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第97話 ラブレターは都市伝説(3)

(――にしても、これは、ほぼ『ヴァルプルギスの惨劇』で確定か)


 騎士とはそのまんま、最先端科学兵器で武装したお兄様の兵士である。対する魔女は、西洋におけるアイちゃんたちみたいな異能者を指してる。


 ぶっちゃけていえば、お兄様の派閥は、西洋の呪術的なテクノロジーを掌握できていない。だから、その不利を補うために、東洋で似たような呪いの科学的研究を進めているママンと提携してきたという設定なのだ。


 そしてお兄様的には、今、戦力が十分に整い、敵対派閥の技術を根こそぎ奪う準備ができたという訳である。


(まあ、でも、これ、本来、確定負けイベなんだよなあ……)


 本編の正史においては、お兄様はこの戦闘において、予想外の大敗を喫することになっている。


 その敗北で兵力の大半を失い、政争で劣勢に立たされることとなったお兄様は、次第に追い詰められていく。そして、俺たちが高校生になる頃には、お兄様はいよいよ進退窮まって大暴走。起死回生を狙い、シエルちゃんを生贄にヤベー計画を発動しようとする――というのがシエルルートの筋書きである。


(ようやく、シエルルートに干渉する機会が巡ってきたか……。俺が全力で手を貸せば、お兄様は多分勝てる。――けどなあ)


 本来なら逡巡する必要はない。お兄様がピンチにならなければ、シエルルートが発生することもないのだから。


 にも関わらず、俺が迷わざるを得ないのは、この戦闘が別の大きなフラグに関わっているからだ。


(絶対、現地にいるんだよなあ……。続編のメインヒロインちゃんが)


 くもソラ本編においては、誰がお兄様をフルボッコにしたのかに、焦点が当たることはない。


 それが明らかになるのは、続編の『ヨドうみ』においてだ。


 続編メインヒロイン――ことヘルメスちゃんの登場シーンは回想から始まる。お兄様部隊に襲撃されたヘルメスちゃんはそこで仲間を殺されたりなんなりで色々トラウマをこさえて暴走して、結局皆殺しっちゃう訳だが――。ともかく、ここで、実は万全の準備を整えて挑んだお兄様をフルボッコにしたのが彼女だったんだな、とくもソラプレイヤーは知る訳だ。



(要するに、ここでもしヘルメスちゃんを殺しちゃったら、『ヨドうみ』の物語がそもそも始まらなくなっちゃうんだよなー)


 続編においては、政争が決着し、西洋で支配的地位を手に入れた財閥が、ママンの研究をも手に入れようと画策する所から始まる。その先兵として、最強のヘルメスをママンの学園へ『留学』させてくるという訳である。組んでいたお兄様がやられて立場が弱くなったママンは、その留学の申し出を拒否できないのだ。


 つまり、もし、俺がここでお兄様に協力し、現時点でヘルメスちゃんを倒すと、色々支障が出てくる訳だ。


(もし続編が始まらないと……。どうなる? ――まず、ママンの生存確率は大幅アップするな)


 続編のヘルメスちゃんルートでは、ミケくんと、とある理由でママンを憎むことになったヘルメスちゃんが組んで、石破ラブラ〇天驚拳(比喩)的なアレをかまされて、研究所ごとぶっ潰されるのがハッピーエンドとなっている。それを阻止できる訳なので、これは俺にとっては好都合といえる。


(――ただし、代わりに第三シリーズで世界が滅亡する可能性が爆上がりっと)


 第三シリーズの『はて星』につながる第二シリーズの正史は、当然、ミケくんとメインヒロインのヘルメスちゃんがくっつくいた世界線を前提としたシナリオだ。彼らはかなり無茶をやって世界中にあるヒュドラと同じような研究施設を片っ端からぶっ壊しまくって回る。当然、世界の権力という権力全てが敵に回り、やがて二人は玉砕しようか、というところまで追いつめられる。


 しかし、その頃にはヘルメスちゃんが懐妊しており、ミケくんはヘルメスちゃんを、時が止まった(この世でもあの)ミズガルズ(世でもない場所)に緊急避難させる。まあ、俺がアイちゃんをパワーアップさせた遺跡の親戚みたいな施設だ。


 んで、ミケくんは一人で世界を敵に回して、正義のために暴れ回る。かっこいいね!


