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第218話 人の驕り、神の過ち(3)

「あれぇ、動物園はもうおしまいなのぉ? あなたに助けを求めてる小鳥さんがいるんですけどぉ、助けに来ないのぉ?」


 アイちゃんが捕獲した小鳥――セキレイの羽をむしりながら、イザナギを挑発する。


 セキレイは、ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨと悲痛な叫び声を上げ始めた。


 ちなみに、セキレイはイザナギ・イザナミに子作りのやり方を教えたとかいう逸話もある由緒ある鳥である。


「そのような挑発に乗るほど、我はもう若くはない。国産みの忍耐に比べれば、全ては些末なことよ」


「ふぅん。また見捨てて逃げるるんだぁ。――元奥さんの時とおんなじねぇ」


 アイちゃんがクスクスと嘲笑を浮かべて、セキレイを焼き鳥にした。


「それを言うなぁ!」


 耳を塞ぐイザナギが、カポエラのような蹴りを繰り出す。


 イザナギは、イザナミの死後、彼女が恋しくなり、連れ戻すために黄泉の国(あの世)に赴く。なんやかんやで一緒に帰れそうな雰囲気になるのだが、イザナミはイザナギに一つ条件を出し、「決して私の姿は見ないでください」と言う。でも、結局イザナギは見てしまって、腐った妻の変わり果てた姿にビビって逃げ出す。


 いわゆるオルフェウス型神話というやつである。


「っていうか、さっきから思慮深そうな口ぶりだけどぉ、アンタって重要局面での選択肢全部間違ってるからぁ、言葉の説得力ゼロなんですけどぉ」


 アイちゃんも足技で応じつつ、そう吐き捨てて、セキレイを丸かじりした。


「違う! 我は、ただ愛しい妻を、少しでも早く見たかっただけなのだ。決して嫌った訳ではない。ただ、驚き、距離を取り、魂を鎮めようと思った――まさかあのようなことになろうとは思わなかったのだ」


 髪を振り乱し、半狂乱でアイちゃんに殴りかかるイザナギ。


「へぇ。パニックになったから仕方がないってことぉ? じゃあ、蛭子を捨てたのはどう言い訳するのぉ? あんたの意思で捨てたわよねぇ。自分の子どもを。冷静に、残酷に、海にポイ捨てしたでしょぉ? あ、そもそも、認知してないから子どもじゃないとかぁ?」


 アイちゃんはのらりくらりと攻撃をいなす。


 イザナギとイザナミの間に最初にできた子どもには、障害があったとされている。


 そのため、舟で二人のいた島から追放される。


 そのため、蛭子とアシハマは、二柱の子には数えられないらしい。


「そのような悪しざまな心根から事を起こした訳ではない! 不具の子に、国も行く末を左右する重責を負わせるのはあまりにも不憫だと思ったのだ!」


「ほんとにぃ? 蛭子はその後、ばっちり神になってますけどぉ?」


 蛭子は、後に恵比寿神と混同され、福の神として祀られるようになった。


 一度神の座から降りた存在が再び祀られるのは、世界の神話の中でも結構珍しい例らしい。


 ネット小説風に言うと、『役立たずだとファミリーを追放された俺、辺境で福の神だと祀られてしまった件。今更認知したいと言ってももう遅い』みたいな感じ?


 っていうか、アイちゃん、マジで勉強してるな。


 戦闘に関しては彼女に一任しているが、まさかここまでとは思わなかった。


 まあ、アイちゃんは相手の弱みを握るのは大好きだからね。


 敵が人であれ、神であれ、リサーチは怠らないのは偉い。


「黙れ! 黙れ! 黙れ! そなたには関係あるまい! 遠つ国巫女がしたり顔で我が家族を語るな!」


「関係はあるわよぉ? アタシの目を見なさいよぉ」


 アイちゃんが一歩踏み込んで、イザナギに頭突きを喰らわせる。


「ま、まさか――なぜだ! なぜ人の子の中に蛭子が見える!」


 イザナギがバックステップで勢いを殺す。


 合理的な防御行動だが、たじろいだようにも見える。


(なるほど。ここでそれを持ち出すか)


 お忘れでしょうか。ママンのマッド施設こと、スキュラのクラス分け。一番下はプラナリア。一番上はヒドラ。そして、真ん中のクラスは『蛭子』。


 この名前からも分かる通り、実際、海の底から引き揚げた蛭子神のご神体が、俺のママンの研究に使われてたりするのです。すなわち、改造手術の過程で、蛭子遺伝子の一部は、アイちゃんにも注入されている訳。


 いい感じで伏線が回収された風になったね!


