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たかだかLv-273の旅芸人  作者: ヒカワリュー
わたくし、人呼んで『マイナス芸人』
4/9

 「体験」


「ここが……」


 グラグラと揺れ続けた車体が止まったことで目的地に着いたことを知らせ、乗車人数ぎりぎりの狭いスペースから顔だけを外に出して景色を見た。

 一目見ただけで俺は言葉を失った。

 いつも見ている低級の迷宮がボロ小屋だったかのように、“アルセナールの迷宮”は巨大さと荘厳さを併せ持った建物だった。

 軽く調べた情報によると、全十五層からなるアルセナールの迷宮は迷宮という名にふさわしく入り組んだ構造になっていて、迷いやすく、踏破にはそれなりの時間がかかるそうだ。

 しかしその入り組んだ構造により多数の敵との遭遇は極めて少なく、魔物は一体で行動していることの方が多いそうだ。冒険者に好まれる理由はそこにあるらしい。

 それに迷路といっても散々開拓されてきた迷宮だけあって、いたるところに先人の痕跡が存在するため、今ではもうよほどのことがない限り迷わないらしい。

 

 冒険者の集団が続々と馬車の中から降りていき、各パーティごとに準備を始めていた。

 装備の最終確認をする者たち、メンバーと作戦を考えている者、依頼のチェックなど、やはり中堅冒険者らしく大胆でありながらも繊細で慎重だ。

 そんな冒険者たちの群れを横切るように、冒険者らしい工夫ができない場違いな俺は一番乗りで迷宮に入るのだった。

 

 入り口はまさに洞窟のような形で常時開いていて、外の晴天とはまるっきり違う暗闇がこの世とあの世を隔てる壁のようだった。

 馬鹿が設計したように何の工夫もない四角形のこの迷宮は入ってみると少し狭く感じた。窮屈とまではいかないが、馬車から見たあの巨大さと比べるとどうしても狭いと感じてしまう。


(あ、なるほど、だからこその迷路か)


 一人寂しく、くだらないことに正解を見つけてはこんな調子じゃよくないと、すぐに自分を正し、量産されて価値が低くなった迷宮の地図を見る。

 

(依頼書にはアルセナールの迷宮としか書いてなかったし、それにその迷宮だって確証がある感じでもなかった。さて、どこを探したものか……一応、受付には「安全エリア」とかいう低レベル迷宮にはない場所が有力候補だと教えられたが)


 馬車が来るまでの待ち時間で調べたこと、安全エリアについてだ。どうもそのエリア内には怪物(モンスター)は発生しないため、長い迷宮攻略の休憩所となっているらしい。だから遭難した人間が一番最初に向かうのは安全エリアだそうだ

 安全エリアがあるのは三階、五階、十四階、の三つ。逃げるだけなら俺の貧弱ステータスでも十分可能。日帰りで考えるならば行けたとして六層が限界。ならば……よし三階と五階を捜索して見つからなかったら帰ろう。そう決めて行動を開始する。


 歌って陽気、騒いで元気なパーティーのムードメイカー旅芸人は、黙って行動、しゃべるな厳禁のただの臆病者へと成り下がり、泥棒のように静かに歩いた。

 物音ひとつが自身の終わりを告げるベルだと自分に言い聞かせ、魔物に気づくのが遅れればそれだけでピンチなのだと自覚を持った。

 使いもしない短剣を腰から抜き、恐れを擦り付けるかのように深く握る。

 この迷宮に出現する怪物は総じて鉱物を身にまとっていたり防御力が高い頑強なものばかり、よって雑魚な俺の短剣など歯が立たない。

 つまり今日やることは絶対に逃走以外なにもないのだ。一般論からすればこんな舐めてるとしか思えない俺は糾弾されるべきなのかもしれないが、冒険者とは主に自己責任が原則で、他人にケチやおせっかいを付けるのは冒険者間ではあまりない。その代わり煽られることは多々あるが。