 そして、第三シリーズでは、遠い未来にヘルメスちゃんが『発掘』されて、二つのチート遺伝子を併せ持つその子どもが主役になるって訳。


(要するに彼らが子どもを作ってくれないと、将来の救世主くんが産まれなくなる訳で……。どうするかなあ)


 未来を知っていても、それは俺の人生が終わった後のことだ。関係ないといえば関係ない。


 そう考えることもできなくはない。


(うーん。俺が自己中を極めるなら、ヘルメスちゃんを滅ぼして未来を見捨ててもいいんだけど、さすがに希望のない世界にしちゃうのはちょっと嫌だな)


 別に正義漢を気取るつもりはない。でも、この先俺が仮に全部のフラグを上手く捌いて、どこかの素敵な女性と家庭を気付いたとして、滅亡する可能性の方が高い世界に子孫を残すなんて残酷なことできるか? どんな事業を興して成功しても、将来滅びるんだと思ったらやる気失せるしな。人生のモチベーションが落ちる。


(じゃあ、放置して原作通りに進める? でも、元々、この世界線で、ミケくんがヘルメスちゃんルートを選ぶかも分からないしなあ……。いい方向に導くために介入できるならした方がいいか)


 そう結論付ける。


(ともかく、ヘルメスちゃんの身柄を確保して、ミケくんの所に送りこもう。ヘルメスちゃんのトラウマフラグを潰した状態での留学なら、ママンが殺される可能性は低い)


 ここはちょっと欲張って、シエル本編フラグ殲滅+ママン生存+世界救済の三兎を追ってみますかね。それに、上手くいったら、本編よりもミケくんとヘルメスちゃんを幸せにしてあげられるかも。


「……シエルのお兄さんの言ってる件が、『魔女の家(ウィッチラボラトリー)』を襲う件なら協力する。ただし、本丸の『グレーテルの(かまど)』は俺の部隊だけに任せて欲しい。もちろん、研究データには手を出さない。だけど、もし捕虜を確保できたら、その処遇は俺に任せて欲しいんだ。――母さんの所から受け入れている子だけじゃ、仕事が回らなくなってきてね」


 俺はそううそぶく。


 お兄様が俺の提案を受け入れるかはわからない。もし受け入れられない場合は、お兄様の提案を拒否し、放置で原作ルートを辿るしかなくなる。


 なぜかって、お兄様との混合部隊を展開すると、こっちの手の内を明かさなきゃいけなくなるから。


「……そんなことを言って。あなたは救いたいんでしょう。アイや他の娘たちのように。あなたの下に集った娘たちは、本当に幸せそう。初めて見た時とは別人のようですわ」


 シエルはそう言って、俺の隣に立って、窓の外に視線をやる。相変わらずアイちゃんがソフィアをおちょくってる。


「それは、みか姉がよく面倒見てくれてるからね」


 俺は本心からそう言った。みかちゃんのバブみは男女を問わず平等に降り注ぐのだ。


「それだけじゃないでしょう。結局、女を変えるのは素敵な男性ですわ」


 シエルが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。だいぶ心を許してくれてる感じの表情だ。


 まあ、俺も一応、主人公としてまめに気は遣ってるからね。ギャルゲーの主人公は金をとらないホストみたいな側面がある。


「……その素敵な男性が誰を指すのかはともかく、仮にシエルのお兄さんが俺の提案を受け入れてくれても、どこまでできるか、正直、わからない。魔女は、蛭子やプラナリアとはまた別のロジックで作られているから、身柄を確保できても、環さんの祈祷では癒せない可能性が高い」


 俺は話を本筋に戻す。


 たまちゃんのヒーリングが効くのはぬばたまの姫の呪いに対してだけ。他の呪術に対しては効果が薄い。


 万能のヒールなんてチートが使えるのは、それこそ、続編の主人公くんくらいのものだ。


「それでも、ワタクシは、あなたならなんとかしてしまうような気がしていますわ――不思議ですわね。男性に対してこんな感情を覚えたのは、お兄様以来ですわ」


 シエルが、隠し事を打ち明けるような秘密めいた口調で言った。


 シエルちゃんにとっては最上級の誉め言葉なんだよね。わかる。わかるけど、真実を知っている俺にとってはそれ普通にdisなんですけど!


「俺を買い被りすぎじゃないか?」


「確かに、男性とはヤドカリのようなものかもしれませんわね。身の丈に合わない大きな重荷を背負って、それがふさわしい身体になるように努力する。素敵ですわ」


 シエルは励ますように俺の肩に手を置いて、ふっと囁く。


 ラベンダー系のいい匂いがした。


「おいおい、『かいかぶり』ってそっちの貝かよ」


「ふふ、気付いてもらえてよかったですわ。こういうエスプリ、あなたとイノリにくらいしか通じないんですもの」


 つくづくお嬢様らしい言動に俺は感心する。


(でも、もしシエルお嬢様とくっついたら毎日こんなハイソな会話しなきゃならんのかな。正直めんどくね?)


 などと思いつつも、シエルちゃんのお喋り欲を満たすため、根気強く付き合う俺氏であった。


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