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第193話 ファンタジーの定義は意外と困難

 冬晴れの空の下。


 俺たちは町の子供たちを連れて地方のくたびれた遊園地――フェアリー公国にやってきた。言うまでもなく、俺の友達はぷひ子を除いて全員来ている。他には、デートプランを企画した部下娘ちゃんたち数人と、護衛要員のアイちゃんも参加していた。


 入場ゲートは、巨大な鏡を模した形になっている。


 経年劣化で所々赤さびが浮いているのが、逆にいい味を醸し出している。


 アンティーク感というか、それこそナルニ〇かワンダーランド(ロリコンの妄想世界)にでも転移させられそうな感じだ。


 実際に合わせ鏡になっているゲートをくぐると、そこはもう妖精の国。


「おー! 誰もいねえ! マジで貸し切りかよ!」


 翼ちゃんが興奮気味に言う。


 彼女は正確には町の人間ではないが、香氏のために特別枠として連れてきた。


「まあな。一回やってみたかったんだよ」


 と答えたものの、もちろん、主目的がミケくんのラブラブ応援大作戦であることは言うまでもない。


 遊園地の貸し切りとか贅沢過ぎかな? とも思ったけど、結局100万円くらいで貸し切れた。不審者が紛れ込むリスクや、警備の人間を雇うことを考えれば、かえって安上りにさえ思う。


「やっぱ持つべきものは金持ちのダチだな! 香、祐樹、まずはバンジーな! その後はジェットコースターを最前列で鬼ループだ!」


「それは楽しそうだが――悪いな。俺はお客さんについていなきゃならない。ほら、外国の人だから、色々と不便なこともあるだろうし」


 俺は頭を掻いて、苦笑した。


 ミケくんがついて来てくれたのは、俺氏を観察する権利とセットだからであり、ただの遊びなら付き合う義理はないのだ。


「えー、なんだよ。それじゃあ貸し切りにする意味ねーじゃん」


 唇を尖らせる翼ちゃん。


「そう言うなって。俺のことは気にせず、翼は香と好きに楽しんでくれ」


「そうか? まあ、金を出してる祐樹がそれでいいならいいけどよ。――よしっ、香。行くか」


「いやいやいや、僕は妹を置いてはいけないって。翼にも付き合いたいけど、渚の身長だと乗れない乗り物が結構ある――って、渚? どこ行くの!?」


「お兄ちゃーん! すごいね。超超超イケメン! どこ? どこの王子様?」


 目をハートマークにして全力ダッシュして、ミケくんの脚に飛びつく渚ちゃん。


「ボク? ボクは王子なんて立派なものじゃないよ」


 ミケくんは困ったような顔をしながらも、渚ちゃんを振り払うことなく言った。


「じゃあ、モデル? 俳優さん? 女の子のタイプは?」


 ミケくんの脚をよじ登りながら、グイグイいく渚ちゃん。厚かましいけど最後の質問はいいぞ。もっとやれ。


「渚! 失礼だからやめなよ」


 香くんが慌てて渚ちゃんを引きはがしにいく。


「邪魔しないでお兄ちゃん! もしかしたら、この人が渚の運命の人かもしれないんだよ! このチャンスを逃して、渚が一生独身になったら責任取ってくれるの!? お兄ちゃんは翼お姉ちゃんがいるからいいけどさ!」


