第24話 ケンチキついでにアイドルをヘルプ(2)
俺の隣には黒服。小百合の隣にはマネージャー。
向かい合う形で座る。
「あ、あの、改めて、助かりました。あなた方は命の恩人です」
「いえ、俺の親戚がネットパトロールの会社を経営してまして。つい一時間ほど前に、不審な書き込みを見つけましてね。事務所に連絡していると手遅れになるかもしれないと思い、勝手ながら急いで駆けつけさせて頂きました。間に合ってよかった」
俺はにこやかにそう答えた。
口八丁に手八丁。ちなみにママンは実際、そういう会社もやってるらしいから、嘘じゃないし、セーフだよね?
あ、もちろん、犯人の書き込みも実在するぞ。本編では、手遅れになった後に分かることだけど。ここは怖いインターネッツですね。
「そうなんですね。重ね重ねお礼を申し上げます。なにか、私にお返しできるものがあればいいんですが」
「では、いきなりで不躾ですが、あなたの持っている勾玉のお守りを頂けませんか? あなたが幼少の頃、祖母より受け取った物です。雑誌のインタビューでは、肌身離さず持っていらっしゃるとのことでしたが……」
「えっと、これ、でしょうか」
小百合はうなじに手を遣り、首にかけていた紐を外す。その先には、翡翠の勾玉があった。
「それです。それを俺にください」
「わかりました。どうぞ」
小百合はあっさりお守りを俺に差し出した。
うーん。人肌のぬくもりを感じる。もしファンに売りつけたら物凄い額になりそう。
「だめよ! 小百合。それはあなたがずっと大事にしていた心の支えじゃない。お礼なら、後日事務所の方できちんと考えて――」
「いえ。佐久間さん。いいんです。おばあちゃんは、いつか危機が訪れた時に、このお守りが私を助けてくれると言っていました。今日がきっと、その時なんだと思います」
小百合は彼女自身に言い聞かせるように呟く。
「ありがとうございます」
(でも、残念―! はずれでーす! 本当は、小百合ちゃんがぬばたまの姫に人格を乗っ取られて、武道館ライブで日本中に呪いを拡散させようとするピンチから守ってくれるやつでーす!)
本編の小百合のルートは、一度は夢を諦めたアイドルの再生物語だ。
信頼していたマネージャーが小百合を庇って殺されて、心に大きな傷を負った彼女は、芸能界を休業し、静養のために、俺たちの田舎にやってくるんだ。そこで主人公と出会い、心の傷を癒し、再びアイドルを目指す。
基本的に狭い田舎の世界で展開されるくもソラには珍しく、小百合ルートは東京で繰り広げられる、残酷ながらも華やかな物語だ。
なに? アイドル〇スターみたいで楽しそう?
そう思うじゃん?
本編では、なぜか主人公がTSして女の子になって、小百合ちゃんとデュオを組むんだよね。どうしてああなった。
俺はまだマイサンが惜しいからさ。小百合ちゃんのルートは勘弁願いたいんだ。
「あの。よろしければ理由をお聞かせ願えませんか?」
「そうですね……。あなたには知る権利があると思います。俺は因幡神社の関係者です。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「そういえば――昔、祖母はそのような神社で巫女をしていたと聞いたことがあります」
「その通りです。実はその勾玉は、本来、村の外には出してはいけない物なのです。あなたのおばあさんは、終生神に仕える村の姫巫女に選ばれたのですが、外の人間に恋をして、禁を破って村を出ました。本来、禁を破れば相応の報いがあります。おばあさんは、その代償から逃れるために、村の秘宝であるその勾玉を持ち出したんです」
これは全部事実。本来、この勾玉は、ぬばたまの姫を鎮める神器の一つなのだ。こういうタブーがいくつか積み重なって、今の時代に、ぬばたまの姫の封印が弱まりまくってたって訳さ。
「それは、その。祖母がご迷惑をおかけしました」
