第59話 クランクアップ
「待ってくれ! お前がいなくなったら、俺は誰を捕まえればいいんだ!」
神社。
夕陽をバックにイケメンが叫ぶ。
「もう、鬼は退治されたのよ。でも、大丈夫。今度は、私の方からあなたを捕まえに行くわ。手の温もりを、覚えているから」
儚げな笑みを浮かべ、小百合ちゃんは呟いた。
山に陽が落ちる一瞬、黄昏が夜へと変わる刹那。
失敗の許されないワンカットで、小百合ちゃんが完璧な演技を見せる。
……。……。……。
余韻のような静寂。ひぐらしが鳴く。
やがて、監督がゆっくりと頷いた。
「――カット! クランクアップです! 皆様、本当にお疲れさまでした!」
スタッフが興奮気味に声を張り上げた。
ワアアアアアアアアアと、歓声と共に拍手の音が現場を支配する。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
小百合ちゃんとイケメンが、律儀に四方へ頭を下げる。
「白山監督、お疲れ様でした」
「それはお互い様でしょう。――とにかく、本当にいい映画になった。私は、満足です」
監督は燃え尽きたようにうなだれる。
撮影終了の興奮も冷めやらぬ中、俺たちはそのまま打ち上げへとなだれ込んだ。
公民館が、即席のパーティー会場へと変わる。
今晩は撮影に協力してくれた全ての人を労うために、俺が高めのケータリングをこのクソ田舎まで呼んでおいたのだ。
「すみません。参加したいのはやまやまなんですが、事務所が映画撮影が終わったと分かった途端、次の仕事を入れてしまったみたいで。名残惜しいですが、失礼します」
イケメンは悔しそうに言うと、スタッフに軽くあいさつ回りをして、足早に去っていく。
売れっ子俳優も大変だな。いくら稼ぎ頭とはいえ、こんな無茶な働かせ方をするから、十年後、彼はあんな事件を――。まあ、ヒロイン以外はどうでもいいか。今、俺が彼に忠告したところでただの頭おかしい奴にしか思われないだろうし。
「小百合。私たちも、次のスケジュールが迫ってるわ」
佐久間さんが腕時計をじっと睨んで言う。
「佐久間さん。少しだけ、少しだけお願いします」
「はあ、じゃあ、三十分だけよ」
佐久間さんは肩をすくめて頷く。
「……怒ってます?」
俺はショタのみに許されるぴえん顔をして、佐久間さんに近づいていく。
「稼ぎ頭がヤクザの根城に突っ込まされて、怒らない事務所がどこにある?」
「……ですよね。誓って申し上げますが、俺は知りませんでした。でも、白山監督がどうしてもとおっしゃいますし、何より、小百合さん本人の決意が固そうだったので」
ギャルゲー主人公は言い訳をしないが、ビジネスマンは言い訳をしてナンボだ。
「ええ。全部小百合から聞いてるわよ。あなたを責めないように口を酸っぱくして言われたわ。実際、あの監督にせがまれてどうしようもない状況だったっていうのも分かる」
「じゃあ、許してくれます?」
「まあ、結果として小百合には傷一つつかなかった訳だし、今回の撮影で小百合が掴んだ物は多そうだしね。許すわ。――あなたが今度映画を作る時に、うちの子を使ってくれるなら、水に流しましょう」
さすが佐久間さん。話が分かるぅー。
「よかった。その程度ならお安い御用ですよ」
俺はにっこりと微笑んだ。
「祐樹くん!」
「うわっ。小百合さん。びっくりした」
背中に温もりを感じる。
俺がいくらかわいいショタだからと言って、後ろから抱き着くのはやめて欲しい。
他のヒロインの好感度が下がる。
「こんなに、刺激的で、やりがいのある現場は初めてでした。お礼を言わせてください!」
「それは良かった。でも、誉められているばかりでは、人は伸びません。何か改善点があれば遠慮なくおっしゃってくださいね」
俺はそう言いつつ、小百合ちゃんの手にソフトタッチしつつ、拘束から逃れる。
「改善点ですか? 特に問題は感じませんでしたけど……。でも、いくら悪い人たちとはいえ、あのヤクザさんたちがどうなったのかは、ちょっと気になります」
