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第179話 ティ―タイムはお嬢様のたしなみ

 爽やかな秋晴れの午後。


 シエルちゃん家の庭中を、慌ただしくメイドたちが動き回る。


「こういったことは、もう少し早く相談してくださる? フィアンセ様」


 シエルちゃんがツンとすまし顔で言った。


「ごめんね。ロケが中止になったとかで、先方に急に時間ができたみたいでさ」


 俺は申し訳なさをにじませつつ言う。


 午前中に佐久間さんから連絡があったのだが、さすがに機密だらけの研究所に二人を招く訳にはいかないので、シエルちゃん家で会うことになったのだ。


「それは、わかりますけれど、お客様に粗略なおもてなしをすれば、ワタクシたちの評判にも関わってくる訳ですから」


 シエルちゃんが真剣な口調で言う。


 怒ってるというよりは、憧れのアイドルを招くということに対する緊張と、小百合ちゃんにいい所を見せたいという自負が合わさって、ピリピリしてる感じだ。


「ヘイ、シエル、リラーックス! パーティーなんて、ピザとソーダ(炭酸飲料)さえあれば、それで十分よ! 味わうのは、会話(コンバセーション)なんだから」


 芝の上に寝転がったハンナさんが、陽光を取り込むように大きく深呼吸して言う。


「ピザにソーダ? 小百合さんは一流のパフォーマーですのよ? そんなジャンクフードなんて出せるはずありませんわ。ハーブティーか、カフェインレスの紅茶を用意します。時間を頂ければ、ローカロリーのカップケーキでも焼けたのですけれど、手軽にムースくらいしか作れませんわね」


