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第170話 コードネームは厨二の憧れ

 こうしてサファちゃんと親交を深めた俺は、祭りが終わっても、シエルちゃんの負担を軽減するために、お屋敷に通いつめ、さらに彼女との仲を深めた。


 お兄様より招集がかかったのは、祭りから二週間後のこと。


 外交特権やらなんやらを使ったプライベートジェットでアメリカへ飛んだ俺たちがやってきたのは、殺風景な砂漠だった。


 時刻は深夜。


 場所は、シリコンバレーの近く。


 確保対象の要人は、移動型の拠点を有しており、居場所を補足されないように定期的に拠点の場所を変えながら、研究を続けてるらしい。


『【フジヤマ】、こちら、【ポテトヘッド】。【シンデレラ】は舞踏会の最中だ。12時の鐘を鳴らせ』


 お兄様直属の軍事部隊が、そう号令を下す。


「【フジヤマ】、了解。これより、西部方面から、敵を圧迫する」


 アメコミのようなダサめのコードネームを復唱してから、俺はインカムでそう応答する。


 作戦の概要は単純。東西南北の四方から敵を包囲する確保作戦である。


 なお、今俺がいるのは、土属性の兵士娘ちゃんが作ってくれた、即席のキャンプ。


 呪術的にも視覚的にもカモフラージュされた拠点だ。


(さすがお兄様。いい目の付け所をしていらっしゃる)


 俺は、今日になって、ようやくお兄様が欲する人物の名を知った。


 情報を秘匿するためか、現地につくまで、俺にすら最低限の情報しか開示されてなかったのだ。


(ハンナ=アーレント。天才科学者にして、未来の量子コンピューターの発明者。俺も見つけようとしたけど、無理だったんだよなー)


 ハンナ=アーレントの名は、第三作目の『はて星』において、言及されている。


 『はて星』は、遠い未来、技術的特異点(シンギュラリティ)を超えた先にある世界の話であるが、その発端になるのが、まさに彼女による量子コンピューターの発明なのだ。


 なお、ハンナ氏本人は攻略対象ではなく、彼女が作ったアンドロイドこそが、第三作目のヒロインの一人である。ハンナ=アーレントは、そのヒロインの回想の中に登場する過去の人に過ぎない。


「ねえ、お兄ちゃん。お話し終わった? もう、遊んでもいい?」


「ああ。待たせたね。【戦争ごっこ】を始めようか」


 俺は静かに答える。


 なお、ため口なのは、サファちゃんとそこそこ仲良くなった証です。


「かくれんぼした方がいい? それとも、賑やかにパレードにする?」


「俺たちは他のチームの被害を減らすための弾除けだから、敵に火力を使わせなくちゃいけない。だから、目立つ感じだね。【パレード】でいこうか」


「わーい! やっぱり、【戦争ごっこ】はそうじゃないとね! あっ、先に言っておくけど、死んだお友達は全部サファのだからね! 軍人さんも、頭のいい研究者さんの素体も、どっちも貴重だから!」


 サファちゃんがそのかわいらしい小さな唇に、人差し指を立てて釘をさしてくる。


「ああ。それはいいけど、装備はこちらがもらうよ!」


 俺は親指をサムズアップして頷いた。


 死体を冒涜するのにはいまだに慣れないけど、サファちゃんが機嫌を損ねると、その時点で作戦が成立しなくなるので、胸糞悪くても仕方ないんっす。


「マスターぁ、アタシたちはぁ?」


「もちろん、後方で戦力の欺瞞と、火力支援をするんだよ。サファさんの【お友達】が少しでも前に進みやすくなるようにね」


「つまらない仕事ねぇ」


「そうだね。でも、俺は他人の戦のために、アイちゃんたちを危険に晒したくなんかないよ」


 俺はきっちり命令された仕事は果たすが、必要以上にお兄様に媚びを売るつもりはない。


 あんまり尻尾を振り過ぎるのもナメられるからね。


「マスター、過保護すぎぃ、アメちゃんなんて、呪術的にはカスゴミよぉ?」


 アイちゃんが肩をすくめる。


「うん! アメリカは、赤ちゃんだもんね!」


 サファちゃんが頷く。


(天下のアメリカ様、めちゃくちゃナメられてますやん)


 この世界のアメリカは、俺が元いた世界と同様に、覇権国家である。ただし、それは『表世界』においての話であって、【金の人々】が支配する『裏世界』においては違う。裏世界において、アメリカという国は、末席に近い低い序列に位置づけられている。


 というのも、アメリカという国は歴史が浅く、呪術的な文化の土壌が浅いからだ。


 アメリカは、宗教的には、ピューリタンというプロテスタント(新教)の一派が始めた国である。しかし、くもソラワールドは、積み重ねてきた血と歴史がものを言う世界なので、昔からあるカトリックこそが正統であって、新教はクソ雑魚扱いである。


本当は、アメリカ大陸にも、ネイティブアメリカンとか、古来より連綿と続く、強めの精神文明が存在したのだが、大体侵略者たちにぶっ殺されちゃって衰退しちゃってるしね。


 まあ、要するに、アイちゃんやサファちゃんの価値観においては、アメリカは、成金の新参者で、取るに足らない雑魚なのだ。


 裏世界で馬鹿にされまくるので、この世界のアメリカちゃんは歴史コンプをこじらせまくっており、俺が元いた世界以上に、科学技術――特に軍事兵器の類に全力でガチってる設定となっている。『神は死んだ! というか、殺す!』という訳だ。


