第3話 納豆を日本の国民食というのは横暴である
ママキャラの方が人気になるのはよくあること。
「ぷひひ。ゆーくん。おはよ」
目が覚めたら、眼の前にパジャマ姿の美幼女がいた。
彼女は俺の顔の両横に両手をつき、ぷひぷひと笑っている。
(え? なに? 夢かよ。どうせだったら、俺の好きなヒロインが出てこいや)
昨日、懐かしのギャルゲーをやったせいだろうか。混乱した意識のままで、俺はその美幼女――御神美汐を無言で見つめた。
長いまつ毛をしばたたかせ、野生を失った家猫のようなくつろいだ顔。
その天使のような容姿に見合った、美幼女特有のミルクのような甘い香りが鼻をくすぐ――らない。
(うわっ! 納豆くせえ! そうだ。こいつの好物は納豆という設定だった!)
その強烈な臭いに、意識が強制的に覚醒させられる。
この感触は――夢ではない。
美汐――こと、ぷひ子の口の端には茶色い塊がひっついており、唇には納豆の糸が引いている。夢では再現できないねちゃねちゃ感だ。
(おいおい。なんだよ。転移? 転生? どうせなら、異世界でチート生活がしたかったんですけど!)
半信半疑の状態ながら、どうやらここがくもソラの世界らしいと、俺は信じ始めた。
「もー、なにぼーっとしてるの。はやくしないと朝ごはんが冷めちゃうよ。今日はね。茨城県からおとりよせした、いい納豆の日なんだよ。起きないともったいないよ!」
ぷひ子がこちらに顔を近づけてくる。
いやああああああ、らめええええ、俺は納豆文化圏の外の産まれなのおおおおおお。
やめてえええええ!
にしても、選択肢は出てこねえな。
たしかゲームならここで
→『自分の分の納豆を賄賂に渡す』
→『一緒に寝ようと誘惑する』
→『素直に起きる』
な感じで選択肢が現れたはずだが、現在特にそういう兆候はない。某ラノベのように脳内選択肢が発生するシステムではないようだ。
つーか、そんなことより、このぷひぷひ野郎、俺の布団に納豆臭い口を擦り付けたら殺す。
確かにぷひ子ルートの二人の納豆臭いキスは、その字面に反して結構感動的なシーンだったけど、それはそれとして殺す。
ともかく、納豆ハザードが起こる前に、とりあえず、俺は素直に起きた。
そのままぷひ子に手を引かれ、お隣のぷひ子家へと向かう。
ちなみに、ここが本当にくもソラの世界だとすれば、家には俺一人だろう。
俺が憑依だか転生だかしてしまったらしい、くもソラの主人公『成瀬祐樹』の父親は、滅多に家に帰ってこない。
主人公の父親は考古学者の設定で海外を飛び回っており、ギャルゲーのセオリーどおり、基本的には家を空けている。なお、母親と父親は離婚している父子家庭の設定だ。
完全な育児放棄だがなぜかギャルゲー時空では許されるそれを補うため、美汐の両親が主人公(俺)にあれこれ世話を焼いてくれているのだ。
当然、接触機会が増えるとぷひ子と主人公は幼馴染になりフラグが立つというテンプレな設定である。
「おはよう。ゆーくん。上手くできてるかしら」
「はい。美味しいです。いつもごちそうさまです」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。ゆーくんは私たちにとっても家族みたいなものだから」
(味覚もちゃんとあるし、やっぱ夢じゃないか……)
妙にエロい、ファンディスクで攻略対象になって色んな意味で某掲示板のスレが荒れたぷひ子ママの作ってくれた朝飯を腹に収める頃には、俺は冷静さを取り戻していた。
(俺はくもソラの主人公、成瀬祐樹になった。作中通りの設定なら、俺は今、小学校2年生。時代は作中では明示されてないが、西暦2000年を迎え、数年以内)
つまり、今から大体20年くらい前。パソコン経由でネット環境はだいぶ普及したが、携帯はガラケーの時代だ。
「あれー、ゆーくん。ジュースいらないの?」
「いらん。お前にやる」
『ずばり健康おかめ味』とかいう、納豆エキスの入ったゲロ不味い設定の缶ジュースを横目に、俺は呟く。
「ぷひゃひゃ。ゆうくんやさしー! だから好きー」
ぷひ子は鼻を膨らませてぷひぷひと笑って、缶ジュースに手を伸ばした。
こういう突飛な食べ物でキャラ付けする文化、昔はあったなあ……。
「ねー。ゆーくん。このあと、神社でせみ取りするんだよねー。はやく行こうよー。みかちゃんも待ってるよー」
(きたっ!)
ここが、物語のプロローグであると共に、第一の分岐点だ!
ちなみに作者は納豆が好きです。
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