「紅茶に菓子か……。趣味じゃないな。私はコーヒー派だ。少しウイスキーを垂らすとなお美味い」


 ハンナさんの横で胡坐を掻くアビーさんが、欠伸をして言う。


「アビーさんは、護衛でしょう! 職務中に飲酒なんてあり得ませんわ。少しはソフィアを見習ってくださいな!」


「……」


 従者モードのソフィアちゃんは、黙々と異能でイチゴのムースの入った白磁の器を冷やしている。


「人間冷蔵庫、楽しぃ? チュウ子ぉ」


 そんなソフィアちゃんを指で突いてからかうアイちゃん。


 基本、シエルちゃん家や研究所の護衛はお兄様サイドの担当だけど、小百合さんの方の身辺警護は俺の責任なので、ついてきてもらった。


「暇ならアイも人間保温器になったらどうだ。そこのティーポットが空いてるぞ」


「アタシはメイドじゃないしぃ。そもそもマスターはそんな安い仕事をアタシに振ったりしないものぉ。ねぇ、マスター?」


「……まあ、確かにアイの仕事ではないけど、お友達として手伝ってあげてもいいと思うよ?」


 俺は苦笑して言う。


 俺的には応援に家事娘ちゃんたちを連れてきてもよかったけど、シエルちゃんは誇り高き乙女なので、彼女のプライドを尊重して手を出さないようにしている。


『マスター他皆様方へ。間もなくお客様を乗せたヘリがそちらに到着します』


 そうこうしている内に、インカムに兵士娘ちゃんからの連絡が入る。


「お疲れ様。後の護衛はこちらで引き継ぐよ」


 俺はそう応答した。


 やがて、丘の下の平地にヘリが着陸する。


 佐久間さんと小百合ちゃんが丘を上ってくる間に、シエルちゃん家の従者たちは何とか支度を終えて、門の内側に整列。お出迎えする体勢を整えた。


「ごめんください。ノアプロモーションの佐久間祥子と申します」


「小日向小百合です」


「佐久間様、小日向様、ようこそいらっしゃいました――どうぞこちらへ」


 ソフィアちゃんが門を開き、二人を中に迎え入れる。


 メイドと執事が一斉に折り目正しく礼をした。


「どうも、お邪魔します。――それにしても、とても立派なお屋敷ですね!」


「ええ。趣きがあっていいわよね。MVに使わせて欲しいくらいね」


 小百合ちゃんと佐久間さんが目を丸くしている。


 さすがのアイドルでも、ガチお嬢様に接待されるのは初めてらしい。


「ただ古いだけですわ。――ごきげんよう。ワタクシは、この屋敷の主のシエル=コンプトンと申します」


 ガーデンテーブルの側まで二人がやってきた時、俺たちを差し置いて、シエルちゃんが進み出て優雅な一礼をする。


「は、はい。ごきげんよう」


 小百合ちゃんが一瞬戸惑った様子を見せつつも、見事に礼を返す。


「ちょっと、ちょっと、成瀬君。まだこんな美少女を隠していたの? 案内してくれた子といい、彼女といい、一体、この地域の美少女密度どうなってるのよ」


 佐久間さんがシエルの隣にいる俺に胡乱な視線を向けてくる。


「はははは、どうしてでしょうねー。不思議です」


 俺はすっとぼけて言った。


「全くね。これだけの美少女に囲まれてるあなたは、よっぽどで前世で善行を積んだのかしら」


 佐久間さんがからかうように言う。


 どうだろう。


 設定上は、成瀬祐樹君の前世は善人が多い。


 俺個人の前世は良くも悪くもないと思う。もっと善行を積んでいれば、素敵でチートな異世界転生ができたかもしれない。


「前世は分かりませんが、現世では善行を積みたいですね。こうして何度も小百合さんに会えているという時点で、大多数の日本人に比べて幸運であることは確かですから。使った分の運を補填しないと」


 俺は小百合ちゃんに視線を遣って呟く。


「ふふ、相変わらず、大人でね。――お久しぶりです。祐樹君。夏祭り以来ですね」


「どうも、小百合さん。ますますご活躍のご様子で」


 俺と小百合さんは、目礼を交わし合う。


「そりゃ小百合以上に活躍している未成年なんている訳ないでしょ。と言いたいところだけど、あなたの活躍には負けるかもね。――それで、はい。これ、お土産の八つ橋。忘れない内に渡しておくわね。映画村から直で来たから、大したものを用意できなくて悪いけど」


 佐久間さんが袋からラッピングされた生八つ橋の箱を取り出して、俺に渡してくる。


「いえ、ありがとうございます。わざわざご足労頂けただけで、俺たちにとっては十分なお土産ですよ」


「そう思ってたんだけど、ここまで立派に歓待されちゃうと、さすがに申し訳ない気分だわ。あっ、そうだ。ちょうど、小百合の新譜のサンプルCDができたんだけど、いる?」


 そう言うと、佐久間さんは肩掛けのバッグから正方形のプラスチックの箱を取り出した。


「ぜ、是非!」


 シエルちゃんが頬を紅潮させて即答する。


「はは、何でシエルが答えるんだよ。会談の場所は借りたけど、一応、二人は俺のお客さんなんだけど」


「あら、ワタクシとユウキは婚約者の間柄ですもの。それはすなわち、一心同体ということですわ。あなたの物は私の物。私の物はあなたの物」


 シエルはわざとらしい高慢な口調で言う。照れくささを誤魔化すようなニュアンスだ。


「こ、婚約者。なんかすごいですね。映画やドラマのお話みたいで」


 小百合ちゃんがびっくりしたように言う。


「あなた、本当におもしろい私生活してるわね。サメとかワニとかが出てくるC級映画ばっかりとらずに、自分の生活のドキュメンタリー映画を撮った方がウケるんじゃない?」


 そう言いつつ、八ツ橋で手が塞がっている俺の代わりに、シエルちゃんへとCDを手渡す佐久間さん。


「あ、ありがたく頂戴致します……」


 そう言って、もじもじとCDを受け取るシエルちゃん。


「あの、小百合さん、もしよかったら、そのCDにシエル宛のサインをしてくださいませんか。シエル、あなたの大ファンなんです」


 俺は空気を読んでそう口を挟んだ。


「ちょ、ちょっと、ユウキ。いきなり何をおっしゃいますの!」


「でも、欲しいでしょ? サイン」


「そ、それはその、ワタクシは、今のユウキの発言を必ずしも否定しませんけれど、お客様にいきなりそのように不躾なお願いをするのは、家主としてふさわしくない振る舞いだと申しますか……」


