第136話 残り物には福がある
「はあ。何とかあがれたよ」
香がほっとした様子で呟く。
「私も、今回は運がよかったみたい」
みかちゃんが静かにカードを置いた。
ペアになったトランプの捨て札が、畳の上に積み重なっていく。
大富豪と違い、ババ抜きで個々のプレイヤーが直接的に影響を及ぼせるのは、自分の左右に限られている。そのため、ゲームの流れをコントロールするというのも中々難しい。
すでにそこそこの順位で上がった俺は、ゲームの推移をただ見守るしかなかった。
「あがりですわ」
「渚もー!」
着々と人数が絞られていく。
残るは、アイちゃんとぷひ子と虎鉄ちゃんの三人だけ。
「さぁ、選びなさいよぉ」
アイちゃんが片手で数枚のトランプを持ち、虎鉄ちゃんを促す。
「っす。いかせてもらうっす。……。……。……。――あーっ! ババっす! 姐さん、左のカードチラチラみてたじゃないっすか! そっちがババじゃないんっすか!」
虎鉄ちゃんが、目を><な感じにして言った。
「うふふぅ。アタシは、『このクイーンの首、斬り落とし甲斐ありそぉ』って見てただけよぉ?」
アイちゃんはトランプで口元を隠しながら笑う。
「なんすかそれ! だまされたっすー!」
「つ、次は私、早くあがらないと」
「ちょっと待って欲しいっす! カードを切るっす! ――はい、美汐嬢。どうぞっす」
虎鉄ちゃんはぷひ子に背を向けて、カードを混ぜた後、再び向かい合った。
「じゃ、じゃあ、引くね。……。あーっ! あー……」
ぷひ子が分かりやすく眉をへの字にして肩を落とす。
「やったっすー!」
虎鉄ちゃんが脚を上下にパタパタさせて喜びを露わにする。
「ううー。アイちゃん、お願いー!」
ぷひ子は浴衣の袖の内に隠してカードを切ってから、アイちゃんに見せる。
「……じゃあ、引かせてもらうわよぉ。――残念、アガリよぉ」
アイちゃんがペアになったトランプを人差し指と中指の間に挟んで投げる。
二枚のクイーンが、見事に畳と畳の間の微妙な隙間に刺さった。
「ぷひゃー! ううー、どうしよう」
ぷひ子がオタオタ狼狽して身体を震わせる。
「小生と美汐嬢の一騎打ちっすか! 燃える展開っすね!」
虎鉄ちゃんが愉快そうに言う。
多少の運もあるが、基本的にこういう読み合い系のゲームは、感情が表に出やすいタイプが不利だ。すなわち、今のメンツで言うと、我らがぷひ子と脳筋虎鉄ちゃんがそれであり、二人の最終決戦にもつれ込むのは自然な流れであった。
っていうか、ぷひ子はともかく、ヤクザ志望なのに腹芸ができない時点で、やっぱり虎鉄ちゃんは裏街道で生きていく素質なさそうだな。
「ううー、私、目をつむってるから、虎鉄ちゃん、早く引いてー!」
ぷひ子は目を閉じてそっぽを向き、トランプを持った腕を虎鉄ちゃんの方へと伸ばす。
「うっす! こんどこそ引いてみせるっす。――ああっ! またっすか! 運なさすぎじゃないっすか!? 小生、博打に効くって評判の、石松の墓から削ってきた石も持ってるっすのに!」
虎鉄ちゃんが頭を抱える。
なお、石松とはゲームのキャラクターとは何の関係もなく、清水の次郎長の子分の一人のことである。ギャンブラーの間には、験担ぎで博徒の墓石を削る習慣がある。
まあ、所詮迷信だし、仮に効果があっても、多少の幸運なんてぬばたまの姫の呪いでかき消されちゃうから意味ないよ。
「本当!? ジョーカー引いてくれた?」
「っす。今度は美汐嬢の番っす」
「うん! よしっ。『目を閉じる作戦』で頑張るね!」
ぷひ子はそう言って、虎鉄ちゃんのカードに手をかけてから目を閉じた。
それは作戦か? まあ、下手に表情に出るよりはいいのか。
「っす! バッチコイっす!」
「――えいっ! ……。……。……。あっ、揃った! 揃ったよ、ゆーくん!」
カードを引き、怖々目を開けたぷひ子が、ドヤ顔で俺の方を見る。
「おう。やるじゃないか」
俺は適当にそう誉めておく。
「うん! わーい! 勝った勝ったー!」
ぷひ子が揃ったカードを投げ出す。
「あちゃー、小生の負けっすかー!」
虎鉄ちゃんはハラリとジョーカーを取り落とし、手のひらで瞼を覆い、天井を仰いだ。
「これで決着ですね。いわゆる、言い出しっぺの法則というやつですか」
祈ちゃんがぽつりと呟く。
「ですわね。――それで、コテツ。当然、『未成年の主張』をなさいますのね? なにせ、ご本人が言い出したことですもの」
シエルちゃんが上品な笑顔を浮かべながらも、きっちりと詰めていく。
「もちろんっす! 小生に二言はないっす! ケジメ取るっす!」
虎鉄ちゃんはそう言うと、勢いよく立ち上がった。
「はぁい。それじゃあ、張り切って『未成年の主張』をどうぞぉ」
アイちゃんが絶妙のタイミングでフリを入れる。
「突然っすがああああああ! 小生にはああああああー! みんなに聞いて欲しいことがあるっすううううううう!」
虎鉄ちゃんが叫ぶ。
「「「「なあにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?」」」」
俺たちは番組と同じように、声を重ねて合いの手を入れた。
「小生にはああああああ! 想いを伝えたい人がいるっすううううううう!」
「「「「だあれええええええええええええええええええ!」」」」
「マスタあああああああああああああああああああああー!」
虎鉄ちゃんはそう叫びながら跳躍し、俺の前へと着地する。
「え? 俺?」
ぽかんとする俺。
「はいっす! マスターあああああああああ! 小生と結婚してくださいっすううううううううううううう!」
虎鉄ちゃんは見事な土下座をキメながら、堂々とそう言い放った。