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第175話 光のマッドサイエンティスト(2)

「ポジティブな考え方ですね。――ですが、それなら、なぜ、オリハルコンを開いたんです? 仲間の肉体的な損傷を死とみなさないなら、あのまま籠城するという選択肢もあったと思いますが」


「……私は止めたんだ。明らかに怪しかったからな。マイケルたちが敵と内通しているのではないかと疑っていた。まあ、さすがにゾンビになってたというオチは読めなかったが」


 俺の疑問に答えたのは、ハンナさんではなく、オッドアイの長身女性であった。


 ダメージジーンズに、シャツという、モデル体型のみに許される簡素ないでたちをしている。

アビゲイル、ことアビー。


 彼女は、ハンナさんの恋人である。


 本編では、今回のような先端技術を巡る戦いに巻き込まれ、命を落とす設定となっている。ハンナさんは、恋人を亡くした喪失感を埋めるため、より一層研究に心血を注ぎ、その果てに、彼女とそっくりのアンドロイドを開発に成功するというシナリオだ。そうして生まれたのが、はて星のヒロインちゃんなのである。


 量子コンピューターは、アビゲイル(アビー)モデルの高性能アンドロイドを生み出す過程で出来た副産物に過ぎない。


 まあ、要するに悲恋系百合というやつです。


 アビーちゃんは、男装令嬢タイプのヒロインだ。性格はサバサバとした騎士道精神に溢れている感じで、ファンからは、『くっこロイド』などの愛称で親しまれている。


 でも、人気順位は、この手のキャラの宿命として低めだ。


 全体のストーリー的には、意外と重要キャラなんだけどね。


 というのも、彼女が、アンドロイドのブラックボックスに組み込まれているロボットの三原則=人間の殺傷の禁止というロックを外す鍵を、ハンナさんから託されているという設定だからなんだけど、今はどうでもいいか。


「仕方ないじゃない。アビー。理屈では見捨てた方がいいとわかっていても、やっぱり仲間が目の前で苦しんでいるのは辛いのよ。それに、実際、ハッタリじゃなく、私たちは殺されかけていた訳でしょう? いくら肉体の有無にこだわらないとは言っても、私たち全員が死んでしまったら、復活のボタンを押す人間がいなくなっちゃうじゃない。結局、あれが最適の選択だったのよ」


「もっともらしいことを言ってるが、ハンナは呪術的テクノロジーと接触してみたかっただけだろう。合衆国(ステイツ)の企業はオカルト系の技術との接触を禁止しているからな。でも、非常時には例外規定が適応される。チャンスだと思ったんだろう?」


 アビーさんが呆れたように言う。


「えへへ、バレた? 私、いくら怪しい技術でも検証もしないで否定するのは科学的態度じゃないと思うのよね」


 ハンナさんは、悪戯っ子のごとく、舌をペロっと出して笑う。


「はあ、全く。研究熱心なのは結構だが、付き合うこっちの身にもなってくれ」


 アビーさんはそう言って、肩をすくめる。


「過去よりも、大切なのは未来でしょ? ――ヘイ! ナルセサン。回りくどいのは嫌いだから、ずばり聞いちゃうわ! 私たち、これからどうなるのかしら? もしかして、ゾンビにされちゃったり?」


 ハンナさんは俺の方を見て、冗談めかした口調で言う。


「俺は決定権者ではないので、正確なことは申し上げられませんが、おそらく、開発を続けて頂くことになるのではないでしょうか。少なくとも、こうしてあなた方の身柄を確保するのが目的である以上、殺されるということはないかと思います」


 俺はそう無難に返す。


「十分な開発環境が用意されているなら、私は出資者が誰であろうと構わない――とまでは言わないけれど、民主主義や自由主義の価値観を共有している勢力にならば、従うわ。ジャパニーズボーイのナルセさんがいるってことは、共産圏やイスラム圏じゃないってことでいいのよね?」