「いえ。いずれ、時代にそぐわなくなるシステムでした。破綻は時間の問題でしたよ。たまたま、小百合さんのおばあさんの代でそれが露呈しただけです。どちらにせよ、あなたが気に病むことではありません。こうして、勾玉が戻ってきた。それだけで十分です」
俺はしみじみとした雰囲気を醸し出しつつ、微笑む。
「でも、あの、祖母は生前、とても後悔していました。故郷を裏切り、両親を裏切り、自分の欲望を優先したことを。……私が、祖母に代わって、その姫巫女をやるべきなのではないでしょうか」
小百合が表情を曇らせて呟く。
「故郷の村のことは、俺がなんとかしますから、大丈夫ですよ。あなたが姫巫女となって救えるのは、せいぜい鄙びた田舎の村一つ。でも、アイドルとしてのあなたは日本を――、いえ、世界全ての人々を勇気づけることができる。どちらを選択すべきかは、言うまでもありません。個人的に、俺もアイドル『小日向小百合』のファンの一人なので、あなたをテレビで見られなくなるのは寂しいですしね」
俺は魅惑のショタスマイルを浮かべて言った。
つーか、絶対巫女なんかにはさせねーぞ。俺の大事なもう一個の玉のためにな。
まあ、でも、アイドルとしての知名度はその内利用させてもらうかもな。
「そうよ。小百合。あなたの身体は、もはやあなた一人のためにあるんじゃないわ。アイドル、小日向小百合を待っている、全国のファンのためにあるの」
「わかりました……。私、もっと頑張ります。過去は変えられないけれど、祖母が与えた失望の何倍もの希望を作り出して、祖母の人生が間違いではなかったと証明します。彼女がいたから今の私があるのだと胸を張って言えるように――こんな素敵な小さいファンの方もいますし」
小百合は吹っ切れたように微笑んで、俺の頭を撫でた。
おっ? オネショタか? オネショタなのか?
「過分な報酬ですね。これ以上は、俺が何か払わないといけなくなる」
俺は年相応の照れた顔で言った。
「ふーん、あなた、よく見れば、イケメンとは言えないけれど、アイドル向きの親しみの持てる顔立ちをしてるわね。よければ、ウチの事務所に入らない?」
マネージャーがそう言って、名刺を渡してくる。
そりゃ、主人公フェイスだからな。不細工ではない。
「名刺は記念にもらっておきますが、事務所入りは遠慮させて頂きますよ。小百合さんの初恋愛スキャンダルの相手になって、全国の男を敵に回したくないので」
「うふふ、そうですね。こんなにかわいい子が入ってきたら、私、間違いを起こしてしまうかもしれません」
「それは困るわねー。小百合のブランドに傷がついたら、ウチの事務所が傾くわ」
マセガキの戯言だと思ったのか、小百合とマネージャーがにやにやと笑う。
そんなこんなで、俺は適当に和やかな感じに話をまとめて、小百合たちと別れた。
そのままケンチキへと舞い戻る。
ノリで黒服の人もケンチキに誘ったけど、ついてきてはくれなかった。
鶏肉はササミしか食べないんだってさ。マッチョメンも大変だ。
「ぴょい?」
兎が口からペッっと骨を吐き出して、「どう? 上手くいった?」的な顔で俺を見つめてくる。
「完璧だ。高い金をお前に捧げた甲斐はあった。最強格のアイテムをゲットしたぜ」
俺は頷きながら、冷えたケンチキの最後の一本に手を伸ばした。
小百合は所詮サブヒロインだが、そのストーリーの軽さに似合わず、持ってるアイテムは超重要だ。なんてったって、三種の神器の一つだしな。ロリババアのくれたやつとは比べものにならん。
とにかく、これで保険ができたわ。俺がイレギュラーな道を歩む以上、ぬばたまの姫の呪いはいつ不意打ちのように降りかかってくるか分からんからな。予備の浄化アイテムは持っておくに越したことはない。
肉(を食べたい)欲と安全欲求の両方が満たされた俺は、意気揚々とワープで村へと帰還した。やっぱり、世界を救うのは金とコネと肉だね。
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