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第167話 ゾンビ映画というジャンルは懐が深い

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 総立ちの観客。


 鳴りやまない万丈の拍手が、会場を包み込む。


 二日目の映画祭は、大盛況の内に幕を閉じた。


 トリを務めた白山監督の中編映画も、大好評のようだ。


「白山監督、今回も素晴らしかったです。あのラストは予想できませんでした」


 表彰式までの準備時間、俺は隙を見計らって、ステージ袖の白山監督に話しかける。


 おべっかばっかり使っている俺であるが、今回は本心だ。


 生と死の境界という哲学的なテーマを描きつつ、エンタメとしてのゾンビ映画の王道も外さない、素晴らしい出来であった。


 A級~C級まで、様々なレベルの映画の題材になれるのが、ゾンビ系ジャンルの素晴らしい所だ。


 映画館なら絶対R指定かかっている内容だったけど、入場制限はない。映画界といえば、どちらかといえば左巻きの人が多いイメージだが、白山監督は表現の自由に関しては、左を通り越して、アナーキストな部分があり、R指定の制度にすら反対しているらしい。


「楽しんで頂けたようで何よりです。これも、寛容な出資者である祐樹くんのおかげですね」


 白山監督がそう言って、にこやかに手を差し出してくる。


「いえいえ。日本映画界に少しでも貢献できたなら嬉しいです」


 がっちり握り返してシェイクハンズする俺氏。


 まあ、手前味噌になるけど、俺ほど寛容な出資者もいないだろうな。


 俺氏は、かぐや姫〇物語を許容した日〇テレビの会長と同じくらい、金は出すけど口は出さない神出資者である。


 まあ、白山監督は質も追求しつつ、エンタメも忘れないナイスガイなので、若手監督がやらかして赤字を出しても、その尻ぬぐいをしてくれてる。なので、総計では、俺の映画会社はそこそこ利益が出ている状況だ。


 あと、俺が部下娘ちゃんのカバージョブとして適当に撮ってるクソ映画も、意外と利益は出てるんだよな。ありがとう。クソ映画マニアの方々。


「ねえねえ。おじさんが、あの【おままごと】を始めた人?」


 俺にくっついてきていたサファちゃんが進み出て、白山監督を見上げる。


「はい。そうですよ。どうでしたか。楽しんで頂けましたか」


 白山監督は人好きする笑みを浮かべて、しゃがんでサファちゃんと視線を合わせる。


「んー? よくわからなかったー」


 そう言って、小首を傾げるサファちゃん。


「そうですか。――やはり、少し対象年齢を上げ過ぎましたかね。どうも、私の接する子どもは、成瀬くんや、祈さんと言った、聡明すぎる子が多いので、ここまでやっても分かってくれるだろう、と甘えてしまった部分があるのかもしれません」


 白山監督が少し悲しそうに言う。


「そういうことじゃなくて、なんでおままごとに出てくるみんなが、生きているとか、死んでいるとか、どうでもいいことにこだわってるのかがわからなかったの。どっちも同じだよ?」


 サファちゃんがまた首を傾げる。


 サファちゃんはゾンビに自信ネキだからな。ゾンビ映画には一家言あるのだろう。


「ふむ。中々個性的な見解ですね」


 白山監督が興味深げに頷く。


「すみません。彼女は、特殊な英才教育を受けているので」


 俺はそう補足した。


「なるほど。良いですね。現在の日本の公教育では、画一的な人材しか生み出せませんから、そういった子どもの個性を伸ばせる教育機関があるのは素晴らしいことです。特に、芸術分野の学校には頑張って欲しい。責任者の方によろしくお伝えください」


 白山監督が鷹揚に頷いた。


「伝えておきます」


 ママン、褒められてるぞ。よかったね!


