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第133話 丘を越え行こうよ

 そして、6月も終わりのとある土曜日。俺たちは、とある地方都市へ、一泊二日の小旅行へと出発した。一応、メインの目的は紫陽花(あじさい)を見て、温泉に浸かることらしい。


 なぜにそんな渋い旅行先のチョイスなのかと言えば、ずばり、村の多数派を形成する中高年の好みが反映されているからである。これは、仲間内の個人旅行ではなく、いわゆる、町内の親睦旅行というやつなのだ。


 このような旅行は、俺の住んでる田舎特有の風習ではなく、昭和の時代には、日本全国、そこそこの田舎なら普通に見られた光景だ。毎月みんなで積み立てた町会費などを使って、年に一度の骨休めという訳である。平成や令和の時代になると、過疎化の影響でかなり減ってはいるだろうが、今でもやっているところも少しはあるのではなかろうか。


(にしても、ぷひ子。お前は本当に期待を裏切らない奴だよ)


 何台も連なる中型バス。その中の、子どもばかりが集められた一台の中に、俺たちはいた。


「おぷっ……。気持ちわるいー。酔ったー」


 運転手席のすぐ後ろ、乗客としては一番前の席。


 ぷひ子が青い顔で口を押える。


「だから事前に酔い止めを飲んどけって言っただろ」


「だ、だって、お薬を飲んだら眠くなっちゃうんだもんー。私もみんなとお喋りとかトランプとかしたいの」


 呆れて言う俺に、ぷひ子は頑なにそう言い張った。


「ぷひちゃん、しっかり! 頭をシートにつけて固定して、遠くを見るのよ」


 ぷひ子からゲボ子にクラスチェンジしそうな幼馴染を、彼女の隣の席のみかちゃんが甲斐甲斐しく介抱する。


「まったく最近の子は軟弱ねぇ。そんなんじゃ、人間洗濯機に耐えられないわよぉ?」


 アイちゃんは自分の席を離れ、上の荷物入れのスペースに潜り込んでいた。


 逆さの格好でぶら下がり、俺の耳元で囁く。


 彼女の髪の毛の先が鼻に当たってくすぐったい。


「そうっすね。姐さん! あー、懐かしいっす。あそこで食った物を吐くか吐かないかが、意外と生死の分かれ目だったりするんっすよね」


 アイちゃんの真似をして、同じく荷物入れに潜り込んでいた虎鉄ちゃんが遠い目をして言った。


「ふ、二人は何の話をしてるのかな?」


「さあ。きっと流れるプールのすごいやつの話じゃね?」


 俺は隣に座った香の疑問を、適当に誤魔化す。


 香氏が来てくれてよかったよ。おかげで、『主人公の隣に誰が座るの!?』イベントを回避できた。


「ああ、なるほど! たまにすごく大げさな名前のジェットコースターとかあるもんね」


 香が納得したように頷く。


「祈はバスの中で本を読んでも酔わないタイプですの?」


 俺の反対側の席の通路側に座ったシエルちゃんが、窓際の席に座った祈ちゃんに問う。


「はい。酔い止めも飲んできましたし。――一応、せっかく温泉街に行くからには、事前に勉強しておこうと思いまして」


 祈ちゃんは旅行雑誌にこまめに付箋(ふせん)を張りながら言う。


「そうですの。実は、ワタクシ、日本の温泉に入るのは初めてでして。色々教えてくださる?」


「ええ。私に分かることなら」


「感謝致しますわ。少し安心しました。でも、露天風呂とか混浴とかはまだ不安ですわ。何せ、日本にはHENTAIがたくさんはびこってるそうではないですか。盗撮やら痴漢やらロリコンやら」


  シエルちゃんはそう言って、偏った日本観をぶちかます。


 『君もそのHENTAI文化が育んだキャラクターの一人なんだよ』とは、口が裂けても言えない。


「ご安心ください、お嬢様。もしそのような不埒な輩がいれば、二度と光を拝めないようにしてやります」


 シエルちゃんの横――補助席に座ったソフィアちゃんが刀をカチャカチャして言う。


 頼もしいことだ。もちろん、俺も女風呂なんて絶対に覗かない。


 ギャルゲーの伝統イベントではあるが、風呂覗きなんてしても、基本好感度マイナスになるだけだからね。コンシューマーゲームだとエッチなCGすらカットされてるし(※セガサ〇ーンの一部ソフトを除く)。