「詳しいことは申し上げられませんが、失望させることはないかと思います」


「なら、問題ないわね! あっ、もちろん、私の研究チームも一緒じゃないとダメよ?」


「これも私からは何とも言えませんが、俺のボスは聡明な方なので、研究に必要ならば承認するのではないでしょうか。推測にすぎませんが」


「よかったー。みんな、聞いた? アビー。今度の引っ越しは、いつもより遠くになりそうよ」


「やれやれだ。今度は砂漠よりはマシな所であることを願うよ。日焼けするのは好きじゃない」


 どこかほっとしたように、呑気な会話を繰り広げるハンナさんたち。


「いえ、その、大変申し上げにくいんですが、アビーさんは別です」


 俺はそう切り出した。


 空気を壊すのは気が進まないけど、俺の安全保障に関わる問題だからね。


 妥協はでいない。


「どういうことかしら?」


「研究者を引き継ぐことは認めても、普通に考えて、反乱を起こす可能性のある元敵を護衛につけることは考えにくいです。一新されるかと」


「まあ、道理だな。私が敵だとしてもそうする」


 アビーさんがニヒルに笑って頷く。


「……大丈夫よ。さすがにゾンビになっちゃった仲間全員は無理かもしれないけど、アビー一人をチームに入れるくらい、私が説得してみせるわ」


「それが、ですね。そうもいかないんです。事前の約定で、ハンナさんと研究員の皆さんは俺の上司に引き渡すことになっているんですが、軍人さんは、俺の取り分なんです。つまり、率直に言えば、アビーさんは俺の捕虜です。俺の上司のではなく」


「……あら、私のアビーを盗ろうっていう訳? まだまだママのおっぱいに甘えたいお年頃かしら」


 ハンナさんの目がすっと剣呑な感じに細まる。


 おっぱいは嫌いじゃないけど、アビーさんの胸、普通に硬そうなんだよなあ。


「すみません。でも、俺は俺で守らなければいけない人たちがいるので」


「したたかね。――私とアビーの関係は公言していないはずだけれど、どこで知ったのかしら」


「――勘、ですかね? オカルトだと思ってもらって結構です」


「――そりゃ簡単にはマジックの種を教えてはくれないわよね。OK! 建設的な交渉をしましょう。あなたの望みはなに?」


「いえ、大したことではありません。俺は最先端の技術についていきたいだけなんです。上司を出し抜きたいという訳ではなく、あなたの技術を盗んで自分だけのものにしたいという訳でもない。むしろ、協力して、科学を発展させていければベストだと思っています」


 俺はハンナさんの疑問に穏やかに答える。


 アビーさんを人質に取ってハンナさんを動かし、先端技術の研究に一枚噛む。


 それが俺の今回の目標だった。


「hum……。要は、技術提携を結んで、研究データにアクセスしたいのね? 私はこれから引き渡される誰かさんに、それをお願いすればいいのかしら。『私はアビーと一緒じゃないとどこにもいかないわ! アビーがナルセサンの所にいるのなら、私もナルセサンと一緒に研究する!』 こんな感じ?」


 ハンナさんが芝居がかった口調で演技をしてから首を傾げる。


「話が早くて助かります。情けない話ですが、立場的に、俺の方からは持っていきにくい案件でして」


 俺は苦笑いして言う。


「わかる。政治(ポリティクス)って本当に面倒よね。早く地球全体で統一政府を作ればいいのに。同じ人間同士が余計な足の引っ張り合いでリソースを浪費するなんて、非効率すぎるわ」


「俺もそう思います。――それでは、協力して頂けるということでよろしいですか?」


「いいわよ。ナルセサンは悪い人じゃなさそうだし、協力するわ」


「ありがとうございます。一応、交渉が成立するまで、アビーさんの身柄はこちらに預からせてもらいます。人質みたいになっちゃいますが、俺はハンナさんたちを敵に回したい訳でも、意地悪をしたい訳でもないので、そこだけ分かっておいてもらえるとありがたいです」


 俺はそう言い訳をしてから、友好の証にハンナさんの腕の拘束を解く。


「もちろんわかってるわ。素敵なビジネスパートナーさんに認めてもらえるように、頑張らないとね」


 握手を求めてくるハンナさん。


「よろしくお願いします」


 俺はその手をしっかりと握り返した。


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