんや怖いのしか出てきいひんくて、帰ろう思たけど道に迷ってここにやっとさっき辿りついてん」
「あ、まさか迷宮行って来いって冗談?あぁ……恥ずかし……」
今度は頬を少し赤らめて両手で隠すスペラ。どうやら彼女は表情豊かでにぎやかな性格の持ち主のようだ。そして、挙動からすこし天然なところも見受けられる。
「そ、そっかまぁ無事だったなら安心だ。君の仲間も依頼を出すくらいなんだ、少なからず心配はしてくれているだろう。俺はこの迷宮の地図を持っているから、一緒に帰ろう」
不思議な依頼対象の詮索もそこそこにして、こんな危険な場所から早々に抜け出すため行動を開始した。
「お兄さんは冒険者さん?」
たぶん、というか絶対に僕より強い子が同行してくれているこの状況でも怯えた行動をとり、姿勢低く足音を殺した動きをとる俺に、スペラは賑やかな商店街を歩いているような気分で聞いてきた。
「あ、あぁ。副業でお金稼ぎに冒険者をやっている」
「ふぅーん、じゃ、本業は?」
「それは言えない」
うっかり「さすらいの芸人」をやっている時の意地悪な言い方が出てしまい、敢えて副業で、なんて言い方をしてしまいスペラの興味を誘ってしまった。にしてはもちろん最初から本当の事を言う気など無いのだが。
「えぇ~気になる~。まぁ言いたくないならいいけどさ」
「あ、それと最初から気になってたんだけどお兄さん何でそんなに最先端どどどどーんな格好なん?」
「さ、最先端どどどどーん? ま、まぁこれは魔物との戦闘で噛まれてこうなったんだ、決して趣味ではない」
「あ、そう。この世界の事まだ慣れてないからてっきりそういうもんなのかと思っちゃったよ」
「ん?……どういう意味だ?」
「あ……!!?? ……う、うちはヘンキョウのダレもシラナイむらシュッシンデ……」
確信。彼女はきっと嘘や隠し事には向いてない。俺も素の状態では偉そうなことを言えたもんじゃないが、ここまで酷くはない。俺ですら何か人には言えない重要なことがあると分かってしまう。
とりあえず「あ、そう、だからか」と間に合わせたような返事をしておいた。
そうして何気ない会話が続いていた時。
臆病さで鍛えられた俺の感覚が僅かに敵の存在を感知した。
「……スペラ、なんとなくだがこっちの道は危ない気がする、迂回していこう」
やや先行する彼女を手で御して、小さめの声で伝える。
「ん?お兄さん心配性だな~大丈夫だって、そういう勘とかはヴィルでもない限り当たらないって」
スペラの「あ、ヴィルっていうのはね―――」というこの魔物に見つかるか見つからないかの緊急的状態にはあまりにも似つかわしくない外れた緊張感の無さに、ほんの少しだけ感情的になって俺は、
「頼むから、聞いてくれ。俺は危険なことはしたくなくてだな―――」
「―――危険なことって先にいる怖い奴らの事?」
「な……」
俺はスペラの相変わらず緊張感のない言葉に驚きを隠せない。口を開いて、まさに「あんぐり」といった感じで驚く。
スペラはカードを見た限りただの一般人レベルだったはずだ。それすなわち冒険者といての勘が育っているわけがない。なのになぜわかった?俺は何も言っていなかったんだぞ。それに俺でさえただ何となくという感じだったのに、スペラは確信をもってそれでいて「だから?」といった態度だ。
「ダイジョブダイジョブ!そのくらいの事なら危険とは言いませーん」
そう明るく言い放ってスペラは俺の制していた手を通過していく。
「ま、待つんだスペラ!?君がいくら強くても魔物が危険なことには変わりないんだ!」
モンスターの唸り声が聞こえてきた辺りでようやく確信が持てた俺は、同時に一瞬だけ助けに行くか悩んでしまい、立ち止まってしまう。けれど自分を奮い立たせて彼女の後を追った。
そこで見た光景は―――
「【運べ】」
彼女が短い言葉を発し、指を空気をなぞるように振ると、魔物は生物的な動きから壊れた物体のような不可解な挙動をとった。
叩き割り鉄巨人と呼ばれるアルセナールの迷宮でも厄介な魔物トップ5に入る、硬くて強くて図体のデカい倒しにくい魔物が、なにか不可視の力が働いてでもいるかのように、そしてそれに抵抗しているかのようにわざとらしく痙攣をして、そう見受けられた直後には頭の部分が吹き飛んでいた。
それはまるで、昔子供の頃に遊んだ出来の悪いお人形が、すぐに頭が取れてしまうかのような光景だった。
擬音で表して「ぽーん」が正解だろう。
彼女のことを軽んじるつもりは全くなかったし、さっき石をくらったから警戒もしていたが、それでも過小評価し過ぎていたんだと今になって気づく。
この子―――【オームニア・プレストーテ】という少女は俺が無意識に縛られているステータスの概念を覆す……まさに桁違いの存在だ。