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第94話 禁止カードは運営の誤算

(さて、実験を開始するか)


 人目のつかない路地裏までやってきた俺は、再びスイーツの入った箱を開く。


 俺が今回、この洋菓子店にやってきた目的は、彼らからお礼のお菓子を入手することだった。もちろん、俺がスイーツ大好きだからではない。ちゃんとした理由がある。



 外伝は、黒歴史とはいえ、仮にもくもソラのシリーズの関連タイトルである。店の名前をぬばたまにひっかけて、俺をモブ客として登場させたくらいでそれを名乗るのはさすがにきつい。せめて、本編シリーズのキャラを登場させなくちゃ! とメーカー側は考えたのだろう。


 そこで白羽の矢が立ったのが――


(お前だ! クロウサ!)


 俺は頭に乗っかったクロウサの首根っこを掴んで、箱の近くに持ってきた。


 クロウサはシリーズのマスコットキャラクターであるし、こいつなら、洋菓子店にいても違和感ない外見だ。なんなら、ごち〇さ時空(きらら天国)に放り込まれても馴染めるだろう――とまで考えたかは知らないが、とにかく、外伝にはどのヒロインのルートでもクロウサが登場していた。


 外伝において、「本家とつながりがありますよ」アピールを一身に背負わされたクロウサ。それ自体はいいのだが、問題は外伝の中におけるこいつの行動である。


 いくつか例を挙げるなら、


『大輔くんに振られたと思い込んだヒロインが、傷心海外留学へ出かける決意をする。大輔君はギリギリで気が付いたけど、このままじゃ飛行機の出発時刻に間に合わない! どうする?』→『クロウサがひょいっと登場。大輔くんからおやつのケーキをもらっただけで飛行場にワープ!』


『夜な夜なお菓子を要求してくる謎の美少女幽霊。最初は大輔君がお店の本来の味のショートケーキを再現すれば満足するはずだったけど、その過程で大輔君のことを好きになっちゃったから成仏できないよー(>_<) どうする?』→『大輔君がクロウサのためにお菓子一年分を作る契約を代償に過去にタイムスリップ! 交通事故をなかったことにして、生存ルート開拓でハッピーエンド!』


(ああ、クソ! いらいらがぶり返してきた。外伝ライターは、一体、クロウサをなんだと思ってるんだ。こいつはドラえ〇んでも、アンパン〇ンでもないんだぞ! 大体、クロウサが好きなのはスイーツじゃなくて、生肉だ! 生肉!)


 たぶん、外伝のライターは本家をプレイせず、設定表(キャラプロット)だけを見て適当に書いたのだろう。確かに、クロウサはかわいくて便利な舞台装置ではあるが、それだけではない。神話の闇を背負った、業の深いキャラクターである。奇跡には相応の代償が伴うもの。そこはきっちり踏襲して欲しかった。


(まあ、今となっては好都合な訳だが)


 なにせ、本編では血やら肉やら現金やら生々しい契約の代価を要求してくるはずのクロウサが、『思いのこもったケーキ』ごときでワープ機能やタイムスリップを提供しているのである。これは価格破壊だ。どんだけ高くても、せいぜい一切れ1000円そこらのケーキが、諭吉の束と同等の効果を生むのだから。


 つまり、この黒歴史なケーキ屋は、上手くいけばクロウサチートにかかる莫大なコストを踏み倒せる可能性を秘めているのである。もしこれがカードゲームなら、強欲〇壺みたいな禁止カードになっていることだろう。


「さて。これは、大輔くんが俺のために思いを込めて作ってくれたケーキだ。本当に、本当おおおおに惜しいが、その内の一つをお前に捧げよう。全く断腸の思いだ。帰りの駄賃はこれで十分だよな?」


 俺はわざとらしい悲しみの表情を作って、カップケーキへクロウサの顔を近づけていく。


「ぴょ、びょびょびょ、びょおおおおおおおおおおおおおお、ぴょわあああああああああ」


(さて、 あっ、めっちゃ嫌そうな顔)


 いつもはキュートなクロウサが、ハダカデバネズミのごとく前歯を剥き出しにして顔をしかめている。目は血走り、今にも眼窩から飛び出しそうだ。


 きっと、クロウサの中で、設定のコンフリクトを起こしてるんだろうなー。本編の設定的にはこんなヌルい代償で奇跡は起こせないが、外伝では確かに許されている訳で。


「『あの店のスイーツは生贄として使えるが、できればやめて欲しい』そうだな?」


 俺はクロウサをケーキから離して、確認のために問う。


「ぴょ、ぴょいぴょい」


 クロウサが何度も頷く。


「わかった。今回はやめておこう。言っておくが、なにも嫌がらせでお前にこんなことしてる訳じゃないんだぞ。何ができて何ができないかは適切に把握しておくために仕方なくやってるんだ。だから、俺は日常的にこのチートを使うつもりはない」


 いくら抜け穴があると言っても乱用するとクロウサの好感度がダダ下がりしそうだからな。


「ぴょふー」


 クロウサがほっとしたように溜息をつく。


「でも、もし必要な状況になったら、俺は躊躇なく禁じ手を使う。それは覚悟しておいてくれ」


 俺は釘を指す。マジで使うような事態にはなって欲しくはないけど、予防線って大事。今からこう宣言しておけば、有事の時に好感度-100のダメージを、-20くらいには軽減できるかもしれない。


「ぴょ、ぴょい」


 クロウサが神妙な面持ちで頷いた。


 いかに外伝が優しい世界だろうと、俺の日常は地雷原の綱渡り。


 常に保険は用意しておかなくては。

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