小百合ちゃんがふと表情を曇らせる。さすが日本一のアイドル。ぐう聖だね。
「ああ、それなら、ほら、あそこに――。元賽蛾組の皆さん、お仕事の手を止めて、こちらに集合してください」
俺は公民館の窓を開け、外でセットの撤収作業をしていた男たちに声をかける。
「えっ。あの方たちが!? 見た目が全然変わっていて気が付きませんでした! てっきり撤収のために派遣された臨時スタッフの方々だとばかり」
小百合ちゃんが目を丸くした。
「彼らも思う所があったみたいですよ。もう悪いことはしないと反省を示した彼らに、心ある病院の院長が治療に加え、無料で刺青の除去手術をしてやったそうです」
っていうか、刺青以外にも色々除去されたり、逆に付け加えられたりしてるんだけどね。
まあ、本編で彼らが絡むルートでは、バッドエンドでもグッドエンドでも全滅する未来しか用意されていないので、命があっただけマシと思ってもらうほかない。
「コンバンハ」
「シャチョー。ご機嫌、イカガですか」
走り寄ってきた元ヤクザの皆さんが、ガラス玉のような澄んだ目を輝かせて挨拶する。
ペッパー君並に片言なのは、まだ丁寧な言葉遣いに慣れてないから――ということにしておこう。
「こんばんは! 皆さん。小百合さんはありがたいことに、皆さんの心配をしてくださっていたそうですよ」
「「「シンパイ、ありがとうございマス。もうダイジョウブです。私タチはハンセイしました。真のニンキョウドーにタチカエリ、シャチョーのご指導の下、シャカイに奉仕デキル人間になるコトを目指しマス」」」」
元ヤクザズは、ピシっと直立不動で声を揃えた。
素晴らしい。
今や彼らは、最低時給でも文句ひとつ言わない、立派な土木作業員となった。あんまり複雑な知的作業は無理なので、いつまでも出世できずにずっと下っ端のままだろうが、社会に必要な人材であることには代わりない。
ともかく、彼らの言葉通り、今まで迷惑をかけた人々に罪を贖わせた後で、俺が有効活用してあげる予定だ。
「よかった! やっぱり、素晴らしい作品は、色んな人の心を動かす力があるんですね!」
小百合ちゃんが祈るように手を組んで、感動したように言う。
うんうん。映画って本当にいいものですね。
「はい。俺も嬉しいです。――あの、小百合さん。もしよければ、他のみんなにも話しかけてやってもらえますか。俺ばっかりがあなたを独占していると、やっかまれそうです」
俺は冗談めかしたようにして言う。あんまりヤクザズと接してもらっても色々ボロが出そうだからね。
「ふふふ。わかりました。他の方に挨拶してきますね」
小百合ちゃんは心の憂いがなくなったのか、清々しい足取りで去っていく。
「それでは皆さん。奉仕活動に戻ってください」
「「「ハイ」」」
元ヤクザズが黙々と作業に戻る。
「ふふふ……。半分くらいに減ったわねぇ……」
その後ろ姿を見つめながら、アイちゃんがおもしろそうに呟いた。
「バレた? まあ、全員を助けるのは難しいよね」
ヤクザ全員がママンの過酷な治療兼改造手術に耐えられた訳ではない。まあ、貴重な生体材料だから、ママンがわざと治療をミスるふりをして確保した可能性も捨てきれないが、俺は詳しく突っ込むような野暮はしなかった。ママンには色んな後始末に協力してもらってるからね。
「残りはきっと影蝋にされたのねぇ……。ご愁傷様ぁ……」
アイちゃんがクスクス笑う。
ここで全然関係ない豆知識。江戸時代は、打ち首にされた罪人の死体を重ねて刀の切れ味を試したそうだゾ!
「――まあ、そんなことより、飯食おうぜ! 撮れたての映像でもチェックしながらさ」
「いいけどぉ、私は肉以外食べないわよぉ。特にあのブタ娘が出してくる腐った豆とか絶対いやぁ」
「さすがにパーティーに納豆は――寿司の納豆巻き以外はほとんど出てこないから安心しろ」
俺は寿司桶にかじりつき、一心不乱に納豆巻きをねちゃねちゃ食べてるぷひ子を一瞥して言う。
(それにしても、俺の友達は妙に肉好きが多いなー)
そんなことを思いながら、俺は他のみんながワイワイやってる輪の中へと足を向けた。