ママンと思想的には似ている。しかし、アメリカは呪術的テクノロジーに頼らず、純粋に人類の英知を結集した科学のみで、既存の秩序をひっくり返そうとしているという点でコンセプトが異なる。


(まあ、それも含めて、【金の人々】の計画通りなんですけどね)


 なんやかんやで人口が爆減してしまった未来のはて星ワールドにおいて、アメリカ様が開発してくれたアンドロイドや無人兵器の技術は、大活躍することになる。


『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』


 よくラノベとかで見る有名なクラーク(SF作家)の言葉通り、最終的に、二つの技術は交わるのだ。禁書目録(インデッ〇ス)って言うな。


(本編では、アメリカが開発する技術だけど、この世界では、お兄様が引き継ぐことになるのだろうか。うーん、未来の大筋に支障はなさそうだけど、現段階で、お兄様一強になると、それはそれで俺は困るんだよなあ……)


 本編において、ハンナ=アーレントが量子コンピューターを完成させるのは、2037年となっている。その通りにこの世界が進むのであれば、まだ30年以上の余裕があるので、焦る必要はない。


 ただ、この世界線では俺が色々ぶち壊してしまってるので、開発時期が早まるのではないかという危惧があった。本編では、お兄様たちのヨーロッパ系の財閥、アメリカの大企業連合、中国大陸の共産勢力、そしてイスラム圏の勢力などが互いに牽制し合って、一つの勢力が突出することはなかったのに、俺がお兄様に肩入れしてしまったせいで、パワーバランスが崩れているからだ。


 実際、お兄様によるヘルメスちゃんの研究所襲撃も、本編の正史より早まった訳だから、結構な確率で起こり得る未来といえるだろう。


 もし、ハンナ=アーレント氏に早めに量子コンピューターを開発し、その技術をお兄様が独占したとする。そうなると、俺が今必死こいて開発している諸々のIT系の技術は全て、意味をなさなくなるだろう。あらゆる情報セキュリティは、量子コンピューターの前には藁の盾のようなものだ。


(でも、どうしようもない、よなあ)


 お兄様を出し抜いて、ハンナ氏を強引に確保? そんなの一発で敵対認定不可避だ。


 わざと任務を失敗? バレたら反逆者扱い。良くて無能認定されてライセンス契約を解除されるな。まだまだお兄様の技術を盗みたいので、できれば御免被りたい。


(俺に失点のない形で、任務が失敗してくれればいいがな。多分、無理そうだ)


 今回の作戦の総合責任者は、俺ではなく別にいる。例の糸目メイド、カーラさんだ。


 俺がきっちり仕事した上で、ミッションが失敗してくれれば良いが、カーラさんは有能なので、杜撰な計画は立ててないと思う。


(もう一個も――望み薄だが、仕込みはしておくか)


「よーしっ! サファ、頑張るぞー! 友達千人できるかなー?」


 サファちゃんが小さくガッツポーズして言う。


「あの、サファさん、やる気になっているところ悪いんだけど、【シンデレラ】の他にもう一人だけ、もし遭遇したら生かしておいて欲しい人がいるんだ」


「えー。さっき素体はサファに全部くれるってお兄ちゃん言ってたのにー」


「そう言わないでさ。お願い! お願い! お願い! お願い!」


 俺は子どもっぽく、ノリで拝み倒してみた。


 サファちゃんは理性タイプじゃないので、感情でゴリ押しするが吉。


 アイちゃんと兵士娘ちゃんたちが失笑を堪えるように口を押えた。


「えー、どうしよっかなー。お兄ちゃんがそんなに頼むなら、考えてあげなくもないけどー」


「お願い! お願い! お願い! お願い! これあげるから!」


 俺はリュックサックから、サファちゃんのご機嫌取りグッズその一――特製テディベアを出した。


 他にも、外伝洋菓子店の特性お菓子やら、原宿で仕入れたゴスロリ服やら、色々サファちゃんの歓心を買うグッズは事前に用意してある。


「わー、かわいい! サファのために作ってくれたの? この子、すごくいい雰囲気がいいね!」


「でしょ! 仲良くしてあげてね」


 縫ったのはみかちゃんなんだけどね。見た目は普通の熊の人形だが、こっそり糸にたまちゃんやぷひ子の髪を依り込んでであるから、呪術媒体として強力な感じになっている。


 サファちゃんはすでに高級テディベアなんかは腐る程持ってるだろうからな。


 実用性重視だ。


「うん。もうお友達だよ。ねー、ベト吉―?」


 テディベアが、サファちゃんの腕にヒシッっと抱き着く。


 なんかどっかから「クルシイ、クルシイ」、「タスケテ、タスケテ」と掠れたような声がする気がしないでもないけど、(∩゜Д゜) アーアー キコエナーイ


「よかったー。――それで、生かしておいて欲しい人の情報なんだけどね。白人女性で、年齢は二十代前半くらい。髪は、ベリーショートからボブの間くらいだと思う。特徴的な部分として、瞳が緑と青のオッドアイだから、そこで見分けて。彼女は軍人さんだから、ひょっとしたら、俺たちと交戦するかもしれないんだ。面倒だと思うけど、ちょっと気を付けておいてくれるかな」


「んー、よくわかんないけど、それっぽい人がいたら教えてあげるね! お兄ちゃんはお友達だから特別なんだよ?」


 サファちゃんが唇をちょっと突き出してそう言ってから、ニコリと笑う。


「ありがとう! サファさん!」


 俺は怨念人形から目を背けるように、頭を下げた。


(……人事を尽くして、天命を待つ、か)


 こうして、【戦争ごっこ】は始まったのだ。


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