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第132話 カバン持ちと太鼓持ち(2)

 あっという間に、時間は過ぎ去り、下校時刻。


 再び行きと同じようなくだらない会話を交わしながら、自宅へと帰りつく。


「――お疲れ様。虎鉄ちゃんの本日の業務はここまでだよ。また明日もよろしくね」


 俺はそう言って、虎鉄ちゃんとランドセルを交換し合う。


「っす! あのもしよかったら、もう少し、お側に控えさせてもらってもいいっすか! マスターから色々学びたいっす!」


「いいよ。企業秘密については教えられないこともあるけど」


 俺は快諾した。


 虎鉄ちゃんが経営の素質があるなら、それを学んで組へと帰ってもらえばよい。ビジネススクールを斡旋するのも悪くないだろう。


 逆に無理そうだと彼女自身が感じたら、俺の下を離れ別の道を探すだろう。


 どちらに転ぼうと、俺としては構わない。とにかく、穏便に虎鉄ちゃんの進路と家庭の問題を処理できれば良い。


 俺は頭をギャルゲーモードからビジネスモードに切り替えて、仕事に熱中する。


 ……。


 ……。


 ……。


「うー、何やってるか全然わかんないっす……」


 しばらく、俺のパソコンの画面をのぞき込んだり、ビジネス書をパラパラしていた虎鉄ちゃんが呟く。


「今は株式投資のポートフォリオを見直してるんだよ。これが終わったら、収支報告書を精査する」


「なんか大変っすね。でも、いっぱい頑張らないと、たくさんのシノギは手に入らないっすもんね」


「そういうこと。どんな仕事でも、たくさん稼いでる人で努力していない人はいないよ」


「っす……。でも、あの、マスター。そもそもそんなに稼いでるなら、学校とかいかなくてもよくないっすか?」


「……だって、寂しくない? みんながワイワイ登下校する声を、この部屋で一人静かに聞いているなんてさ」


 まあ、俺はボッチ耐性高いんで余裕だけどね。一般的にはってことで。


「その気持ちはわかっるっす……。小生も初めは普通に地元の小学校に行ってたんすけど、たまに対立する組が嫌がらせに来るんっすよね。拡声器でヤジってきたり、校門の前に猫の死骸を置いたり、んで、カタギに迷惑かける訳にはいかないから行かなくなったっす」


「それは、キツいね。虎鉄ちゃんのせいじゃないのに」


「っす……。だから、プロフェッサーの学校に行くことに決めたんっすよ。あそこなら、他のヤクザが来る心配もないっすし、似たようなヤベー所で育ってきた奴らがいっぱいいるから、仲良くなれるかもって思ったんすけど……」


 虎鉄ちゃんは表情を曇らせた。


 お忘れかもしれないが、ママンの鬼畜研究所は一応、私立学校という建前を取っている。


 学舎もきちんとあるし、一応、授業も行われている。まあ、空の教室で教師が一人淡々と授業をしているっていう、シュールな光景が繰り広げられてたりするけど。


「期待外れだった?」


 俺は虎鉄ちゃんの言わんとすることを察して言った。


「そうなんっすよね……。弱い子は生き残ることに必死でそれどころじゃないっすし、ヒドラクラスになっても、みんなあんまり、そういう『普通』には興味ないんっすよね。全員ライバルって感じで」


「馴れ合いは油断を呼ぶ。兵器に感情はいならい。――多分、母さんはそう思ってるだろうね」


「っす……。でも、多分、プロフェッサーが正しいっす。実際、あそこで一番強かったダイヤは、本当に心がないみたいな感じだったっすから」


「そうかな? もしかしたら、表に出さないだけで、色々と考えているのかもしれないよ。口に出したら、心のダムに穴が空いて決壊してしまうから、必死に堪えているだけでさ。ダイヤモンドは、硬いけど砕けやすいものなんだ」