 渚ちゃんが首を横に振って、手足を踏ん張り、全力で抵抗を示した。


 渚ちゃんは面食いだからな。


 本編でも色んなイケメンに気がある素振りをして、主人公をヤキモキさせてくる。


 もちろん、尻軽とかそういうことではなく、恋に恋をするタイプだというだけだが。


 一見、ビッチっぽい子が本当の恋をした瞬間が萌えるって、ToLov〇の籾岡さんが教えてくれたよね。


「渚、また、ドラマで変な言い回しを覚えたね……」


 香くんが頭痛をこらえるようにこめかみを抑える。


「香。大丈夫。渚ちゃんのことは俺たちで面倒を見るから」


「ええ……。でも、いいのかな……」


「いいんだよ。香は遠慮しすぎだぞ。たまには自分のことを最優先で考えないと、いつか爆発しちまうぜ?」


 翼ちゃんがそう言って、香くんの首根っこを掴んで、ジェットコースターの方へと引っ張っていく。


 さすが翼ちゃん。よく香氏を観察していらっしゃる翼ちゃん。


 その溜まったのが爆発するのが本編ぷひ子ルートだ。


「ちょ、ちょっと、翼――えっと、祐樹。とりあえず行ってくるけど、何かあったら、すぐに携帯に連絡をくれ。お願い」


「ああ。わかった。約束する」


 申し訳なさそうに言う香くんに、俺は深く頷いて答えた。


「……それで、祐樹君。先ほど面倒みるとおっしゃいましたが、あの脳みそ桃色娘にどう対処しますか?」


 祈ちゃんが、ついにミケくんの首元まで達した渚ちゃんを見て呟く。


 祈ちゃんの眼差しはまるで、芥川賞が欲しいと懇願する太宰の手紙を読む川端康成のようだ。


「それは――こうする! ……ほーら、渚ちゃん。イケメンがいっぱいいるよー」


 俺はリュックサックから、グッドルッキングガイのたくさん載った写真集を取り出した。


 こういうこともあろうかと、事前に用意しておいたのだ。


 俺は映画会社をやってるからな。


 色んな事務所が宣材を送りつけてくるんだよ。


「イケメン!」


 渚ちゃんがパブロフの犬的反射を見せ、こちらに駆けてきた。


「よーし、渚ちゃん。いい子だ。もっといい子にしてたら、後でイケメンカレンダーをあげよう。だから、お客さんのミケさんにあまりおイタをしちゃだめだよ」


「わかった!」


 イケメン写真集をペラペラめくりながら、話半分な感じで頷く渚ちゃん。


「本当に自分の欲望に正直な方ですわね……。ある意味羨ましいですわ」


 シエルがサービス精神のないパンダを見た時のような口調で言った。


「シエルは、遊園地とかには興味ある方?」


「ええ。昔はよくお兄様に連れられて、ディズ〇ーに行ったものですわ。全世界制覇済みでしてよ」


 俺の問いに、シエルは懐かしそうに目を細めて言う。


 ああ、確かに、お兄様、ああいうコテコテのファンタジーっぽいの好きそうだしな。


「へえ、そうなんだ。じゃあ、目の肥えてるシエルには、この遊園地じゃ物足りないかもしれないね」


 ディズ〇ーを貸し切るには、金だけではなく、8000人以上の人を集めるという条件があるので、さすがに手が出なかった。そこまでいくと、さすがにギャルゲーの庶民的なデートイベントを逸脱する感もあるしね。ギャルゲーには地元のショボ遊園地くらいがちょうどいいのだ。


「問題ありませんわ。ワタクシはディズ〇ーももちろん好きですけれど、真摯なコンセプトさえ感じられる施設なら、相応の敬意を払うくらいの品性を持ち合わせておりますもの。この遊園地は、確かにチープな感は否めませんけど、童話のルーツに対するリスペクトが感じられるので、嫌いではありませんわ」


 シエルちゃんが鷹揚に呟く。


 俺にはよくわからないけど、シエルちゃんがそう言うからにはそうなんだろう。


「分かります。私もこの遊園地、お客さんに媚び過ぎてなくていい塩梅だと思います。というより、ディズ〇ーは、童話の表層だけをなぞり、文化を剽窃する悪の帝国です」


 童話原理主義の祈ちゃんはネズミに不満顔。


「イノリの意見もわからなくもないですけれど、ワタクシはディズ〇ーの功績も認めて差し上げべきだと思いますわよ。行き過ぎた美化があったとしても、そもそも忘れ去られてしまえば、童話という文化自体の伝承が途切れてしまいますもの」