「自分の子どもは殺すわ、妻からは逃げるわ。使えない子どもを捨てるわ。本当にひどいパパねぇ ――海の底は冷たかったわぁ。寂しかったわぁ。(あし)の船で本当に荒波に耐えられると思ってたのかしらぁ? 沈むってわかっていたでしょぉ」


 アイちゃんが恨みがましく囁く。


「違う! 違う! 違う! 初めは天磐櫲樟船《堅牢なクスノキの船》を作ったのだ。しかし、堅いクスノキでは、柔い蛭子には辛かろうとイザナミが申す故、葦舟にしたのだ」


「ふぅん。そうなんだぁ。なら、そういうことにしてあげるぅ。でも、こうして戻ってきてあげたあんだからぁ――今度は捨てないでねぇ?」


 怪談のオチみたいなセリフを言いながら、アイちゃんがニタリと笑う。


「あああああああああああああああああ、我は、我は、我は、すまぬ! すまぬ! ヒルコ! アシハマ! カグツチ! イザナミ!」


 イザナギは突如慟哭し、空を仰いで滂沱の涙を流す。


 あっ、(心が)折れたぁ!


「隙ありぃ! 神のくせにメンタルよわよわぁ!」


 動揺を逃さず、アイちゃんがイザナギの顔面をズタズタに切り裂いた。


 能力自体は拮抗してたけど、レスバでは完勝でしたね。


(でも、もうちょっと優しくしてあげてよぉ。日本の神様は色々と繊細なのぉ)


 善悪二元論では割り切れない、そのどちらも内包しているのが日本の神様なのだ。


 ミスもすれば後悔もする。


 でも、そんな人間臭い所が俺は好き。


(っていうか、そろそろ止めないと、アイちゃんが神殺しを達成しちゃいそうだな)


「伏して申し上げる。俺、成瀬祐樹は、日の本の民なれば、かけまくもかしこき国産みの御柱を弑するは本意(ほい)ならず。ただ、我が妹と汚れなき真っ当なる人の道を歩まんと望むのみ」


 俺はすかさず口を差し挟んだ。


「――哀れなる人の子よ。かようまでにして、運命に抗うか。なれば好きにすれば良い。我はもう疲れた。……供物を受け入れよう」


 イザナギはがっくりとうなだれて、膝をついた。


「伏して感謝申し上げます。イザナギ様に、南の神を捧げ奉ります」


 俺は鹵獲した宮古島の神様の男の方との契約書を、イザナギに捧げる。


「……」


 イザナギは無言でそれを受け取り、いつの間にか再び出現していた神殿へと引き返していく。


 その背中には、どこか哀愁が漂っていた。


(申し訳ないけど、俺にはこれが限界だからなあ。許してくれ)


 俺は深く頭を下げた。


 ちなみに、原作の成瀬祐樹はガチでイザナギとイザナミを仲直りさせるという偉業をやってのけている。そのお礼として、祝福は維持したまま、義務は免除してもらえる。


 だけど、その過程で人の身で神の試練を乗り越えるのはほんときつくてマジ無理なので、俺は断固拒否します。


 こうして、イザナギに勝利した俺たちは、神域を後にして、現実へと回帰する。


 やがて、たまちゃんがまたイザナギとの契約書を仕上げてくれ、ようやく一段落である。


「はあ、みんなお疲れ。――どう、アイ、満足できた?」


「まあ、68点って感じねえ。強かったけど、やる気がないからそこはマイナスぅ」


 アイちゃんが髪をかきあげて言う。


「イザナギ様は、人間の敵か味方かでいえば、間違いなく味方サイドだからね。積極的な殺意はないんだと思う――って、解釈でいいのかな、環さん」


「はいー。イザナギ様は人の生を言祝ぐ御柱ですー。ですが、イザナミ様はー……」


 たまちゃんはそこまで言って口ごもる。


「知ってるぅ。メス神の方が()る気満々なんでしょぉ? 楽しみねぇ」


 アイちゃんがウキウキで鼻歌を歌いだす。


 68点と言いつつ、やはり神と戦えたのは楽しかったみたいだ。


(アイちゃんがやる気なのはいいけど、俺は不安だよ……)


 例の黄泉下りの後、イザナギとイザナミは喧嘩別れする。


 その際に、イザナミは「裏切ったなこの野郎。むかつくから、イザナギの管轄する地上の人間を一日千人殺す」と宣言し、それに対してイザナギは「じゃあ俺は一日に千五百人生むわ」って、反論するんだけど。


 つまり、次はその「一日に千人殺す」て言ってる方と戦う訳で。


 ああ、怖いなあ。


 今回は男サイドだから俺一人で良かったけど、女サイドの契約解除のためには、楓ちゃん本人も連れてかないといけないし、不確定要素も増えるからなあ。


(でも、これが終わったら、くもソラヒロインのフラグ潰しには大体目途がつくからな。あと少しだ。頑張ろう)


 俺は自分を励ましながら、クロウサワープでこっそり自宅へと戻るのだった。


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[一言] やっぱエゲツないすね、メスガキは。
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