第87話 農業の六次産業化は田舎の悲願
こうして、俺はぷひ子を一人前の漬物屋にすべく行動を開始した。
まず、近隣の農家と契約し、大豆や野菜を始めとする原材料を確保。
次に、俺たちの地元には漬物の加工所の設立し、雇用を増やす。
そして、デパートやお高めのスーパーなどへの販路の確保に、俺の所有する飲食店との提携も進める。
忘れちゃいけない広報活動。小百合ちゃんへのCMの発注。さらに、再び世界の白山名監督を招聘し、ぷひ子の漬物を題材にしたステマ映画も撮った。やたら名前に『き』の字の多い名女優さんを使った感動系のヒューマンドラマだ。もし今、スマホが普及していたら、漬物を擬人化したソシャゲを作っていただろう。
1×2×3=6で農業の六次産業化の推進を農林水産省が叫ぶことになるのはまだちょっと先の話だが、俺はすでに1×2×3×4=24次産業を爆誕させてやったぜ。
納豆や漬物ごときにそんなコストを割いて採算がとれるか? 採れる訳ないよね、そんなの。
(でも、ヒロインに対しての投資を惜しむ人間はギャルゲーの主人公にはなれないからなあ……)
続編でいきなり前作主人公が交通事故で死ぬところから始まるとあるギャルゲーでは、遠方に住むヒロインに会いに行く交通費を稼ぐためにバイトスケジュールをコントールするのが攻略のキモとなっていた。っていうか、せつなさ炸裂ってなんだよ。日本語としておかしくない? って思うけど、今でも覚えてるっていうことはキャッチコピーとしては優秀だったのかな。
などと自宅で昔のギャルゲーに思いを馳せていた俺の耳朶に、プルルルルルと固定電話のコールが鳴り響く。
これは――事務所の方からの内線だ。
「はい。俺だよ。何かあった?」
「マスター。お仕事中のところすみません。例の発酵食品の件について、研究所の所長がどうしてもマスターとお話したいそうです」
「ああうん。いいよ。つないで」
俺はそう答えた。
俺は手持ちの研究所に、ぷひ子印の発酵食品の検査を依頼していたことを思い出す。目的は、CMで健康効果を謳うためだ。
ほら。よくあるだろ? 『当社比で通常の納豆に比べて○○%の健康効果が実証されました』みたいなやつ。
「かしこまりました。それではおつなぎ致します」
事務娘ちゃんの声と共に、電話の相手が切り替わる。
「成瀬様でしょうか! お世話になっております。所長の御手洗です」
「お久しぶりです、所長。それで、何か商品に問題でもありましたか?」
「いえ、その逆です! すごいですよ。頂いたサンプルを解析しましたが、商品全てに著しい健康効果が認められました。特に納豆菌は、癌細胞への浸食するほどで、これをもはや納豆菌と呼んで良いものか……。私どもは、製作者の名前をとり、MS09株と名付けましたが」
所長が理系オタクっぽい早口でまくし立てる。
(なに、その菌、あゃしぃ……)
MS09株、めんどくせーからぷひ子菌とするが、あのぷひ子の名前を冠する菌がそんなに性質がいいはずはない。
「それは素晴らしいですね。大々的に売り出せそうです」
ぷひ子菌への疑念を隠し、俺は朗らかな声で言った。
「ええ。それなんですが、惜しむらくは、なぜか、成瀬様の村の近くで採取された水で培養しないと増えないという点が残念です。化学的純水などでは培養は無理でした。つまり、大量生産するのは難しいかと」
「なるほど。構いませんよ。元々地場産業に留めるつもりでしたし、『そこでしか作れない』限定品感は付加価値を生むので、地元の名物としてはちょうどいいでしょう」
「はあ……。それで、今回のMS09株が非常に興味深いので、できれば新しく研究チームを起ち上げたいのですが……」
ああ、はいはい。こっちが本題ね。
「予算を増やしましょう。必要な人材がいれば、推薦してください。審査の上、許可を出します」
「ありがとうございます」
「いえ。引き続き研究に励んでください」
俺は所長と和やかに会話を終えて、電話を切る。
(これは、ほぼ確定だろうなあ。たまちゃんに見せてみよ)
翌朝、俺はぷひ子菌への疑念の正体を確かめるため、こっそり食べ残しの納豆を作り、神社へと持ち込んだ。




