「餓鬼」
《―――誰かを笑顔にしたかった―――》
世界に蔓延る『悪』を消せないまでも、その悪がもたらす陰惨とした真っ黒で底抜けに沈むような暗い世界を、少しでも明るく照らしてあげたかった。
町に居れば毎日のように聞こえてくる悲しい報せ。つい昨日まで自分と一緒に町の広場で遊んでいた“あの子”も、今までが嘘のように死んだ目と凍った表情を浮かべていた。
『何をそんなに落ち込んでいるんだい?』
底抜けに前向きな“僕”が明るく聞いてみても返事はない。
ただ動くことが可能な彫像のようにぎこちなく顔を向けて、『逆に何がそんなに楽しいのだ』という風なことを聞いてきた。
昨日までのあの子を知る自分にはもはやその声は同一人物とは思えない。
驚いて、そんなあの子を正気に戻すために、
『どうしたんだよ、ほら思い出すんだ! 英雄を賢者を、そして勇者の名を!」
『君も好きだっただろう? この暗い世界を救ってくれる唯一の存在だ!彼らがじきに助けてくれる、とあんなに楽しそうに言っていたじゃないか』
『それにこれも見てよ! 君は要らないといった“旅芸人”様のあの御業を再現してみたんだ、よっよっよっと』
『ほらね、すごいだろう!?』
楽しく語り合った良き思い出の存在を言葉にし、自身の憧れを、とっておきにと残しておいた摩訶不思議を再現して見せた。
全てはあの子を思っての行動、全てはあの子ともう一度楽しく遊びたいという己の純粋な欲求。
そんな短絡的な行動しかとれない幼少の自分を、ただ背伸びしている自分を、濁った純粋な目で見透かすかのようにあの子は、
『母は死んだ、賢者は死んだ。父は死んだ、勇者は死んだ』と二度同じことを続けていった。あの子の、まるで全てを恨むかのような声と雰囲気は、溢してしまった言葉に己を言い聞かせる意味を含ませていた。
もう両親はいないのだと、早く理解しろ、と。
言葉を発した彼女は何かを待つように僕を見ている。
でも、自分は掛ける言葉を一瞬にして見失ってしまう。そもそも自分がかけてあげられる言葉など最初から持ち合わせてはいなかったのに、何を思い上がっていたのか。
軽い絶望を体感して自身の手から、摩訶不思議に使うアイテムと希望が同時に落ちた。
『さようなら』
一瞬の静寂のあと、視線を下に向けたあの子は目の前にいる人物に向けての言葉にはこれっぽっちも聞こえないような、ただの独り言のような言葉を発して、向こうへと行ってしまう。
高貴なあの子が身に着けていた子供の遊びには不必要に荘厳な服が、今日ばかりは輝きを失っていたのを、あの子の後ろ姿と共に今でも覚えている。
そして、その輝きの失ったあの子の服とあの子の後ろ姿が、最後に見た“あの子”だったのだ。
―――今日も、嫌な報せは耳に届いた。
勇者と賢者の家族が暮らす都が一日にして“魔物”の群れによって壊滅したという。助けに行った者全員に話を聞いても誰一人として生きている人間は見つけられなかったそうだ。
それを聞いても悔しさで拳を握ることもできなかった臆病な己は、摩訶不思議を部屋の角に乱暴に投げ捨てて、薄い布団に包まって、貧弱な涙で手を濡らし続けるだけだった。
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