 目を泳がせて、ごにょごにょと呟くシエルちゃん。


「えっと、サインくらい、私は全然構いませんよ。あっ、でも、マジックが――」


「ソフィア」


「はい、こちらに」


 シエルちゃんの呟きに、阿吽の呼吸でソフィアちゃんから小百合ちゃんへと差し出される油性マジック。


「ど、どうも。えっと、では、カタカナでシエル=ハンプトンさんでいいですか? アルファベットならスペルを教えて頂けると嬉しいです」


「えっと、その、全てひらがなでお願い致しますわ」


 サインに謎のこだわりを見せるシエルちゃん。


「はい――どうぞ」


 小百合ちゃんがCDを受け取り、慣れた手つきでサラサラとサインを書いてシエルちゃんへと返す。


 シエルちゃんはマジックの書き跡が擦れないように、慎重にCDケースの縁を持ってそれを受け取る。


「か、感謝致しますわ」


「せっかくだから、写真も撮ってもらえば?」


「さ、さすがにそれは。ワタクシはそのようなはしたないお願いをする女では――」


「いいじゃん。映画撮影の時、町のみんなも撮ってもらったし。――小百合さん。構いませんか?」


「いいですよー。せっかくですから」


 快く頷いてくれる小百合さん。


「ほら、小百合さんもこうおっしゃってるし」


「ゆ、ユウキがそこまでおっしゃるなら仕方ありませんわね――ソフィア!」


「はい、お嬢様。ただ今」


 テーブルの下から最高級デジタルカメラと三脚を引っ張り出し、撮影準備を始めるソフィアちゃん。


 ツンデレサポートを完了した俺は撮影の邪魔をしないように、そっとカメラの射線から外れる。


「……見かけよりもかわいらしい中身のお嬢様みたいね」


 近くにいた佐久間さんが微笑ましげに呟く。


「そうですね。俺の素敵な婚約者です」


「惚気るわね。――で、そろそろ本題に入りましょうか。そちらが今回のインターネットアイドルの話を持ってきた科学者さん?


「ハァイ! ハンナ=アーレントよ。こっちはパートナーのアビー」


 芝生から上体を起こしたハンナさんがフレンドリーに手を振る。


「どうも」


 アビーさんがぶっきらぼうに呟いた。


「佐久間祥子です。ねえ、今のはギリギリわかったけど、私、英語できないんだけど」


「ああ、そうですよね。えっと、じゃあ、俺が通訳するって形で――」


「翻訳ね? 問題ないわ。これをつけて」


 ハンナさんがポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して、佐久間さんへと投げて寄越す。


「えっと、普通に耳にすればいいの?」


「そうそう。どう? 私の言ってること、上手く翻訳されてる? |he sells seashells by the seashore.《あめんぼあかいなあいうえお》」


「ちゃんと分かる。――知らない間にIT技術はここまで進歩してたのね。この分だと、近い将来、英会話教室は全部倒産するのは確実だわ」


 佐久間さんが驚愕して言う。


「はは、まだ市販化するのは当分難しいかと思います」


 俺は苦笑いして言った。


 多分、スーパーコンピューターにつないでるんだろうが、機密的に大丈夫か?


 まあ、ハンナさんの責任だし、しーらないっと。


「とにかく、あなたたちの技術力がすごいことはわかったわ。俄然、これからの話に興味が出てきたわね」


 佐久間さんが、鋭い商売人の目つきをして言う。


「では、向こうの撮影会もそろそろ終わりそうですし、本題に入りましょうか」


 俺はそう切り出す。


 やがて、皆が(まる)いガーデンテーブルの席につき、会談が始まった。


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