第69話 冬(2)
ダダダダッっと、俺とシエルは駆けだした。
前線の雪壁を確保し、翼たちと対峙する。
壁から一瞬顔を出す。
シュッ、シュッ、っと、お互いの様子を観察しながら、牽制球を投げ合う退屈な時間が続く。
「どうした? 敵を目の前にしてヘタれるなんて、翼らしくないじゃないか。」
「へっ。その手には乗るかよ。どうやら、香が言うみたいに、オレたちの球切れを待つ作戦みたいだな!」
見抜かれてたか。
さすは我が親友。
「――だとしたら、どうする?」
「それはな――こうするんだよ!」
ザッ、っと壁から飛び出してくる音。
俺は雪玉を手に、フェイントも交えつつ、壁から顔を出した。
「ユウキお兄ちゃんー。渚をいじめないで?」
「どうだ? こんなチワワみたいな目をしたガキをやれるか?」
翼は、渚ちゃんを盾のように掲げている。
渚ちゃんは、両腕にたくさんの雪玉を抱え込んでいた。
そういや、この頃、某消費者金融のチワワCMが流行ったんだよなー。
今のテレビでガンガン流れてるよ。
「くっ。卑怯な」
もう。こんなことされると、本編の渚ちゃんルートを思い出すじゃないか。巨大蛇女化した彼女の首を斬り落とすか、落とさないかの選択肢には結構悩んだよ。
「プワッブ!」
「渚ちゃん。アウト! 退場してください!」
みかちゃんの判定が下る。
俺が主人公としての正しいムーブに悩んでいると、いつの間にか渚ちゃんの顔に雪玉が炸裂していた。
「お前、よく年下の顔面に、躊躇なく雪玉をぶちこめるな」
「戦に情けは無用ですわ」
「ちっ、まあいい! 距離は詰めたぜ! ――香! シエルをやるぞ!」
「うん!」
翼は渚ちゃんを下に降ろし、雪玉を拾い上げて、香と共にシエルの下へ殺到する。
「くっ――これは、かわしきれませんわね」
「やった! 当たったよ!」
「俺を忘れないでくれよ」
俺が投げた渾身の球が、翼の脚をとらえる。
「はい。シエルちゃんと翼ちゃんも退場でーす!」
ミカちゃんの宣告。
「ちっ。やられちまったぜ。――香! 後は任せたぞ!」
「あら、それでは、ごきげんよう」
翼とシエルが素早く現場を離脱する。
「おい。妹を生贄に差し出すなんてお前らしくないな。香!」
「渚もノリノリだったからね。僕はちょっと、妹の将来が心配になったっ――よっと」
俺と香の間で、激しい攻防が繰り広げられる。
身体的スペックは同じくらい――しかし、こっちには補給に優位があるぜ。
「追加の球を!」
「ぷひゅー! ゆーくん、任せて!」
ぷひ子が駆けてくる。
「くっ。もう球が――」
「もらった!」
俺はぷひ子に向かって左腕を伸ばす。
「はい! ゆーくん!」
さあ、幼馴染の絆の輝きを見よっ!
「ぷっ、ぷひゃっ!」
ぷひ子が俺と香の激しい動きでできた凹に、足を躓かせる。
「おまっ!」
雪玉がスローモーションのように宙を舞った。
『 Q:誤って味方の雪玉に当たった場合はどうなりますか?
A: 味方の投げた雪球に当たってもアウトとなります。
by 一般社団法人 日本雪合戦連盟 』
「ゆうくん! アウト!」
みかちゃんの無情の裁定が下った。
「ごめん! これも勝負だから」
香がこけたぷひ子の手からこぼれた球を拾い上げ、その背中へと投げつける。
「ぷひちゃん、アウト! 翼くんチームの勝ち!」
「う、うん! 勝った――けど、喜んでいいのかな、これ」
香がいまいち乗り切れない様子でぎこちないガッツポーズをした。
「いいんだよ! 勝ちは勝ちだ! よくやった」
翼が快哉を叫ぶ。
「すまんな。シエル。あれだけ奮闘してもらったのに」
退場した俺は、気まずげに言った。
まあ、ぷひ子の失点による負けなので、別に俺の好感度は下がらないだろう。
「いいえ。勝負は時の運と申しますもの。こういうこともありますわ――最後に勝てば良いのです」
シエルは、金髪ドリルについた雪を、丁寧に両手でパタパタとはたき落としながら微笑んだ。まだまだ遊ぶ気満々ですね。シエルさん。
「みんな、一回、休憩にしたら? おしるこできてるわよ」
みかちゃんがかまくらの方を指さした。
その中では、祈ちゃんが、文庫本を片手に、もう片方の手に持ったおたまで鍋をかき混ぜている。
「おー、いいじゃん。続きは食ってからにしようぜ」
「うん。僕もちょっと休憩したい」
「おしるこ食べたーい」
「おしるこって、豆のスープですわよね。甘い豆というのは、どうにも違和感が……」
「ぷひゅー。ゆーくん。ごめんねー」
「気にすんな。お前、球威はないけど、意外と山なりに投げて敵をスナイプする才能があるんじゃないか」
あーだこーだ言いながら、俺たちはかまくらの方へと引き返して言った。




