第77話 身体髪膚傷つけぬは五孝のはじめ(2)
「もしかして、敵は楓を雇った? 黒瑪瑙は暗殺向きだもんね。俺を消すには一番コスパがいい。でも、母さんは俺と楓に争って欲しくない、そうでしょ?」
俺は久々に思い出す。ヒロインの一人で、俺氏の種違いの妹ちゃんのことを。
オニキスのモース硬度は6・5~7。強さ的には、アイちゃんと同じくらいの素質を持ってる。
属性はヤンデレらしく闇。隠密行動で真価を発揮するタイプだ。
マイ妹ちゃんは『お兄ちゃんどいてそいつ殺せない』を地で行くタイプなので、他のヒロインの安全のためにも、俺の近くに置いてやる訳にはいかないんだよなー。
「……」
ママンは無言。
「『沈黙は肯定とみなされる』って、知ってる? まあいいや。俺の推測が当たっている前提で話を進めるけど、楓が俺に会いたがって、でも機会がなくて、じゃあいっそ敵という形でも――って感じかな」
本編では、とある事件で厄介な相手に恨みを買ったママンが、俺に累が及ぶことを恐れて、護衛のために楓を送りこんでくる。だけど、この世界線では、俺が早めにママンに牽制して派遣を拒否した上、今は俺自身ががっつり自己武装しているのでそもそも戦力を送る必要がなくなってるのだ。
とはいえ、自分の娘なんだから、いくら楓本人が望んでも、依怙贔屓してヤクザなんかに貸し出さなきゃいいのに、ママンは変に律儀なところがあるからねー。
「仮にそうだとして、あなたは楓を殺せますか。部下一人犠牲にできない男が」
それな。
主人公のキャラとしてはもちろん、楓ちゃん、実は幼少の俺氏を助ける手術に一枚噛んでるんだよなー。詳しい説明は省略するけど、楓ちゃんが死ぬと、俺に『穢れ』の逆流が起き、諸々の呪いパワーが強化されるよろしくないイベントが発生する。
「殺せないよ。――楓のおかげで今の俺があるんだし」
「じゃあ、どうします」
普通はどうしようもない。
これがただの現実だったら、上級ヤクザとドロドロの暗闘を繰り返さなければいけないところだった。
もちろん、ただのくもソラの成瀬祐樹でもどうしようもなかっただろう。
でもよかったな。俺が知識チートなおっさんで。
「――敵は俺たちに血を流させた上で面子を保ちたいんでしょう? じゃあ、その機会を提供するよ。俺は、竜蛾会のボスに神盟決闘を申し込む。フィールドは向こうが指定していい。地の利は譲るよ。んで、こっちは向こうのお目当てで、襲撃の陣頭指揮をとったアイを出す。――『金の人々』のお墨付きの決闘の結果なら、誰も文句はいえないね?」
『金の人々』とは、フリーメーソンで死海文書でエヴ〇のゼ〇レ的な、陰謀論と都市伝説が大好きな方々が大喜びしそうな機関の名前だ。信じるか信じないかはあなた次第です(キメ顔)。
「あの男、あなたにそこまで話していたのですか……」
ママンが底冷えするような声で言う。
ママンのパパンに対する好感度が急降下してるぅー。濡れ衣着せてごめんよパパン。パパンは何も言ってない。『世界の未来を巡るアレコレに息子を巻き込まない』というママンとの離婚時の協定も破ってない。
つーか、実は、シリーズにおける人物としての重要性は、俺よりパパンの方が断然高いんだよね。下手すりゃママンより上。
ママンは科学サイドの中ボスクラスだけど、パパンは魔術サイドの魔王の側近くらいの立ち位置だからなー。
「俺の情報源はともかく、どうかな? 母さんは、そういう神に誓うとかいう、オカルトは嫌いだろうけど、彼らの資金力と、政治に対する影響力は認めてるでしょ?」
「そうですね……。あなたの意図は理解しました。決闘名目なら、オニキスにあなたの部下が殺されても、ただ生贄を引き渡すのと違って、外聞もいいという訳ですか」
「――そう思ってくれても構わない。でも、これだけ譲歩したんだから、こっちも『本気』でやるよ。もし万が一、俺が勝ったら、母さんには色々迷惑をかけるかもしれないけど、許してね。あ、でも、どう転んでも、楓は殺さないから安心して」
「いいでしょう。装備で勝り、実戦経験で勝り、地の利で勝るオニキスを、サードニクスごときで鎮圧できるというのならば、それはそれで貴重なデータです」
ママンがいつもの平坦な調子で言った。いや、若干饒舌だな。
家族の安全の目途が立って、しかも俺がなんだかんだで楓ちゃんのことも考えていると知って嬉しかったのかな?
「じゃあ、そういうことで、今年もよろしくお願いします。年賀状も年始の挨拶にもいけないけど」
「必要ありません。無駄な儀礼は合理化の敵です」
ママンはそれだけ言い残して電話を切った。
クールだね。




