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第180話 アイドルは時代に寄り添う

『――もう子供じゃないのよー。いつかのー天使―。だって知ってるわー。お空の上の世界も、思ったよりも厳しいって。それでも私は、いつまでも天使―。あなたのために、いつかまた天使―』


 3Dホログラム小百合ちゃんが、見事なワイヤー浮遊を決めて、テーブルの上に着地する。


「はい! 以上、シエルから借りたサユリコレクションのライブ映像でした」


 ハンナさんが周りの顔を見渡してそう言うと、ノートパソコンのキーを叩く。


「すごいですね。完全に私です。あの時のライブを思い出しました。初めてのアリーナで、とても緊張したんです」


 小百合ちゃんが懐かしそうに言う。


「すごいわね、これ。カフェで一日中、ライブ映像流しているだけでいくらでも客を引っ張れるレベルじゃない」


 佐久間さんも感心しているようだ。


「……僅かな間にここまで技術は進歩しておりましたのね。これはお兄様にお願いして、地下に特殊ステージを造ってもらわなくては。編集すれば、時代を超えたアイドルたちの夢の共演も可能に――」


 シエルちゃんがブツブツと呟く。


 発想が完全にオタクのそれ。


「それで、どう? 私の技術レベルに納得してもらえた?」


「これ、受け答えはできないのかしら?」


 佐久間さんが、動かぬマネキンと化したホログラム小百合ちゃんを指して言う。


「できないわ。だって、まだ中身がないもの。仏メイドでタマシイイレーズ」


 ハンナさんが首を横に振る。


「そう。実際、その電脳人格とやらがどのレベルの反応をするのか確かめたかったんだけれど」


「これから私たちがしようとしている行為は、新たな命を生み出すということに等しいのよ。だから、一度生み出した電脳人格は、そこらのソフトみたいに、気軽にアンインストールなんてできない。それは殺人にも等しい行為から。だから、第一号のモデルをこうして慎重に、慎重に選んでるって訳」


 ハンナさんが重々しい口調で言う。


「なるほど。理屈としても倫理としても正しいと思うけれど、万が一、失敗――バグるって言えばいいの? おかしなのができたらどうするの。それこそ、人間でも一定確率で生まれながらのサイコパスはいる訳じゃない」


「もちろん、電脳人格が人間を害するようなことになった場合の安全装置は何重にも用意している。でも、それを使うのは最悪の場合よ。それこそ、裁判官が死刑を宣告するのと同じくらい、最悪の場合にだけ」


「そう。なら、とりあえず私からの質問はそれくらい。――後は、小百合次第だけど、どうする?」


「私はこういったテクノロジーには疎いのですが、私が協力することで、励まされる人がいるなら、それはとても素晴らしいことだと思います。私はチャリティーコンサートなどにも参加させて頂くことがありますが、全部、『起こった後』なんですよね。被災地などを訪問させて頂く際にも、ことが起こってすぐに行くことはできなくて、一年も二年も経った後にしか現地には赴けません。それが歯がゆくて」


 小百合ちゃんがキュッと唇を引き結んで言う。


「やっぱりまだ悩んでいたのね。でも、安全面や小百合が行くことでかえって現地の負担になってしまうことを考慮すれば、仕方ないことなのよ。何度も説明したでしょう?」


「はい。わかってます。でも、アイドルは、ファンが一番大変な時にこそ、その側にいられれば理想だと思うんです。これから生み出す子は、それができるんですよね? 今、苦しんでいるその人たちの苦しみに寄り添うことが」


 小百合ちゃんは真剣な表情でハンナさんの顔を見つめる。


「できるわ! 私がしてみせる。サユリ=コヒナタ! あなたを選んで良かったわ!」


 ハンナさんが感動に目を潤めて、小百合ちゃんに激しく握手した。


 光属性同士の共鳴が眩しくて尊い。ギャルゲーで汚れた俺の心が浄化されていく……。


「気をつけろ。ハンナは男も女もイケるクチだぞ」


 アビーさんがぼそっと口を挟んだ。


 そうなんだ。百合娘じゃなくてバイ娘なのね。


「あら、アビー。嫉妬してるの? 安心して。ジャパニーズディーバは恋愛禁止だそうよ」


 ハンナさんが満更でもなさそうな口調で微笑む。


「本能は規制できない。約束というのは破るためにあるんだよ」


 アビーさんはそう言って、ハンナさんの分のティーカップを飲み干す。


「はいはい。小百合の教育に悪いから、イチャつくのはよそにしてちょうだい。――で、仕事の話に戻るけれど、小百合をモデルにするなら、一つ、条件をつけさせてもらうわ。絶対に政治や宗教的な問題には関わらないこと。小百合に変な色をつけたくないから。どんなことでも反対する人はいるものだけれど、少なくとも賛否両論あるような案件には首を突っ込まないで。西洋は自分の考えを主張することを良しとする文化だろうけど、日本はそうじゃないから」


「そこら辺は、俺の方で日本人のスタッフを入れて、トラブルが起きないように対策します」


 俺はすかさず口を挟んだ。


「それなら、後はギャラの問題くらいかしら。小百合の前で生々しい話はするつもりはないけれど」


「……あの、佐久間さん。お金のことには、口を挟みたくありませんが、ハンナさんの話を聞く限り、新しく生まれる子には人間と変わらない自我があるんですよね。その子の働いた分の報酬を私たちが受け取るというのは、どうなんでしょうか」


 小百合ちゃんがおずおずとそう発言する。


「はあ。小百合ならそう言うと思ったわ。確かに慈善事業で儲けるというのはイメージも良くないし、お金を受け取るということは、責任も負うということでもあるものね。ひとまずは社会貢献の一環ということでタダにしておくわ。その代わり、もし今回のプロジェクトが成功して、何かしらの商業展開する際には、ウチとも提携してちょうだい。かなりのお金がかかってる技術であることは、素人の私にもわかるけれど、お得に使わせてよね?」


 佐久間さんが肩をすくめて言う。


「もちろんよ! それくらいはお安い御用だわ! そもそも、私は知識を一部の人間が独占するなんておかしいと思ってるんだから」


「交渉成立ね」


 ハンナさんが深く頷いて、佐久間さんと握手を交わす。


 ハンナさん、勝手に口約束をして大丈夫かな。


 本当はお兄様の許可が必要なはずなんだけど、天才研究者としてこれくらいの裁量権は認められてるのかな。


 まあ、どのみち俺にも技術が流れてくるから、協力はできるだろう。


「えっと、それで、私はどうすれば?」


 かわいらしく小首を傾げる小百合ちゃん。


「簡単よ。このヘッドギアを装着して、おしゃべりでもしていればすぐに終わるわ」


 ハンナさんはテーブルの下からヘルメット状の被り物を取り出すと、にっこりと微笑んだ。


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