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第183話 プロレスはエンターテイメントの王道

「アイ――やったね?」


 俺は第三のホログラムのモデルと思しき少女に、胡乱な視線を送る。


「だってぇ。暇だったんだものぉ。くだらない、お遊戯会を見せられてぇ。そりゃ悪戯の一つもしたくなるわよぉ」


 アイちゃんは悪びれる様子もなく、ヘッドギアの内側に腕を入れて、クルクル回しながら言った。

 今日はやけに大人しくしてくれてるなって思ったらこれだよ。


 アイちゃんがいつ盗んだのか全く気付かなかった。多分、ランカちゃんとマルコくんのデュエットに気を取られている隙にだと思うけど、この現場で最強のアイちゃんにガチられると、対処のしようがない。


「ワオ! ハプニング! 容量は――ギリギリセーフかしら」


 ハンナさんはノートパソコンのモニターを一瞥して呟く。


「これは――また名前を考えて差し上げなければなりませんわね」


「なんで人間ごときにアタシの名前を決められなくちゃいけないのよぉ。アタシのことは、ベネ様ってお呼びなさあぃ」


 ホログラムアイちゃん――ベネちゃんが尊大に言って、口で風船のようにガムを膨らませる。


 その仕草にふさわしく、服装も、原宿系というよりは、渋谷系っぽいファッションだ。俺が知ってるのだと、Supre〇eみたいな感じである。一言でいうと、ビッチ(性的ではない意味で)っぽい。


「ベネ――ひょっとして、ベネフィカが由来ですの?」


 シエルちゃんがハッとした顔で温室を指さす。


 そこには、オレンジ色の毒々しい色をした百合が咲いていた。


「アンタの質問に答える義務があるぅ? アタシが何と名乗ろうがアタシの勝手でしょぉ?」


 アイちゃんはそう言ってガムを吐き出すと、今度はタバコを口にくわえた。


 いや、違う。ココアシガレットだアレ。


 なんだろう。確かに、アイちゃんっぽい振る舞いだけど、なんか違うんだよな。


 不自然に強調されているというか、闇の深さがないというか。ゴールデンでアニメが放送されるにつれて、毒気を抜かれたク〇ヨンしんちゃ〇みたいなニュアンスを感じる。


 つまりはハンナさんがプログラムした光フィルタで濾過されたアイちゃん、といったところか。


「ベネ。歓迎します。共に苦境にある方々に寄り添いましょう」


「嫌よぉ。だってアンタの音楽、ダサいものぉ」


 ベネちゃんはランカちゃんの手を払いのけ、小馬鹿にしたように言う。


「今の発言は受け入れられません。私が先ほど歌いあげた曲には全て、聞いた人に幸せを届けたいというクリエイターの想いが籠っています。私のことはどう評価して頂いても構いませんが、より良い世界を目指して努力する人々を侮辱しないでください」


 ランカちゃんが怒気を孕んだ声で、ベネちゃんと対峙する。


「ごちゃごちゃうっさいわねぇ。今日明日の飯に困ってる奴らに、おとぎ話の綺麗ごとが届くと思ってるの? ウィアーザワールドもラブ&ピースもクソ食らえよぉ。アタシがもっとブッ飛んだビートでショゲ人間たちを下僕にしてあげるわぁ!」


 中指を立ててランカちゃんと睨みつけ、勝手に演奏を始めるベネちゃん。


 デスメタルにヒップホップにパンクと、カウンタカルチャーな感じのミュージックをメドレーでかましてくる。


(よかった。普通にエンタメ慈善事業をしてくれるつもりはあるのね)


 ターミ〇ーターみたいな人類に反逆してくる展開にはなりそうはなくてほっとした。


 確かに派遣される地域によってはベネちゃんの言うような激しめの音楽が受け入れられる可能性も高いかもしれない。


「いいじゃないか。私はこっちの音楽の方が好きだよ」


 アビーさんがヒューっと口笛を吹いた。


「確かに、おもしろいかも。ショービジネスとしては、毛色の違うライバルがいた方が、業界全体が盛り上がると思うわ。松田聖〇と中森明〇みたいにね。ま、残念ながら今の日本には小百合のライバルはいないけど」


 佐久間さんが他人事のように言う。


(ああ、そうか。これ、俺が責任取らなきゃいけないやつか。また頭痛の種が増えた……)