「それは一理ありますね……。しかし、ディ〇ニーの著作権法改正に対する傲慢な姿勢は、文化の普及という観点から考えて――」


 シエルちゃんと祈りちゃんがまた偏差値高めの会話を始めた。


 これで祈ちゃんが孤立することはなさそうだし、しばらくは放っておいて大丈夫そうだな。


「えーっと、いきなりお騒がせしました。それでは、早速遊んでいきましょう。ミケさんやヘルメスさんはどこか行きたい所はありますか?」


「いや、君が主催者なんだから、ボクにそんなに気を遣わなくてもいいよ。ボクが君に合わせるのが道理だろう?」


 ミケくんが苦笑して言った。


「ウチもどのアトラクションでもいいけど、ウチはそもそも子どもたちと一緒に回るつもりだから――」


「はーい、それじゃあ、私についてきてねー」


 ヘルメスちゃんの機先を制するように、みかちゃんが魔女の子どもたちの引率モードに入る。


「「「「はーい」」」」


 魔女の子供たちはハーメルンの笛に誘われた鼠のごとくみかちゃんの前で整列する。


(みかちゃんの母性をなめるなよ。魔女の子どもたちの心はとっくに寝取り済みだ)


 もちろん、魔女の子供たちは、辛い研究所で庇護してくれたヘルメスちゃんを未だに慕ってはいる。


 だが、子どもというのは現金なもので、遠くの親戚より近くの他人という真理を本能的に理解しているのだ。おいしいご飯におやつ、お遊戯からお風呂の世話まで。ここ数ヶ月、子供たちが求めてやまない母親のような愛情をみかちゃんから注がれまくった魔女の子どもたちは、すっかり篭絡されていた。


「みか姉、よろしくね――みか姉だけだと大変だと思うから、何人か引率の手助けについてくれるかな」


「はい」


「わかりました」


 年上の部下娘ちゃんの内何人かが、みか姉の引率のフォローに回る。


「まあ、ウチはあの子たちが楽しめるならいいけど――アドリアナ、久々に一緒に――」


 ヘルメスちゃんはちょっと寂しそうに言ってから、チラりとアイちゃんの方に視線を向けた。


「はぁ? なんでアタシがアンタに付き合わなくちゃいけないのよぉ。アタシは警護とポン子の世話で忙しいのぉ」


 アイちゃんはぷいっとそっぽを向いて、明後日の方向へと歩いて行く。


「……」


 アイちゃんの視線の先では、タブラちゃんがメリーゴーランドの流れに逆らい、次から次へと馬の背中に飛び移って遊んでいた。


「――すみません。私はこういったアグレッシブなアトラクションが苦手なので、後のフルーツ狩りの際に合流する形でも構いませんか? 他に行きたい所があるんですが、隅々まで回ると少々時間がかかりそうなので」


 祈ちゃんが遠慮がちに手を挙げて言った。


「あら、イノリ、どちらに参りますの?」


「このピラミッド大迷宮に行こうかと。謎解き脱出がメインなんですけど、装飾が緻密なんです。その後は、アッシュールバニパルの図書館――童話関係の稀覯本などが収められた博物館ですが、こちらを巡ろうかと思います」


「一人ではつまらないでしょう。ワタクシもお付き合い致しますわ」


 シエルちゃんがにっこり笑って言う。


「ねえねえ、イノリお姉ちゃん。このマッチョは?」


 渚ちゃんが、祈ちゃんが広げていたパンフレットを興味深げに覗き込んだ。


「ああ、それはエジプトの奴隷という設定の駕籠かき――運び屋ですね。特別料金を払えば、王様が乗る神輿のような形で、足の代わりになってくれるみたいです。――祐樹君。こちらも貸し切り料金に含まれているんでしたか?」


「ああうん。もちろん。お金のことは気にしないで」


 俺は頷いて言う。


「じゃあ、渚も行く! マッチョを近くで見たい! マッチョ!」


 渚ちゃんはピョンピョンと跳ねて叫んだ。


「では、ワタクシたちと参りましょう――ユウキもそれでよろしくて?」


 シエルちゃんが渚ちゃんの手をとって、俺に尋ねた。


「うん。渚ちゃんをよろしく」


 俺はシエルちゃんとアイコンタクトをとって言った。


 色んな人が気を回してくれた結果、これで、現場に残されたのは、俺とミケくんとヘルメスちゃん、そして、物静かな平娘ちゃんが一人となった。事務畑で、フオンちゃんが今回の遊園地デートの原案を出したと言っていた子だ。


