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第67話 武装イルカが攻めてくる可能性

 こうして模擬戦を終えた俺たちは、洋館へと招き入れられ、いつもの客間へと通された。


 解放されたアイちゃんも、酸素スプレーを吸引して速攻で回復し、今は俺の隣にいる。


「手荒な歓迎をしてしまって、申し訳ありませんでしたわね」


 シエルが苦笑して言った。


「いや、俺も勉強になったし、アイにはいい薬だったと思うよ」


 俺も苦笑を返す。


「……チュウ子ごときにぃ。このアタシがぁ」


 さっきから、アイちゃんは爪を噛んで、ブツブツと不平を呟いている。


 全く、俺のワンちゃんは我ながらしつけがなってないなあ。


「アイ。そんなに睨まないでください。――これでも、私なりに一生懸命考えたんですよ。あなたともう一度、友人関係に戻るには、どうすればいいか。そして、思ったんです。あなたが力を求めるなら、やはり力を示すしかないと」


 ソフィアは、アイちゃんに穏やかな口調で語りかける。


「その答えが、さっきのクソ執事どもとビッチメイドどもって訳ぇ?」


「ええ、個人の力では一度もあなたに敵わなかった私も、チームの力でなら、上回ることができる。誰かを頼り、信頼すること。それが、私がシエルお嬢様から学んだ大切な教訓です」


 ソフィアが誇らしげに言う。


「ふんっ。生意気なことほざいちゃってぇ。自分の思い通りになるのは、自分だけなのよぉ。他人の力をあてにするのは、風の行方を指図するくらい、頼りないことだわぁ」


 アイちゃんがそっぽを向いて言った。


 アイちゃんはただの負け惜しみで言ってるんだろうけど、今のセリフ、実は本質を突いてるんだよなあ。


 シエルルートでは、味方のはずの執事やメイドも、お兄様サイドについてる奴は全員裏切ってきて、ピンチに陥るからね。


「そう考えてしまうのが、アイの限界ですよ。悔しかったら、チームで私を倒してみてください」


「くっ。その笑顔、ムカツクぅ。でも、敗者に、語る言葉はないわぁ。マスタぁー。アタシも、兵隊の動かし方を学んでいいかしらぁ。チュウ子ごときにやられっぱなしじゃぁ、アタシのプライドが許さないのよぉ」


 アイちゃんが俺の袖を引いて言った。


「もちろん。アイが指揮を身に着けてくれたら、俺も言うことないよ」


「ありがとぉ。マスターぁ。今に見てなさいよぉ。アタシが全てにおいてチュウ子に勝っていることぉ、今に分からせてあげるからぁ」


「楽しみにしてます」


 アイちゃんとソフィアが、敵意と好意がセットになった視線を交わし合う。


「……二人が仲直りできたようでよかったよ。それで、そろそろそちらの女性を紹介してもらってもいいかな」


 アイちゃんとソフィアの友情に一段落ついたところで、俺はシエルの後ろに控える人物に視線を向けた。


「ええ。メイド長、ユウキに自己紹介を」


「名乗る程の者ではございませんがー、お嬢様ががそうおっしゃるならー。――しがないメイドのカーラと申しますー。以後、お見知りおきくださいー」


 糸目のメイドが朗らかに言った。


 女性にしては高身長で、170cm代の後半はあるだろうか。


 彼女は一切の武装をしていないが、その事実が逆に強キャラ感を高めていた。


「ユウキです。よろしく。――それで、一応、改めて確認しますが、俺が連れて来た女の子たちの訓練を、お願いしてもいいんですね。アイほどではないですが、色々と『普通』ではない子たちなんですけど」


「もちろんですー。お任せくださいー。私たちメイドや執事の中には、紛争地域で生まれたような人間もたくさんおりますからー」


 カーラが楚々と頷く。


 その紛争も、実はシエルのお兄様が仕組んだものなんだよね。で、過去その紛争で全てを奪われてるこのカーラさんは、お兄様への復讐を通り越して、世界そのものを無茶苦茶憎んでるヤベー奴だってシエルお嬢様が知ったら驚くだろうなー。