 俺はそうフォローしといた。だって、もしキャッツアイが研究所に戻った時に、彼女の口からダイヤちゃんに俺の発言が伝わることで好感度が上がるからね。グッドコミュニケーションのチャンスは逃さない。それが主人公。


 事実、ダイヤちゃんは、あれでいて、実は人を殺すこととかにもめっちゃ苦しんでる優しい性格だし。


 無口っ娘キャラは大体、純粋で傷つき(やす)くてシャイでメインヒロインにはなれない運命って、ギャルゲーの神様に決められているんだ。マイナー厨の俺はそういうの好きだけどさ。


「マスターは本当に優しい人っすね……。プロフェッサーの息子さんとは思えないっす……」


「そう言われると、返答に困るな……。母さんのやっていることは許されないけれど、あれでいて、心がない訳じゃないんだよ。母さんは、一度優しくしてしまうと、情が移って研究なんてできなくなっちゃうから、敢えて集めた娘たちをひどい扱いをすることで壁を作って、自分の心を守ってるんだ」


「そうなんっすか。よくそんなことわかるっすね。マスター、もしかして、ルビーみたいな心が読める系のエスパーっすか?」


 虎鉄ちゃんが感心したように言った。


 ルビーちゃんは『ヨドうみ』のヒロインかつ、ヒドラの一人で、花魁言葉を使うワッチ系女子である。諜報工作とかが得意な、お色気系のキャラだ。


「ははは、俺にそんな能力はないよ。ダイヤちゃんのことはともかく、母さんは血族だからね。なんとなく、わかるんだ。虎鉄ちゃんも親父さんの気持ちなら、言葉にしなくても伝わるところがあるでしょ?」


「わかる――つもりだったんすけどね……。この前の大げんかで自信なくなったっす……」


 虎鉄ちゃんが肩を落として言う。


「まあ、お互い時間が経たないと分からないこともあるよ。俺も母さんに連絡するまでには何年もかかったし」


 俺は励ますように、彼女の肩を叩いた。


「そういうもんっすかね」


「そういうもんだよ。――っと、無駄話が過ぎたかな。仕事に戻らないと」


「まだやるっすか!? もう、六時っすよ!?」


「まだ三時間ちょいしかやってないじゃん。夕ご飯食べたらまたやるよ」


「ヒエーっ! マジっすか! ちょっとサボって、遊びたくなったりしないんっすか?」


「なるよ。でも、来週、みんなで紫陽花を見に小旅行に行く予定だからさ。今日くらいしか頑張れる時がない。明日はぷひ子と一緒に納豆ソバを作る約束があるし、明後日は祈ちゃんの取材に同行するし、明々後日はみか姉と、お世話をしている子たちの衣替え用の服を調達に行くんだ。ああ、それから、隙を見て、香と渚ちゃんの誕生日パーティの計画も練らなきゃ。あいつもピアノとか水泳とか、色々習い事してるから、意外と時間合わせるのが大変でさ」


「みんなのスケジュールを、全部把握してるっすか?」


「うん。遊びも仕事も両立したいなら効率的に時間管理をしないとね。もちろん、徹夜とかはなしだよ。睡眠時間は削れない。俺たちは今、成長期だから」


 フラグ管理しつつ、ビジネスの管理もしてんだよ。ギャルゲーと経営シミュレーションのデュアルプレイをなめんな。


「うわー。小生にはとても真似できそうにないっす! 夜更かしなしなんて、考えらないっす!」


「そうなの?」


「ヤクザは宵っ張り(よいっぱり)が多いんっすよ。小生たちの稼業は夜が本番みたいなところあるっすから。小生にとっては、ヤニの臭いがアロマで、麻雀牌をかき混ぜる音が子守唄だったっす!」


「それは、あんまり生育的にはよくない環境かなあ」


 俺は苦笑した。


(もしかして、虎鉄ちゃんが小柄なのはそういう環境で育ってきたからなのかな? 本来面倒みてくれるはずの虎鉄ちゃんママが早めに亡くなってるし)


 改めて『くもソラ』の設定の細かさに脱帽する俺だった。


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