 それに自分自身でも馬鹿なことをしているというのは重々承知している。それもやはり朝の出来事が効いているのかもしれない。

 今すぐにでもこの街を去りたいとどこかで思っている。

 まだ少し、恥ずかしい。


 一人で勝手に頬を赤く染めていると、進行方向からコツコツと人間らしい足音が聞こえてくる。

 規則的な足音は人間である信憑性を増し、俺の警戒を解く。

 それでも、相手にすることもなければ何か干渉するわけでもないし無視して横切ろうと考えたその―――瞬間。

 

「―――dじゃいdgaどーヴajjヴぁいべ???」


「……? まずっ―――」


 軽快で鈍重な破裂音一つ。俺の景色は空を舞う。


「じゃどがおばはiiiiiiiiiiiiiiiii」


 狂人のような意味不明な怒号をあげ、口を480度開き内面を外面へとリバーシブルのように変貌させて赤々しい肉を露出させ、身にまとった土塊が余計に汚らしさを表現する。

 間違いない魔物(モンスター)―――『人体遊解小気(チョンツムリ)』だ。

 

 自身より大きな生物に寄生し神経を乗っ取り生物を意のままに操るモンスター。奴は好んで人間に寄生し、脊椎を侵食し自身が成り代わることで人間を操る。

 脳はあえて侵食しないことで寄生者をある意味生存させ、生み出すエネルギーを横取りすることで自身の糧とするモンスターの中でも倒しにくい部類のやつだ。


 

「kぁjどあdごあいふぁがkjjjがgじゃがるいhhhhhhh」


 人体を尊ばない悪辣な本能でいろいろ飛び出た頭から突っ込んでくる。今度は事前に来ることが分かっていたので、這いずって回避に成功する。

 先ほどの攻撃もかなり離れた場所から、俺が暗闇から人の形をようやく認識できたあたりから一直線に飛び込んできやがった。この宿主を大事にしていない感じからして、間違いない。耐久限界を迎えているんだ。

 奴の寄生した人物はもう死んでいる。だからこそ次の寄生先を確保するために躍起になっている。そして、やつが見つけた丁度いい新居が―――“俺”か。


「ッ……」


 吹き飛ばされた時に受け身に失敗したため、背中から迷宮の堅い地面に激突して痛む背面。急な衝撃で肺が空っぽになり上手く呼吸ができない。

 気づいていても反射的に避けられなかった自身の能力の低さを悔やむ。


 冒険者の職業―――“旅芸人”は職業の契約を行うことで()()()()()に支えてもらい、素早さと器用さなどの旅芸人らしいステータスが上昇しやすいと冒険者登録の時に聞いた覚えがある。

 この不思議な力というのは未解明の領域でいまだに何なのかはよく分からないが、賢者云々の時代よりもっと昔から存在する。

 お隣の大国―――『聖国』には何代も引き継がれてきた“聖女”というものがいるらしいが、なんでも一見か弱そうな乙女でも魔物相手にはめっぽう強くなるそうだ。

 そういう【Lv】と【ステータス】と【()()()】を持っているんだろう。

 対して、チョンツムリと遭遇している俺は“旅芸人”であって、マイナスLvに貧弱ステータス、おまけに()()()()()を直接行使できる『スキル』も何一つ持っていない。

 

 敵と相対した時点でこうなるとは最初から分かっていたが、旅芸人としての派手さも優美さも演出できないことに謝罪したい気持ちで一杯になる―――けれど命を大事にして逃亡を意の一番に考えた。

 無様に転がりながら来た道を戻る。

 チョンツムリは突撃が避けられたことで迷宮に潰れた顔面を押し付けている。再度動き出すまでにはまだ余裕があった。

 さっきまでの俺の決断を馬鹿にしたり無駄なものにしたくはないから、声に出さないように気づかないようにしているけれど、チョンツムリの唸り声が聞こえないあたりまで来てとうとう言ってしまった。


「……来るんじゃなかった」


 何をいまさら、と私は一人ツッコんだ。

 

 

 

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