第207話 おとぎ話の裏話(1)
城の中にある会議室。
お兄様の部下と、あれこれの商談の詳細を詰めていると、あっという間に夕方となった。
事前に根回しはしてあったので、さしたる揉め事もなく話はまとまる。
トラブルはといえば、アイちゃんが暇すぎて、給仕のメイドのスカートをめくって悪戯した程度のことだ。
契約書の最後の一枚にサインを終えた所で、ノックの音が響く。
「ユウキくん、今大丈夫かい?」
「ええ、ちょうど商談がまとまった所です。ミケさんの方はいかがですか」
「ああ、ボクの方も終わったよ。ちょっと血を抜かれて貧血気味かもね」
ミケくんが冗談めかして言った。
もちろん、今のミケくんには血を抜かれた程度では何の問題にもならないことは言うまでもない。
今の彼なら、脳みそが半分くらい吹っ飛んでも余裕で復活できる。
クセニアちゃんは――さすがにこれからのことを考えると刺激が強いので別室で待機中か。
「お疲れ様でした。では、『仕入れ』に行きましょうか。――カーラさん、お願いできますか?」
俺はミケくんの後ろで人形のような張り付いた笑みを浮かべるメイド長を見遣って言う。
「承知致しました――が、……タルク様もいらっしゃるんですかー?」
「できればそう願いたいですね。ボクも一応、仕事で来てますから、報告は上げなければなない。手ぶらで帰るという訳にはいきません」
「ハンプトン卿から許可は頂いてますよ」
俺は肩をすくめるミケくんに助け船を出して、諸々の書類が入ったファイルをリュックの中にしまった。
ミケくんが検査に協力する代わりにお兄様の戦力の一部を視察する。
それが交換条件だ。
まあ、どっちも痛い所は見せてないので、せいぜい脇チラくらいの情報開示であるが。
「かしこまりましたー。では、参りましょうかー」
城を出て、車で半時間ほど。
俺たちがやってきたのは、墓地だった。
カーラさんはその中の一つのうらぶれた墓石に屈みこむ。
生体認証でいくつかのロックを外すと、墓石がスライドして開いた。
スロープ状の下り坂を降りていく。
入口は、手彫り感のある普通の洞窟。
奥に行くに従って、機械感バリバリのSFチックな空間に変化していく。
元はカタコンベだったが、お兄様が改築して、今は地下研究施設兼いざという時の緊急避難用要塞と化している。今回、俺たちが移動したのはお客様用の地上ルートだが、実は城の地下室からも秘密の抜け道がつながっている設定だ。
「兵隊を幾人かご所望ということですが、どのレベルをご所望ですか? さすがに『シンデレラ』は無理ですが、ユウキ様ならば『フェアリークラス』の譲渡も可能です」
ガラス張りの部屋に、死んだ目をした少女が並んでいる。
フェリークラスは、スキュラで言う所の蛭子くらいの強さだ。
何人かは前のハンナさん奪取作戦で見た顔もいるな。
隣のミケくんは無表情。
内心ブチきれてるんだろうなー。
俺の命綱こと、アイちゃんは相変わらず退屈げだ。
今のアイちゃんにとっては、彼女たちは雑魚すぎて興味の対象とはならない。
「ご配慮ありがとうございます。でも、俺はもっと下のクラスを希望します」
俺は首を横に振って言う。
「それは、『三文小説クラス』ということですかー?」
カーラさんは小首を傾げる。
『三文小説』は、スキュラでいうところのプラナリアクラス。すなわち、モブ娘ちゃんみたいな雑魚キャラだ。
「いえ、それよりも下のを。なんと呼ぶのかは存じ上げませんが」
「……『夢物語』ですか? あれは、公式には存在しませんし、売り物になるような代物ではありませんよー? 唾棄すべき排泄物のようなものです。瑕疵担保責任も負えませんー」
カーラさんが一瞬を間を置いてから呟く。
なんかひどい言われ様。
いいじゃない。二次創作に自分に都合のいい妄想を詰め込んだって。
でも、おじさんは、他人の一次創作の主人公を勝手に借用して、他の作品に混ぜてメアリー・スー化させるのは、さすがにちょっとモニョるタイプだ。
いや、中にはおもしろいのもあるし、小説の練習としてはいいのかもしれないけどさー。
「いいんです。意外と、俺の母はそういうのはストックしてないんで、手に入らないんですよ」
ママンは鬼畜ではあるが、ギリギリ人の心が残っているので、完全に壊れ切ってしまった実験対象は、それ以上苦しめないように処分する。しかし、お兄様は完全に壊れてしまったのでも、敵のいる地域に放てば嫌がらせくらいにはなるということで、余すことなく利用する。
まあ、例えるなら、プルトニウムを埋め立てるか、劣化ウラン弾に加工するかの違いかな?
「かしこましましたー。リスクをご存じの上でご所望ならば、私からは何も申し上げることはございませんー」
カーラさんは踵を返し、内部施設――管理施設の中を突っ切る。
やがて辿り着いたのは、地下のゴミ捨て場の管制室だった。
制御室から見下ろすのは、巨大な特殊金属の箱。
焼却処理ではなく、バイオ処理タイプのゴミ箱だ。
「これは……」
さすがのミケくんも絶句している。
一応、人間ゴミ箱と、今俺たちがいる管理施設は隔絶された空間はずなのだが、どこからか漏れてきているのか、糞尿と生ごみの混じったすえた臭いが鼻をつく。
眼下では、色んなRPGやらSF映画に出てきそうなクリーチャーが、ヌチャヌチャノソノソ這いまわる悪夢のような光景が繰り広げられていた。
ワオ! グロテスク。
どれくらいグロテスクかというと、メイド・イン・ア〇スくらい香ばしいね。
「――さて、どれに致しますかー? 何十体でも、何百体でも、お好きに選んじゃってくださいー」
カーラさんは、中にいた職員に目くばせし、席を外させてから尋ねてきた。
一応、商売は商売なので誰が何を買ったかとか、交渉の内容は機密情報だからね。
「ありがとうございます。ですが、この中にはいませんね」
俺は、名前の一部を奪われた幼女みたいな感じで答えた。
「どういうことでしょう? やはり、もうちょっとマシなのにしますー?」
「いえ。そういう意味ではなく。カーラさんがこっそり耐バクテリア処置を施してかくまってる『夢物語』を見せて欲しいんですが――」
ガ、ビュ、キン!
「うふぁふぁふぁふぁ! 本性現わしたわねぇ! ようやくお楽しみの時間って訳ぇ!?」
アイちゃんが歓喜の雄たけびを上げる。
一瞬遅れて、ボトボトボトと色んな落下音が聞こえた。
なんか、俺の周りに、ナイフとか針とか超合金糸とかが散らばっている。
全く視認できない。
一瞬の間に何してきやがったこの糸目メイドが。
怖い怖い怖い。




