第88話 人はみんな多かれ少なかれ何かの依存症
「……わずかに、本当にごくわずかにですが、呪いの残滓を感じます」
祭壇に飾られた納豆を見て、たまちゃんが厳かに呟く。
「やっぱり、そういうことか……」
納豆の隠し味に、ぬばたまの姫の呪いが含まれていたんだ。だから、本来納豆嫌いの俺がおいしいと感じたんだ。文字通り病み付き(直球)になる味。こえー。伝奇ものこえー。
ああ、でも、俺はこれからもあの納豆を食い続けなきゃいけないんだよな。この感覚はあれだ。今までおいしく頂けていたお菓子のパッケージ裏の成分表示を見て萎える感覚に近い。
「これ、やっぱり売ったらまずいかな?」
「構わないのではないでしょうかー。この程度の呪いならば、毎日食べ続けたとしても、心身に霊的な影響が出ることはないかと思われますー。もっとも、百年、千年の単位で子孫に呪いが凝縮されていけばわかりませんが……。適切な例えかは分かりませんが、放射能自体は危険ですが、ラジウム温泉などの放射能泉は身体に良いとされています。それと似たようなものかとー」
たまちゃんはのんびりとした口調で答えた。
そりゃそうだよな。納豆食っただけで発狂するなら村人全員逝ってるよ。
「なるほど。とっても参考になったよ。ありがとう」
「いえー、わたしも美汐さんのお漬物は好きなので、食べられなくなると悲しいですからー。お団子の箸休めにお出しすると、参拝客の皆さんにも好評なんですよー」
「ぷひ子に伝えておくよ」
そんな会話をした後、たまちゃんに多めの初穂料を納めてから、俺は自宅へと帰りついた。
(さて、どうするかな……)
安全策をとるなら、少しでも危険性があるような代物は、出荷停止にするに限る。
(ぷひ子にもここまで開発協力してもらった以上、計画をポシャらせるのもなあ……)
ヒロインの努力を実らせてやるのが主人公の責務なのだ。
それに、薬は毒であり、毒は薬なのだ。
俺の人生には関係なくとも、ここで種を撒いておくのも、ひょっとすると悪くないかもしれない。
「……これは、お前のためのボランティアでもあるんだからな」
俺はアイちゃんが仕留めてきた鹿肉を貪るクロウサの背中を撫でる。
「ぴょい?」
クロウサは小首を傾げて、つぶらな瞳で俺を見る。
呑気だな。
だが、はるか遠い未来で、お前はきっと俺に感謝することになるぞ、クロウサよ。