 なんで彼女を残したかと言うと、ペアで乗るアトラクションを回るのに、俺の相手役が必要だからである。


(本当はぷひ子をこの立ち位置につけるつもりだったんだけどなあ……。せっかくたっぷりメインヒロイン孝行をしてやろうと思っていたのに、間の悪い奴め)


 俺は心の中で舌打ちした。


 俺としては部下娘ちゃんたちにもそれなりに遊園地を楽しんで欲しかったのだが、仕方がない。このような状況では、この平娘ちゃんは俺やミケくんたちに気を遣わざるを得ないだろう。いわば社長同士のゴルフに一人だけ平社員が混ざっているような状況だから、正直申し訳なくもある。


「はあ――で、えーっと、なんだっけ、ゴーカート? 乗るならさっさと乗るわよ。ユウキ」


 ヘルメスちゃんが仕切り直すように言った。


「えっと、なぜ俺とヘルメスさんが? どうせ乗るなら気心しれたミケさんと一緒の方が楽しくない?」


「え? だって、親睦会なんでしょ? ミケとは日頃話してんだから、今さら親睦を深める必要ないじゃない」


 ヘルメスちゃんがきょとんとして答える。


 確かに、そういうロジックもあるか。


 俺がヘルメスちゃんをスキュラに送るまでに顔を合わせていた機関は、せいぜい一週間くらい。対して、すでにヘルメスちゃんとミケくんの間には数ヶ月の積み重ねがある。


「そうかもしれないけど、こういうのは普通、グーとパーのじゃんけんで組み分けしたりするものでは? それに、接触期間の長さで言うなら、彼女でもいい訳だし」


 俺は平娘ちゃんを一瞥して言う。


「なに? ユウキはウチと乗るのが嫌な訳?」


 ジト目で言うヘルメスちゃん。


「いや、そんなことはないけど……」


(なんだ? ヘルメスちゃんは俺と一緒にゴーカートに乗りたい理由でもあるのか?)


 俺は訝しむ。


 まさかヘルメスちゃんが俺とフラグを立てたいという訳でもあるまいし、好感度が高めな雰囲気でもない。


「まあ、いいじゃないか。ボクは、体重のバランス的にも、二人乗りのゴーカートを動かすにはフェアな組み合わせだと思うよ」


 ミケくんが間を取り持つように言った。


 ミケくんとヘルメスちゃんは俺より年上だ。


 この年齢の年の差が、体重に与える差は大きい。


 正確に測った訳ではないが、今の体重の大小を考えると、ミケくん>ヘルメスちゃん>俺≒平娘ちゃんであろう。ゴーカートの出力は同じなので、体重をなるべく揃えた方がフェアだというのはごもっともだ。


「それもそうですね。では、その組み合わせで行きましょう」


 俺はあっさりと受け入れる。


 ここで強弁に反対するのは不自然だし、アトラクションはまだまだたくさんある。


 無理に焦って、気短かな対応をすることもあるまい。


 とはいえ、もしこれがぷひ子なら、積極的に俺と乗りたがっただろうがなあ。


 この平娘ちゃんは物静かな性格のようなので、そう言った気の回し方には期待できないようだ。もうちょっとコミュ力高めの企画畑の部下娘ちゃんを連れてくるべきだったか。でも、年末の忙しい時期だから、有能な幹部級の人材をこんなおチャラけたミッションに駆り出すのは気が引けたんだよね。


「ゴーカートか。ボク、実は初めてなんだよね。左ハンドルの車しか運転したことがないんだけど、大丈夫かな」


「ウチなんて自転車も乗ったことないんだけど、危険じゃないの?」


「問題ないよ。過剰なくらいに安全に配慮するのが、日本の良い所だから」


 俺は不安がる二人を安心させるように答えつつ、魔法使いに扮したスタッフさんの待つ受付へと向かった。


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