 多分、白山監督はサファちゃんの学び舎を自由の森学園的なものだと勘違いしてるっぽいけど、それは気にしない。


「さて、お嬢さん――お名前は?」


「サファはサファだよ?」


「では、サファさん。サファさんは、死ぬことが怖くないのですか?」


「なんで怖いの? 生きているか死んでるかなんて、ご飯を食べるか食べないかくらいの違いしかないよ? むしろ、死んじゃった方が便利だよ? 病気もしないし、トイレにもいかなくていいし、怪我をしてもへっちゃらだもん! あの【おままごと】の人たちも、あんなくだらない喧嘩をするなら、みんな死んじゃえばよかったんだよ。そうすれば、みんな仲良しだったのに」


 躊躇なくぶっ壊れた倫理観を披露するサファちゃん。


 どう考えてもヤベー奴だけど、俺には何もしてやれねえ。


ミケくんがサファちゃんを更生させる方法は、肉体言語バリバリでかなりスパルタだからなあ。口八丁タイプの俺氏では無理だ。


「なるほど。しかし、サファさんの言う通りにすると、人類全てがゾンビになってしまいますね。仮にその全てが知性のあるゾンビで、肉体に防腐処理を施したとしても、いずれ人類は滅びてしまいますが、それでも構わないとお考えですか?」


「ううん。だから、生体部品は養殖するんだよ? いっぱい作って、かしこかったり、強かったり、必要な役の子だけ残して、後の子は部品取りに使うの!」


 サファちゃんは当たり前のようにそう言った。


 ママンの研究所では、クローン人間製造の萌芽とでもいうべき実験が行われている。


 今はまだ、常人の三倍程度の生育速度にすぎないが、将来的には三ヶ月で成人レベルまでもっていける技術が確立されることだろう。


 第三作目のはて星においては、そんな人間ブロイラー(肉壁)たちが大活躍するんだぜ!


「ほほう。そう来ましたか。生命倫理無視の優生主義と、科学文明の氾濫。中々のディストピアだ」


 白山監督が愉快そうに笑う。


 白山監督は子どもの妄想だと思ってるっぽいけど、全部現実でーす。


「あ、あと、あのハゲたおじさんのお医者さんね。死んだお友達をパワーアップさせようと他の人の死体を使ってたけど、どうせだったら、他の動物さんの部品を使った方がいいよ? 人間のパーツだけだとどうしても弱いから、脚は鹿さんにするとか、腕はゴリラさんにするとか!」


 サファちゃんがウキウキでそう説明をしだす。


 サファちゃんに悪意はない。ただ同好の友を見つけたから嬉しくて、未熟な後輩に有益なアドバイスをしてやるつもりになっただけなのだろう。


「ふむ。仮面ラ〇ダーのような改造人間という訳ですね。発想としては好きですが、そこまでいくと、リアリティを失って、ファンタジーになってしまいますので、今回の映画のテイストには合いませんね」


「よくわかんないけど、サファはできるよ?」


「すみません、監督。彼女、想像力がたくましくて」


「お兄ちゃん。何言ってるの? サファはできるよ? ――ねえ、おじさん。みたい? サファの特別な【お人形】みたい?」


 俺の誤魔化しを許さず、サファちゃんが白山監督に迫る。


 その表情は、まさに自分の玩具を自慢したい子どもそのものだ。


「ええ、是非みたいですね。――そうだ! せっかくなので、表彰式に参加してもらえませんか。他のゾンビたちと一緒に、トロフィーを渡す仕事に協力してください」


「え? 監督、本気ですか?」


 俺は冷や汗を流しながら、監督にそう確認する。


 表彰式では、演出としてゾンビに扮した役者がプレゼンターをすることになっていることは知っている。知っているけど!


「ええ。様々な若いクリエイターに発表の場を与えるのが、映画祭の目的ですから。メイキャップアーティストたちが粋を尽くした生身の人間の装いと、彼女のお人形の対決。おもしろいではありませんか。日本の特撮技術は世界に誇るべき文化遺産ですからね」


 うんうん。白山監督が言ってるのは、ゴジ〇とかウルト〇マンみたいなやつね。


 それらは確かに素晴らしい日本の文化だけれど、サファちゃんのはちょっと違うんだよなあ。


 彼女が始めるのは屋上のヒーローショーではなくて、地下の人体の不思議展なので。


「えへへ、おじさんがそこまで言うなら仕方ないなあ。ね、お兄ちゃん。いいよね? お兄ちゃんは『みんながびっくりしちゃうから、お友達を連れてきちゃダメ』って言ってたけど、他のゾンビさんもいるなら、いいでしょ?」


 サファちゃんが満面の笑みを俺に向けてくる。


「……わかりました」


 せっかくご機嫌なサファちゃんに水を差す訳にもいかず、俺は震えながら頷いた。


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