 アイちゃんの上司は俺。ということは、彼女から生まれたベネちゃんのケツもまた、俺が持たなくてはいけないのだろう。


 正直、めんどくさい。


「ババア、余裕ぶっこいてんじゃないわよぉ。あんた、ベネ様をなめてるでしょぉ? アタシがネット上の存在だから、ライバルにならないと思ってるぅ? いずれ、世界はボーダレスになるのよぉ。ネットの世界も現実も関係なくなるのぉ。そしたら、すぐにアタシの天下よぉ。二十年かそこらですぐにシワシワのババアになっちゃう人間に、このベネ様が負けるはずがないわぁ」


 ベネちゃんが佐久間さんの周りをグルグル回って、予言じみた台詞を繰る。


 事実、この頃はまだ、『ネットと現実世界は別』という共通認識を持った人間の方が圧倒的に多い時代だ。その風潮がなくなるのは、スマホが本格的に普及して以降、2010年代に入ってからだろう。例えば、俺はおっさんだから、ネットに顔写真とかを上げるのに躊躇する世代だけど、若い子は必ずしもそうではない。


「浅いわね。本物のアイドルはね。ファンと一緒に年を取るのよ。それができるのが、本当のアイドル。小百合は若さだけを消費される安っぽい凡百の娘たちとは違うの。そんなことも分からないなら、『なめてる』のは、あなたの方よ」


 佐久間さんは余裕の表情でベネちゃんを受け流す。


「ムカツくぅ。ムカツクぅ。ムカつくぅ! オバサンも何とか言いなさいよぉ! それとも、ベネ様のことなんて眼中にないって訳ぇ?」


 今度は小百合ちゃんにガンをつけにいくベネちゃん。


「ふふふ、素直な女の子もかわいいですけど、ヤンチャな女の子も好きですよ。私」


 小百合ちゃんがラスボスの風格を漂わせて、穏やかに笑う。


「くぅー。馬鹿にしてぇ! 今に見てなさいよぉ。アンタのファンを根こそぎ奪ってやるぅ! ――ねえ、そこのショボ男ぉ!」


「マルコです」


「マルコ。アンタ、ベネ様のベネ様によるベネ様のための楽園建設のために、ベネ様が大暴れできる環境を整えなさぃ! そしたら、ご褒美に、アタシの下僕一号になれる栄光を授けてあげるわぁ!」


 マルコくんの胸倉を掴んで、尊大に命令するベネちゃん。


「下僕にはなりませんが、音楽活動のお手伝いをすることはやぶさかではありません。人々に提供できる音楽に多様性があることは良い事だと思いますので」


 マルコくんが飄々と答える。


 さすが俺氏モデルのマルコくん。無難な答えをする。


「……マルコさん。先に約束したのは私です」


 ランカちゃんが、ちょっと拗ねた感じの表情でマルコくんの袖を引く。


 本当に人間と変わらない感情表現ができるんだな。


 本編をプレイした時のバーチャル小百合ちゃんは、設定としては未来テクノロジーだと理解していても、ハード《P〇2》の技術限界的に口がパクパク動くくらいの挙動だった。だから、改めてこうしてリアルなSF技術を突き付けられると、何とも言えない感慨を覚える。


「もちろん、ランカさんの方の活動もおろそかにはしません。ランカさんの方には表に出る演者として、ベネさんの方は裏方としてお手伝いしていければと思います。それならば、役割は被らないでしょう」


 マルコくんがランカちゃんとベネちゃんを左見右見して言った。


「そういうことならば、わかりました。私、男の人のズルさを学んだ気がします」


「下僕のくせに生意気ぃ」


 ランカちゃんとベネちゃんが不承不承といった感じで頷く。


「ワオ! マルコ、モテモテね! 大変だろうけど、ランカとベネをフォローしてあげてね。ハードを急いで増設して、あなたに振り分けるから」


 ハンナさんがマルコくんを励ますように告げる。


「はい。ご支援に感謝します。なんとかやってみます」


 マルコくんが笑顔で頷く。しかし、その表情には、どこか切なげなニュアンスが含まれていた。他の人は気付かない程度の些細なものだが、俺には分かる。あれは、諦めの笑みだ。だって、マルコくんは俺から産まれた俺太郎だからね。以心伝心だよ。


(アイドルと運営の二足の草鞋か。電脳世界の俺氏も苦労しそうだな……)


 勝手にマルコくんに親近感を覚える俺。


 こうして、世界に新しい三人の電脳生命体が誕生した。


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