 お兄様の研究がやがて世界を滅ぼす禁忌だって知った上で加担するんだもん。


「それは頼もしい」


 俺は内心警戒しながらも、カーラさんに微笑みかけた。


「では、早速ですけれど、契約条件を確認してもよろしくて?」


「ああ」


「ワタクシどもの家は、メイド長の教練と兵士の装備を提供致しますわ」


「――その対価に、俺は資金と、スキュラから来た女の子の一部を譲る。お金はともかく、人をモノみたいに扱うのは心苦しいけど」


 俺はそこで顔を曇らせて見せた。


「……それはもちろん、ワタクシもですわ。でも、たとえ人身売買じみていても、あのような環境に置いておくよりはマシでしょう。ワタクシは、あなたを尊敬します。……ワタクシがあそこから拾い上げることができたのは、ソフィア一人だけですもの。でも、あなたはすでにその何倍もの人を救った。そして、これからも、救うのだから」


 シエルが俺を慰めるように言った。


「そう言ってもらえると、少しは気がまぎれるよ。シエルなら、譲った女の子たちを幸せにしてくれるだろうしね」


「そのように努力致しますわ。――では、異存がなければ、契約書にサインを」


「ああ」


 俺とシエルは契約書に調印する。


 もちろん、馬鹿正直に兵器と人を売買するなんてことは書いてない。建前的には、普通の建材の取引となっている。


「これで、取引完了――ですわね」


「じゃあ、早速、振込をするよ」


 俺はガラケーで所有する建築会社に電話をかけ、振り込みを指示する。


「ではこちらも、約束のモノを。――ソフィア」


「はい。お嬢様」


 ソフィアと他のメイドたちが、普通ならフランス料理とかが載ってきそうなカートに、様々な兵装を載せて持ってくる。


「全部、武器に見えないのがすごいよね。普通の日常生活で持っていてもおかしくないようなものばかり」

 ジェームス・ボン〇もびっくりの、偽装された武装の数々に俺は目を見張る。


「ええ。『武器に見えない武器』でないと、先進国の街中で非正規戦闘するには使えませんもの」


「すごいね。こんなのが一般に出回ったら、犯罪天国になっちゃうよ」


「もちろんですわ。ですから、軍隊にも出回っておりません」


「そんな物を融通してもらえるなんて、俺はついてるね」


 もちろん、シエルのお兄様も最先端の装備を譲ってくれるという訳ではない。


 一世代、二世代、遅れた技術の装備を横流ししてくれるというだけだ。


 それでも、私兵が使うには十分すぎる代物であることには違いない。


 警察は言うに及ばず、自衛隊相手でも航空戦力が出張ってこなければやり合えるようなレベルだ。


(できれば、お兄様の下請けとかやって、技術を盗みたいなー)


 俺は個人資産額でいえば、結構なものだが、さすがに軍需産業を起こすほどの金はない。


(今、投資してる会社が上手くいけばいいけど、どうなることやら)


 俺は、将来成長することが分かっている産業に、株式投資とかだけじゃなく、経営レベルで口出しを始めている。主にIT関連だが、もっと分かりやすいところでいえば、スマホを作るための会社も立ち上げて、技術者の引き抜きをしかけていた。


 スティーブ〇ブズのリンゴとまではいわないが、ソフトバン〇くらいの立ち位置にはなりたいなあと夢見てるけれど、もしかしたらゲームの強制力が働いてこの世界線ではスマホが存在しないことにされるかも。だとしても、成功時のリターンを考えると、手を出さないではいられなかった。

 

(つーか、これほど科学技術が進んだ世界観なのに、スマホとかがないのおかしくない?)


 そんなことも思うが、まあ、くもソラが発売された当時に、スマホの爆発的普及なんて予想されてなかったからね。ライターの想像力の限界というやつだろう。


 未来を予想するのはあまりにも難しい。


 もし、昔の人の想像が当たってれば、今頃チューブの中を車がグルグルして、俺たちは銀色のピチピチタイツをはいてるはずだもんなー。んで、知能の発達した武装イルカ軍団が攻めてくる。


「ええ。お兄様は、ユウキに期待しているみたいですから」


「期待に応えられるように頑張るよ」


「そうですわね。本当に頑張って頂きたいものですわ。もしユウキが大成してくだされば、ワタクシも――」


 シエルはそこまで言って、何とも表現しがたい複雑な表情をした。


「『ワタクシも』、何?」


「いいえ。今はやめておきますわ。『言わぬが花』という美しい日本のことわざもございますし」


 シエルは曖昧に言葉を濁して微笑む。


(あっ。なんか変なフラグ踏んだっぽい)


 そんなことを感じ取りながらも、俺はしばらく、シエルと穏やかなお茶会を楽しむのだった。


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