「ねー、お兄ちゃん。退屈ー。なんかおもしろいことしたーい」


 俺たちの席の左前、通路側の席に座っていた渚ちゃんが、こちらに振り向いてそう催促する。


「えー、そう言われてもな。トランプとか――できそうな雰囲気じゃないよね」


 香が困り顔で呟く。渚ちゃんの横のタブラちゃんは熟睡中。ぷひ子はグロッキーで、みかちゃんは介護。祈ちゃんは読書中で、ソフィアちゃんは常に刀を手放さない。


「カラオケとかどうだ? せっかくの旅行だし」


 俺はそう提案する。


「ああ、いいね。それ。運転手さん! カラオケお願いします!」


 香の要請を受け、ウィーンと、天井付近からモニターが降りてくる。


「わーい! 渚、さく〇んぼとか歌うー」


「おー、カラオケっすか! いいっすね! 小生も『兄弟仁義』とか歌いたいっす! 姐さんは何にするっすか!?」


 虎鉄ちゃんがいかにもヤクザっぽいチョイスをした後、アイちゃんに水を向ける。


「カラオケぇ? 興味ないわねぇ」


 アイちゃんはそっけなく答えた。


「そんなこと言わずに、歌ってみてよ。俺もアイの歌を聞いてみたい」


 俺はそう催促した。


 アイちゃんは普通にいい声してるからな。本編では歌いながら人を殺したりしてたし。


 アイちゃんは基本、他人とは馴れ合わない主義だってわかってるけど、俺的にはもうちょっと他の娘と馴染んでくれると嬉しい。


「まあ、マスターがそこまで言うなら歌ってもいいけどぉ。そもそもあんまり歌える曲とかないよねぇ。Cielito(シエリート) lindo(リンド)とかでいいのぉ?」


 確かメキシコの有名な曲だったか。


「あっ。小生、それ知ってるっす! 美空ひ〇りがカバーしてるやつっすよね。デュエットするっす」


虎鉄ちゃんが人懐っこくアイちゃんに身を寄せる。


「わ、私も歌う……」


「やめとけ。マイクに胃液ぶっかけて壊したらシャレにならんぞ」


「そうよ。ぷひちゃん。カラオケなら、ゆうくんの事務所にあるから、またみんなで歌えばいいじゃない」


 俺はみかちゃんと二人でそう説得にかかる。


 ぷひ子はそのキャラクターから予想される通り、バリバリの音痴である。


 ただし、ぬばたまの姫に憑依された時のみ、めっちゃ歌が上手くなり、不気味な童謡を吟じたりする。


「うぷっ。わかった……。みかちゃん、私の代わりに何か歌って」


「私が? そうねえ。あんまり、流行の歌とかには詳しくないんだけど、『世界に一つだ〇の花』でも歌わせてもらおうかしら。とってもいい曲よね」


 みかちゃんはちょっと考えてから言った。


 さすがみかちゃん。文科省推薦のような隙の無いチョイス。


 ヒロインはみんな元々特別なオンリーワンで済ませられたらどれだけいいか。


「……ゆーくんも」


「俺もか? そうだな――」


 俺は考え込む。


 いざ振られると、意外と選曲が難しいな。


 前世のこの年代において思春期だった俺は、ギャルゲーの曲だけ集めたマイMDとか作ってる痛い奴だったんだよなあ。ギャルゲー界隈にも名曲はたくさんあるが、国家(鳥の詩)なんか歌った日には、カラスに変化させられそうだし。


 主人公のキャラ的に、キザなラブソングとかは歌わないし、かといってネタに走るタイプでもない。


(少年っぽさもありつつ、かっこつけすぎず、ラブソングでもないとなると……)


「じゃあ、『カサブ〇』でも歌うか」


 俺は一瞬で思考をまとめて答える。


「ああ。今、アニメをやっているやつだよね。僕、普段あんまりアニメとかみないんだけど、あの作品は好きなんだ」


「おっ。わかってるじゃん、香。一緒に歌おうぜ」


 俺は香氏とがっつり肩を組んだ。


 さあ、女子ども。クラスが誇るイケメン二人(香成分90%)の美声に酔いしれるがいい。


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